今日は第8回の公判前整理手続の後、菅野 泰弁護士、山本宏行弁護士、三宅貞信弁護士が千葉大学園芸学部のある松戸キャンパスに来られ、市橋君が卒業論文の研究で専攻していた庭園デザイン学研究室の指導教員のお一人だったM教授と情報交換をしました。市橋君が1年生の時に提出した庭園デザインの設計図が、同期の学年のトップ8名の優秀作品に選ばれたこと(冊子に作品の写真が残っている)や、早くからデザインに熱意を持っていたことなど、私の知らなかったことも多々ありました。
その後、学内の生協の食堂に寄って、長年学生達に食事を作っていて、親元を離れて生活している下宿生達にお母さんのように慕われている生協職員のIさんの入れたコーヒーを飲みながら、当時の市橋君の印象などを聞きました。市橋君はいつも食堂が混んでいる時間が過ぎてから昼食を食べに来ていたので、よく話を交わしたけど、事件が報じられた時はあんないい子が何故と信じられなかったとのことでした。
今日の公判前整理手続では、結局12月の残り2回だけでは整理がし切れないという裁判官の判断で、3月まで整理手続を続けるように予定が組み直されたようです。ということは、公判が開かれるのはそれから約2ケ月後ですから、早くても5月20日頃以降ということになるようです。どんどん当初の見通しよりも延びてきたのには、主として検察側の主張が根拠が弱い(つまり、検察側は先に筋書きを構築したけれでも、その筋書きが正しいことの証明に苦労をしている)ということにあるのかなという印象を受けました。
検察側は、昨年12月2日に市橋君を「死体遺棄」容疑で起訴し、12月25日にはそれプラス「強姦致死」「殺人」容疑で起訴をしましたが、2回目の起訴前日の12月24日の取り調べで市橋君が事件の全容を自ら証言し検察側はその調書をとったにも拘わらず、検察側が構築した筋書きと異なるということから、それを信用できないとして証拠として提出していないことに無理があるようです。市橋君の証言に基づいた弁護側の「傷害致死」に相当との主張に対して、検察側の主張する「殺人」を裏付ける証明ができないということが問題のようです。
なお、支援者が心配しておられた暖房については、千葉刑務所は一応暖房はあるが非常に寒い状態(設定温度が低い?)とのことでした。支援者のお一人は、2週間ぐらい前に千葉刑務所で行われた矯正展に参加し、刑務官の案内と説明で塀の中の施設などを見学してきたとのことです。刑が確定後、市橋君がどういう生活をすることになるのかある程度想像ができたとのことです。
2010年11月30日火曜日
2010年11月29日月曜日
11月26日に振り込まれた2名の方(1名は5回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は116,000円、延べ192人からの合計額は2,392,565円になりました。ありがとうございました。初めて振り込まれた方からは、次のメッセージが添え書きされていました。[初めて支援させて頂きます。先日まで体調を崩していたので少し振り込みが遅くなりました。入院していて思った事があって、人は心や体が弱っている時にかけてもらった何気ない一言やちょっとした気づかいがどんなにありがたいことか、という事です。何の面識もない私のメッセージが市橋さんの心にひびいてくれるかわかりませんが、もし可能なら「ストレスのたまる毎日でしょうが、心折れる事のないように市橋さんにとって最良の判決が出るように祈っています」とお伝え下さい。本山先生もお体には気を付けて、これからも無理なさらぬように頑張って下さい。応援しています。]
私も本当にその通りだと思います。人間は、苦しい時ほど、困っている時ほど、声をかけてもらったり、助けの手を差し伸べてもらったりすると、どんなにかありがたいと感じるものだと思います。弁護団が接見する時に、皆さまからの励ましのメッセージを市橋君に伝えていただけるように、あらためてお願いするつもりです。
私も本当にその通りだと思います。人間は、苦しい時ほど、困っている時ほど、声をかけてもらったり、助けの手を差し伸べてもらったりすると、どんなにかありがたいと感じるものだと思います。弁護団が接見する時に、皆さまからの励ましのメッセージを市橋君に伝えていただけるように、あらためてお願いするつもりです。
2010年11月28日日曜日
今年の講演や講義の予定は全部終わりましたので、久し振りにカメラを持って園芸学部キャンパスと江戸川の堤防を散歩しました。市橋君が専攻した庭園デザイン学研究室が入っているA研究棟右の桜の老木は、春には満開の花を咲かせていましたが、晩秋の今は紅葉の時期を過ぎてすでに落葉していました。A研究棟左にはヒマラヤシーダーと呼ばれる巨木が何本かありますが、その下には昔ここを訪れたことがある与謝野晶子の句碑が、市橋君の卒業後に建てられました。斉藤一雄初代教授が設計した図書館(園芸学部分館)裏の小庭園は、春には春の、秋には秋の風情があります。
江戸川の堤防を歩くと、春や夏とはまた違った景色が目に入ります。今の状態の市橋君は外の景色の移り変わりを見ることはできませんが、在学中はきっとこういう景色を見慣れていた筈です。不可能なことですが、彼にも見させてやりたいと思いました。最初の公判が開かれるまで弁護士以外の接見はできませんので、外界と隔離された人間は誰でも、特に3年近く人目を避けて逃走していた人間にとっては、どれほど孤独感で寂しい思いをするのだろうかと想像してしまいます。しかし、直接伝えることはできませんが、市橋君には、ご家族以外にも、多くの支援者が心配をして温かい目で見守っていることを知ってほしいと思います。
江戸川の堤防を歩くと、春や夏とはまた違った景色が目に入ります。今の状態の市橋君は外の景色の移り変わりを見ることはできませんが、在学中はきっとこういう景色を見慣れていた筈です。不可能なことですが、彼にも見させてやりたいと思いました。最初の公判が開かれるまで弁護士以外の接見はできませんので、外界と隔離された人間は誰でも、特に3年近く人目を避けて逃走していた人間にとっては、どれほど孤独感で寂しい思いをするのだろうかと想像してしまいます。しかし、直接伝えることはできませんが、市橋君には、ご家族以外にも、多くの支援者が心配をして温かい目で見守っていることを知ってほしいと思います。
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