新潟県新発田市で今年の6月に行った調査の分析結果の計算をして、データを整理して一緒に調査をしてくれた共同研究者2人に送りました。次は、同じく胎内市で行った調査の分析結果の計算をします。年内には全部整理して、新潟県庁、新発田市役所、胎内市役所に報告書として提出できるようにしたいと思っています。
昼は義理の息子と一緒に近所のタイ料理店に行って、スパイスの効いたランチを食べました。
2013年12月15日日曜日
2013年12月14日土曜日
「最新・樹木医の手引き」という本(私が担当するのは一部分だけ)の原稿を何人かの人たちに目を通してもらって、指摘されたことを加筆訂正して、今日やっとメールに添付して提出しました。自分では十分見直したつもりでも、人に見てもらうと自分では気が付かなかったことに気が付いたりして、文章も内容もずい分良くなります。まだもう一つの本の原稿が残っていますが、先ずは「一丁上がり」の心境です。明日からは、今年新潟県胎内市と新発田市の海岸の松林で調査・収集してきたデータの整理・解析に取り掛かれます。
今日の朝日新聞の夕刊を見て驚きました。一面のトップに、ラグビー部員の練習風景のカラー写真とともに「浦和高、文武両道トライ:54大会ぶり全国ラグビー出場」という大きな見出しが躍っていたからです。普通は新聞紙面のこの位置は、政治や経済のトップニュースが飾る筈なのに、私の母校の記事が大きく載っていたのですから。昨年11月に月刊誌「文藝春秋」の取材を受けるために同期生数名と浦和高校を訪ねた折に校長室に挨拶に寄ったら、尚文昌武(しょうぶんしょうぶ)と書いた額が飾ってありましたが、その言葉も紹介されていました。私が埼玉県の浦和高校を卒業したのは昭和36年(1961年)ですから、もう52年前になりますが、当時の様子を思い出しました。ちょうど昨日、選手たちを全国大会に派遣する旅費を工面する募金の依頼も届きましたので、即日振り込んだところでした。後輩の生徒たちの活躍を期待したいと思います。
今夕、アメリカから義理の息子が到着しました。これから約1週間我が家に滞在して、日本の各テレビ会社を挨拶回りする予定です。海外の映像を人工衛星を介して日本に送る仕事を受注するための営業活動の一部です。孫たちが生活に困らないように、たくさん仕事が受注できればいいなと思います。
今日の朝日新聞の夕刊を見て驚きました。一面のトップに、ラグビー部員の練習風景のカラー写真とともに「浦和高、文武両道トライ:54大会ぶり全国ラグビー出場」という大きな見出しが躍っていたからです。普通は新聞紙面のこの位置は、政治や経済のトップニュースが飾る筈なのに、私の母校の記事が大きく載っていたのですから。昨年11月に月刊誌「文藝春秋」の取材を受けるために同期生数名と浦和高校を訪ねた折に校長室に挨拶に寄ったら、尚文昌武(しょうぶんしょうぶ)と書いた額が飾ってありましたが、その言葉も紹介されていました。私が埼玉県の浦和高校を卒業したのは昭和36年(1961年)ですから、もう52年前になりますが、当時の様子を思い出しました。ちょうど昨日、選手たちを全国大会に派遣する旅費を工面する募金の依頼も届きましたので、即日振り込んだところでした。後輩の生徒たちの活躍を期待したいと思います。
今夕、アメリカから義理の息子が到着しました。これから約1週間我が家に滞在して、日本の各テレビ会社を挨拶回りする予定です。海外の映像を人工衛星を介して日本に送る仕事を受注するための営業活動の一部です。孫たちが生活に困らないように、たくさん仕事が受注できればいいなと思います。
2013年12月10日火曜日
支援者の皆様はお元気でしょうか。まだ本の原稿に追われていて、ブログの更新をする時間的余裕がありませんが、私自身は元気ですのでご心配なく。一昨日、市橋君の更生を支援する会をやって下さっているお二人の支援者からメールをいただきましたので、下記の返事を差し上げました。
私は明日は茨城県にある残留農薬研究所という所に行って、現在執筆中の原稿に関連して、実験動物を使って吸入毒性試験をする装置を見学させてもらう予定です。多分、車で片道1時間半くらいの距離の筈です。
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私は明日は茨城県にある残留農薬研究所という所に行って、現在執筆中の原稿に関連して、実験動物を使って吸入毒性試験をする装置を見学させてもらう予定です。多分、車で片道1時間半くらいの距離の筈です。
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2013.12.8
〇〇〇〇様
〇〇〇〇様
久し振りのメールをありがとうございました。このところ本の原稿に追われていて毎日時間的にも気持ちの上でもゆとりがなくて、ブログで書きたいことはたくさんあるのですが、長い間更新できずにいます。-----。今度こそはと思って来年1月26日(日)の館山若潮マラソンにせっかくエントリーしたのに、このところ走り込みができなくて焦っています。まだあきらめるのは早過ぎますが、この分だとまた棄権せざるを得なくなるかもと不安がよぎって弱気になる時があります。本の原稿は一冊の方は90%くらいできましたので、あと1~2日で完成する筈です。
昨日は千葉大学本部(西千葉キャンパス)で名誉教授の会というのがあって、医学部、工学部、園芸学部、理学部、法経学部、教育学部、・・など全学部出身の名誉教授が集まり、学長をはじめ学部長たちと懇談会と懇親会をしました。市橋君の事件が起こった時の園芸学部長(現在は定年退職)も出席していました。-----。私が、30年後に市橋君が仮出所する時には多分両親もいなくなって生活にも困るだろうから、支援者が振り込んでくれた支援金の残り約130万円を私より若い複数の支援者に託して、市橋君に渡してもらうことになっているという話をしたので、----。金額よりも、支援者がそこまで彼のことを考えてくれたという気持が市橋君にとって何よりも支えになる筈だからと、言って----。市橋君と同じ学科で個人的にも市橋君を知っている現職教授(現在は園芸学部選出の評議員)は、学生時代の市橋君をきちんと指導できなかった大学・教員にも責任があると言っていました。沖縄にまで行って3年もの間逃走生活ができたくらいだから、市橋君は本来意思が強くて、体力もあって、優秀な若者だった筈なのに、とも言っていました。久し振りに園芸学部の現・元教授の間で市橋君のことが話題になりましたので、もう時計の針を元に戻すことはできないけど、30年間真面目に服役して、63才で仮出所できれば、それから後の人生をしっかりやり直してもらいたいと私も支援者も思っているのだと言って----。
東京に行く時は松戸から上野まで常磐線に乗るか、松戸から地下鉄千代田線に乗りますが、綾瀬駅を過ぎるといつも窓の外の市橋君が収容されていた拘置所を眺めて、市橋君に面会に行った時のことを思い出します。寒い季節になりましたが、市橋君からまだ私に会いたいという連絡がないということは、元気で服役しているのでしょう。支援者の名簿と、彼が手元に置きたいと言った空手の本だけは彼に渡してあります。
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本山直樹
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