東京駅8:56発の東海道新幹線こだま641号に乗ってシンポジウムの開催される静岡に向かいました。指定席がとってあったのですが3列の座席の真ん中でしたので、自由席車両の乗車口に並んで富士山が見える側の窓側の席に座りました。
途中、雲がかかって富士山が見えない場所もありましたが、ずっとカメラを構えて待っていたらはっきり見える場所もありましたので、シャッターを何回も押したら何枚かよく撮れた写真がありました。
会場の静岡県男女共同参画センター「あざれあ」の大会議室で11:00から事前打ち合わせと、パネルディスカッション出演者の顔合わせがありました。コーディネーターは現場の問題に詳しい静岡県病害虫防除所の古木孝典氏、パネリストには私の他に消費者代表として静岡県消費者団体連盟会長の小林昭子氏、生産者代表として富士宮市の野菜農家石川久男氏、研究機関代表として静岡県農林技術研究所の片山晴喜博士でした。総合司会はタレント(多分、元テレビのアナウンサー)の久保ひとみ氏で、笑顔が素敵な若い女性でした。
小山昭子さんとは、私と年代が近い(2~3才下だそうです)せいで、終戦後の食料難の時代を体験してきて、衛生害虫防除で畳の下にDDTの白い粉を敷いたり、頭髪に直接まぶしたりといった共通の経験をしてきたということで話が弾みました。
石川久男さんは静岡大学農学部卒で、野菜(現在は主としてトウモロコシ、ブロッコリ)、胡蝶蘭、観葉植物などの栽培をして、二人の息子も後継者として農業をやっているという方でした。トマトの水耕栽培で有機液肥(そんなものがあるとは知りませんでした)を使っていたが、今は一部化学肥料の液肥を使っていると話しておられました。有機農業で化学肥料の代わりに使う堆肥でも、植物の根が吸収する時は分解されて無機物になっている筈ですので、有機液肥と化学液肥と何が違うのだろうと思いました。木酢液やニームオイルのような天然農薬の安全性について、私の話を聞いて今まで信じていたことと違うので驚いていました。輸入農産物(特に中国からの)は残留農薬が危険なので国産農産物を食べてほしいと訴えようとしていましたが、輸入農産物も輸入商社が関わって安全管理をしているし、厚労省の統計でも国産品と輸入品の間に残留農薬の検出率に差はないという事実に驚いて、これからは差別化は安全性ではなく新鮮さの違いで訴えると言っていました。最近は周辺に耕作放棄地が増えて、耕作を依頼されるので、さらに規模拡大をしているというお話は現場の実情をよく表していると感じました。
私の基調講演は大体予定通り、時間をオーバーせずにできました。後で、静岡県職員に農薬について県民から質問をされた時にスライドを使わせてもらってもいいかとの打診がありましたので、私の準備したスライドは現場で農業を指導している県職員にも役に立ったのだと思いました。どうぞ自由に活用して下さいと答えておきました。
パネルディスカッション後の参加者との質疑応答でもいろいろな質問がでましたが、やはりメディアの影響で刷り込まれが起こっていて、農薬の安全性について誤解が多いという印象を受けました。シンポジウム閉会後、多くの人が話かけに来てくれましたが、昔農水省の農業資材審議会で一緒だった元静岡県職員の池田二三高氏(当時、林野庁の意向を受けて農水省が木酢液を特定農薬に指定しようとした時に、悪臭公害の元だとピシャリと言って反対した)や、私の研究室の卒業生(女子学生)で今は静岡県経済産業部農業局勤務のO君らと久し振りに再会できて懐かしく思いました。
懇親会の途中で打ち合わせ通り私の携帯に連絡がありましたので、私は退席して「市橋達也君の更生を支援する会」の幹事3人と別の場所で久し振り(2年振りぐらい?)にお会いして、楽しい時間を過ごしました。9時頃3人は静岡駅からそれぞれの帰宅の途につき、私は予約してあった駅前のホテルで宿泊しました。
2016年8月26日金曜日
2016年8月25日木曜日
「林業と薬剤」に依頼されていた原稿がやっとできあがり、さっき宅ファイル便で送りました。題目は「発展途上国における農薬問題-アセアン3ケ国を訪問して-」ですが、内容はあまり林業に関係がありませんので、本誌に掲載する原稿として適当かどうか、編集担当者の判断にゆだねたいと思います。
9月5日~6日は愛媛県松山市で市民対象の農薬シンポジウムが開催予定で、私も講演をする予定でしたが、今日関係者の一人から電話があり、現地の担当者のミスで準備が間に合わないので中止して、来年の5月頃の開催を目指したいとのことでした。私としては全く構いませんと返事をしておきました。ここにきてスケジュールに追われるようになっていましたので、むしろ助かったぐらいです。
一方で、9月8日~9日の青森県弘前大学で開催予定の松枯れ防除実践講座の資料(スライド)の提出期限が過ぎたとの催促の電話もありました。
http://www.jpgreen.or.jp/event/matsu/
