2016年7月31日日曜日

モーテルを朝5時に出発するために、Margieさんは朝4に目覚ましをかけて4時半~5時にモーテルに来るという打ち合わせだったのですが、5時半頃電話があって、目覚ましが鳴らなかった(午前と午後を間違えて設定してしまったらしい)ので寝過ごしてしまったとのことでした。じたばたしても仕方がないので、私の方は荷物を全部スーツケースに詰めて、John君の長男からプレゼントされた昆虫の標本箱があるので壊れないように手提げ袋に別にして入れて(機内持ち込みの荷物が1つ増えました)、フロントデスクでチェックアウトの手続きを済ませてロビーで待ちました。

モーテルの近くのコンビニのガソリンスタンドで車のガソリンを満タンにして、途中でレンタカーを返却し、空港に向かいました。予定ではローリー・ダーラム(RDU)空港から8:45発のミネアポリス空港行きに搭乗して10:33に到着し、ミネアポリス空港からは11:40発の成田空港行きに乗る筈だったのですが、機械でチェックインしようとしたら予定の飛行機が2時間遅れるので成田空港行きの飛行機への乗り換えが間に合わないという表示がでました。仕方がないのでデルタ航空のカウンターに行って代わりの飛行機を探してもらいました。その結果、RDUを7:25発でユタ州のソールトレイクシティ行きに乗り、ソールトレイクシティから11:15発に乗ってオレゴン州のポートランド国際空港に行き、そこから12:45発の成田行きの便に乗ることになりました。ポートランド国際空港では乗り換え時間が30分しかなくあわてましたが、実際は出発が遅れて13:15になったのでゆうゆう間に合いました。

RDU空港のカウンターではそういう細かい説明はしてくれず、ただソールトレイクシティ行きの切符を発券してくれただけで、しかもノースカロライナ州とユタ州の間には3時間の時差があり、ユタ州とオレゴン州の間にも1時間の時差がありましたので、それぞれ空港でどれぐらいの乗り換え時間があるのかわからずちょっと大変でしたが、幸いスマホは自動的に現地時間を表示してくれましたので助かりました。
RDU空港では出発時間が1時間20分早まったので、Margieさんとコーヒーを飲んでゆっくりお別れする予定ができなくなり、お世話になったことのお礼を言ってそのまま手を振ってサヨナラをして飛行機に乗り込みました。

2016年7月30日土曜日

こちらに滞在する最後の日になりましたので、町の中の思い出のあるところをブラブラドライブしてみました。ノースカロライナ州立大学の学生寮の一つBragow Hallの駐車場に車を置いて、学内を少し歩いてみました。1969年7月に来て、最初入った学生寮のBragow Hallは今も昔と同じ建物がありました。Carmichael Gymと呼んでいた体育館は、新たな施設が増設されたり、プール棟が増設されていました。
Miller fieldはIntramural Fieldとも呼ばれた広大な芝生の広場で、レクリエーションで誰でもが使っていました。私が指導していた空手のグループもよくここで野外稽古をしたところです。
新しいStudent Union(学生会館)の中のカフェテリアには日本食の寿司店までできていました。鉄道線路で分けられたキャンパスをつなぐトンネルにはいつも大学公認の落書きがしてありましたが、今も隙間がないぐらい落書きがしてありました。

昔住んでいた(1978年に帰国するまで)我が家にも寄ってみました。庭の木々が大きくなって建物が隠れて見えないくらいになっていました。今は誰が住んでいるのかわかりませんが、ここから毎日大学の研究室に通って、まだ小さかった子供たちを育てたところですので、家の中の間取りなどを思い出しました。

午後3時頃Margieさんがモーテルに来てくれました。私が先日ホタテの貝柱が食べたいと言ったのでモーテルの台所で料理をしてくれるつもりだったようです。その前にWalmartに行ってお花を買って、ダウターマン先生の家族のお墓に追加することにしました。前回お参りした時は3本ずつで少しさびしい気がしていたからです。4人のお墓(先生、奥さん、長男、両親)に各2本ずつ追加して、手を合わせて、次男のJohn君はオレゴン州在住で遠くてこれなくても、私はノースカロライナに来る度にお参りに来るからと話しかけました。
MargieさんはFrank君の亡くなった奥さんJoAnnさんのお墓がどこにあるか知らないと言うので、私が案内することにしました。実際に墓地に行って見たら、大体この辺りだった筈と思って20~30分探してみましたが、結局見つけられませんでした。

その後比較的近くのFarmers Marketの中にあるシーフード食堂に寄って、ホタテの貝柱の料理を食べることにしました。ブロイル(蒸し焼き?)にしたホタテの貝柱と海老とハッシュパピー(トモロコシの粉で作っただんごを揚げたもの)とフライドポテトとコールスロー(サラダ)とレモネードを注文しました。食堂の中は混んでいて、行列で順番待ちをしていました。
私はどんな料理でもたいてい残さずに食べるようにしていますが、美味しいので全部平らげたら、お腹が一杯になりました。

モーテルに帰って、今回の滞在中に結局まだ一度も連絡が取れていない昔の空手の弟子/友人のDon Proffer君に電話をしてやっと話ができました。今はインディアナ州に引っ越して、お母さんと出戻りの妹の3人で暮らしていますが、ジムに通ってリハビリ(足首を痛めた)を兼ねて運動をしているとのことでした。
Margieさんは冷蔵庫に残っている食材を全部プラスチックバッグに分けて入れて、持って行ってくれました。明日の朝はモーテルを5時に出発の予定ですので、残しておいてももう食べる機会はありませんので。
私も今夜は早く寝て、明日の朝Margieさんが来るまでにスーツケースに荷物を全部詰めておかなければなりません。



