いつの間にかすっかり失念していました。上記サイトを見ると、私は「防除の実施にかかわらず被害の沈静化に至らない実態について」という演題で講演をすることになっています。大至急作成して提出しますと返事をしておきました。
今日は一日中机に向かって仕事をして、運動に出かける時間は全くとれませんでした。明日は朝7時半頃自宅を出て農薬シンポジウムが開催される静岡に向かいます。講演の準備はすでにできています。
http://znouyaku.or.jp/pdfs/news/sinpojiumusizuokaomote.pdf#search='%E5%AE%89%E5%85%A8%E5%8D%94%E8%BE%B2%E8%96%AC%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0in%E9%9D%99%E5%B2%A1'
シンポジウムの後は、「市橋達也君の更生を支援する会」の幹事3人が私の静岡訪問に合わせて市内に集まって下さることになっていますので、久し振りに皆様とお会いして、その後の状況を確認する予定です。
その後私は一泊して、翌日は清水に移動して三保の松原の松枯れ状況の視察をし、その後名古屋に足を延ばしてお墓参りをしてくるつもりです。
9月5日~6日は愛媛県松山市で市民対象の農薬シンポジウムが開催予定で、私も講演をする予定でしたが、今日関係者の一人から電話があり、現地の担当者のミスで準備が間に合わないので中止して、来年の5月頃の開催を目指したいとのことでした。私としては全く構いませんと返事をしておきました。ここにきてスケジュールに追われるようになっていましたので、むしろ助かったぐらいです。
一方で、9月8日~9日の青森県弘前大学で開催予定の松枯れ防除実践講座の資料(スライド)の提出期限が過ぎたとの催促の電話もありました。
http://www.jpgreen.or.jp/event/matsu/
いつの間にかすっかり失念していました。上記サイトを見ると、私は「防除の実施にかかわらず被害の沈静化に至らない実態について」という演題で講演をすることになっています。大至急作成して提出しますと返事をしておきました。
今日は一日中机に向かって仕事をして、運動に出かける時間は全くとれませんでした。明日は朝7時半頃自宅を出て農薬シンポジウムが開催される静岡に向かいます。講演の準備はすでにできています。
http://znouyaku.or.jp/pdfs/news/sinpojiumusizuokaomote.pdf#search='%E5%AE%89%E5%85%A8%E5%8D%94%E8%BE%B2%E8%96%AC%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%B8%E3%82%A6%E3%83%A0in%E9%9D%99%E5%B2%A1'
シンポジウムの後は、「市橋達也君の更生を支援する会」の幹事3人が私の静岡訪問に合わせて市内に集まって下さることになっていますので、久し振りに皆様とお会いして、その後の状況を確認する予定です。
その後私は一泊して、翌日は清水に移動して三保の松原の松枯れ状況の視察をし、その後名古屋に足を延ばしてお墓参りをしてくるつもりです。
2016年8月24日水曜日
市橋達也君の更生を支援する会の幹事のお一人が、市橋君の弁護団の一員だった(途中から退任)高橋裕樹弁護士のインタビュー記事が載っているサイトがあると知らせてくれました。
http://tocana.jp/i/2016/08/post_10525_entry.html
この頃市橋君のことが話題になるのは珍しいので開いてみたら、最近担当した裁判で3回連続無罪判決を勝ちとったと出ていました。弁護団長だった菅野弁護士の事務所で私もお会いしたことがある筈ですが、市橋君と同じ年齢(ということは現在37才?)で、千葉大学法経学部卒とのことですが、当時はそいういうことは全く知りませんでした(と今は思っていますが、私はすぐ忘れてしまう性格ですので、もしかしたら私の記憶違いかもしれません)。
私は定年退職後、通勤で体を動かすということがありませんので、可能な限り1日2時間ぐらいはウォーキング/ジョギングをして運動をするように心がけています。今日はいつもの江戸川-水元公園ではなく、県道180号松戸-原木(ばらき)線(旧市川-松戸有料道路)を松戸市高塚新田の方向に出かけて、往復2時間50分運動してきました。この道は車の交通は多いのですが、両側にちゃんと歩道が設置してあるので歩き易い道です。ベトナムのハノイやインドネシアのジャカルタと違って、排気ガスで息苦しくなるということもありません。