2016年7月29日金曜日

朝5時に起きて熱いシャワーを浴びて目を覚まして、すぐRegency Parkにウォーキングに出かけました。外はまだ暗く、Symohony Lakeではカナダガンが水の中にいました。ついこの間満月だったのに、今日はもう三日月になっていて、いつの間にか時間が経過したことを示していました。こんな朝早い時間にもかかわらず、ウォーキングする人、ジョギングする人、自転車に乗る人に出会いました。
帰りに隣接する別の森の遊歩道にも寄ってみました。森の中をSwift Creekという小さい川が流れていて、自然がよく保全されています。

Crop Life Asiaからの連絡に従って、講演を大幅に短縮する作業をし、大体できましたので後は仕上げるだけです。

午後4時半に約束通りFrank君が迎えにきました。Garnerという隣の町にある彼の家に彼の娘Jenniferと孫JC(生後8ケ月)、Margieさんの娘Sarahと孫Jackson(生後1年1ケ月)が集まって、ディナーを食べることになっていました。
途中にFrank君の奥さんJoAnnの墓地があるというので、寄りました。
http://www.burialplanning.com/cemeteries/montlawn-memorial-park/
Montlawn Memorial Parkという大きな墓地で、軍人の区画があったり、石の墓標が日本式に垂直に立っている区画がありましたが、よく見たらその前に金属製の墓標が水平に設置してありました。JoAnnのお墓には花がたくさん供えてありました。Frank君は週に2回はお墓を訪れて亡くなった奥さんに話しかけているとのことでした。35年の結婚生活で、JoAnnさんは躁うつ病でしたので苦労も多かった筈ですが、Frank君はJoAnnさんに感謝していて、自分が死んだらこのお墓の横に埋葬してもらうのだと言っていました。

ディナーはFrank君の娘のJenniferさんのアイデアで、分厚いステーキをグリルで焼いて、サラダの他に、銀紙に包んで焼いたポテトを開いてネギやチーズや野菜を挟み込んでありました。デザートにはスイカとチーズケーキが出て、典型的なアメリカ的なディナーを美味しくいただきました。
Jenniferさんは小さいときよく私の膝に乗って遊んでいました。Margieさんの娘のSarahさんも赤ちゃんの時からよく知っていて日本にも2回来たことがありますが、今はノースカロライナ州立大学を卒業して農薬会社のバイエル社のミツバチ研究所(Bee Care Center)に勤務しています。Jenniferの夫Will君は中古車のセールスマンでをしていて、Sarahの夫Scott君もブルーカラーワーカーですが、二人とも家族を大切にする素晴らしい夫たちです。
Frank君はおじいちゃん、Margieさんはおばあちゃんですが、二人とも私の子供みたいな存在です。私が孫たちを見る機会があるように今日のディナーを計画してくれました。
ディナーが終わって、リビングルームでしばらく孫たちと遊んでから二人の娘の家族はそれぞれの家に引き揚げ、Frank君は私をモーテルまで送ってくれました。





















 

2016年7月28日木曜日

旅行から帰ってきたら、日本に帰国後のことがちょっと心配になってきましたので、朝のウォーキングも夕方のウォーキングも止めて講演の準備をすることにしました。
朝食は甘すぎるマッフィンの代わりに、トウモロコシをひいた粉のグリッツにお湯を注いで食べました。アメリカ南部に独特の食べ物かもしれません。
夕食は、前回Margieさんが来た時にホタテ貝の料理が食べたいと言っておいたので、もしかしたら職場の帰りに寄って作って食べさせてくれるかなと期待しましたが、期待は外れましたので近くのHarris Teeterに行って料理済の大きなチキンの脚2本(温めてある)とサラダを買ってきて一人で食べました。

車にガソリンを入れる時に値段を確認してみたら、レギュラーが1リットル当たり約61円相当でしたから、やはり日本よりずい分安いようです。

Credit Union(銀行)に寄った後でWalmartに行ってドライフラワー(こちらではシルクフラワーと言います)を3本ずつ4人分買ってきました。1本$2~$3です。Dauterman先生の墓地に行き、持参したハサミで被さっている芝を切って、刷毛で墓石の上に載っている埃や芝の刈りかすを掃いて綺麗にして、お花を供えました。先生の両親のお墓も見つかりましたので同じようにお花を供えました。3本ずつでは周りのお墓と比べると少しさびしい感じがしましたが、いいことにしました。

Crop Life Asiaからのメール連絡で、今夕9時半(ノースカロライナ時間)にシンガポールから電話がかかってくることになっています。タイとインドネシアでのジャーナリスト対象のワークショップの打ち合わせだと思います。
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メディア関係者対象のワークショップのプログラムは、当初朝9:00の受付開始から夕方5:15閉会までの1日計画でしたが、朝10:20受付開始から午後1:00閉会の半日計画に変更になりました。それに伴って私が担当予定だった講演時間も大幅に短くなりましたので、内容を全面的に変更しなければならなくなりました。アメリカ滞在時間は明日と明後日の2日しか残っていませんので、間に合わなければ8月1日に日本に帰国してから仕上げて週の初めにスライドを送らなければなりません。