この道を選んだのは、昨日車で走った時に道路沿いのナシ園のナシが実っているのが見えたので、それを見に行きたかったからです。ちょうど収穫時期らしく、どのナシ園も大きなナシがたくさんなっていました。一軒の農家の直売所に立ち寄って5個入り1,000円の豊水(ほうすい)という品種のナシを1袋買いました。幸水(こうすい)という品種が終わって、今は豊水の時期で、次はあきづき(秋月?)になるとのことでした。豊水は雨や湿度に弱くて蒸れるので無袋で栽培し、あきづきは太陽に弱くて果皮が黒くなるので袋をかけているとのことでした。帰ってきてから早速妻が皮を剥いて切ってくれましたが、甘くて美味しいナシでした。
園芸学部構内の1本の電柱にカラスの群れがたむろして騒いでいたのでカメラのズームで写真を撮ってみたら、1羽のハシブト(嘴太)ガラスを数羽のハシボソ(嘴細)ガラスが取り囲んで威嚇しているようにも見えました。もしかしたら、縄張り争いでもあるのでしょうか・・。園芸学部構内には元々ハシブトガラスが生息していた筈ですが。
県道180号沿いの庭に真っ赤見える木があったのでよく見たらサンゴジュの実でした。本当に珊瑚(さんご)のような綺麗な実でした。
斜面や木々に追いかぶさって繁茂しているクズ(葛)があり、珍しい花が咲いていました。クズは繁殖力旺盛で普段はつると葉しか見ません。アメリカでは昔砂漠の緑化に使えないかと日本から輸入したと聞きましたが、その後全土に蔓延(はびこ)って、現在は侵入植物と見なされて、Kuz(クズの英語表記で向こうの人はカズと発音します)と呼ばれています。
以前もこの道を通った時に気が付いて寄りましたが、松戸市高塚新田に八幡(はちまん)神社があります。昭和55年(1980年)に創建300年の記念碑が建立されていました。1980-300=1680年(正宝8年)ですから徳川時代前期の徳川綱吉の時代ということになります。
http://tocana.jp/i/2016/08/post_10525_entry.html
この頃市橋君のことが話題になるのは珍しいので開いてみたら、最近担当した裁判で3回連続無罪判決を勝ちとったと出ていました。弁護団長だった菅野弁護士の事務所で私もお会いしたことがある筈ですが、市橋君と同じ年齢(ということは現在37才?)で、千葉大学法経学部卒とのことですが、当時はそいういうことは全く知りませんでした(と今は思っていますが、私はすぐ忘れてしまう性格ですので、もしかしたら私の記憶違いかもしれません)。
私は定年退職後、通勤で体を動かすということがありませんので、可能な限り1日2時間ぐらいはウォーキング/ジョギングをして運動をするように心がけています。今日はいつもの江戸川-水元公園ではなく、県道180号松戸-原木(ばらき)線(旧市川-松戸有料道路)を松戸市高塚新田の方向に出かけて、往復2時間50分運動してきました。この道は車の交通は多いのですが、両側にちゃんと歩道が設置してあるので歩き易い道です。ベトナムのハノイやインドネシアのジャカルタと違って、排気ガスで息苦しくなるということもありません。
この道を選んだのは、昨日車で走った時に道路沿いのナシ園のナシが実っているのが見えたので、それを見に行きたかったからです。ちょうど収穫時期らしく、どのナシ園も大きなナシがたくさんなっていました。一軒の農家の直売所に立ち寄って5個入り1,000円の豊水(ほうすい)という品種のナシを1袋買いました。幸水(こうすい)という品種が終わって、今は豊水の時期で、次はあきづき(秋月?)になるとのことでした。豊水は雨や湿度に弱くて蒸れるので無袋で栽培し、あきづきは太陽に弱くて果皮が黒くなるので袋をかけているとのことでした。帰ってきてから早速妻が皮を剥いて切ってくれましたが、甘くて美味しいナシでした。
園芸学部構内の1本の電柱にカラスの群れがたむろして騒いでいたのでカメラのズームで写真を撮ってみたら、1羽のハシブト(嘴太)ガラスを数羽のハシボソ(嘴細)ガラスが取り囲んで威嚇しているようにも見えました。もしかしたら、縄張り争いでもあるのでしょうか・・。園芸学部構内には元々ハシブトガラスが生息していた筈ですが。
県道180号沿いの庭に真っ赤見える木があったのでよく見たらサンゴジュの実でした。本当に珊瑚(さんご)のような綺麗な実でした。
斜面や木々に追いかぶさって繁茂しているクズ(葛)があり、珍しい花が咲いていました。クズは繁殖力旺盛で普段はつると葉しか見ません。アメリカでは昔砂漠の緑化に使えないかと日本から輸入したと聞きましたが、その後全土に蔓延(はびこ)って、現在は侵入植物と見なされて、Kuz(クズの英語表記で向こうの人はカズと発音します)と呼ばれています。
以前もこの道を通った時に気が付いて寄りましたが、松戸市高塚新田に八幡(はちまん)神社があります。昭和55年(1980年)に創建300年の記念碑が建立されていました。1980-300=1680年(正宝8年)ですから徳川時代前期の徳川綱吉の時代ということになります。
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