2020年1月18日土曜日

サウスカロライナ州のギャフニーという田舎町で牧場をやっているLarry Tate 君の奥さんのLinda さんからメールが届きました。昔私が送ったクリスマスカードのコピーが添付されていて、いつ頃のものか覚えているかという質問と、綺麗なので飾りたい(Tate家の壁には写真その他を飾ってある掲示板があります)と書いてありました。私は日本語でも英語でも悪筆なので恥ずかしい限りですが、仕方がありません。今年も私が来るなら、昨年訪ねた時に立ち寄ったにLake Lure に今年も行きたいとのことです。
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Naoki,
I was sorting an old photo album and found this card from you. It is very pretty. I think I will frame it and hang it on the wall. I wonder what year you wrote this?
Hope you and family are doing great. Looking forward to your visit this year and hope we can visit Lake Lure again.
Have a great day,
Linda Merchant Tate

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すぐメールを打って、私の今年の年賀状の英語版と、大昔(多分1970年代の初め)NCSU(North Carolina State University ノースカロライナ州立大学)勤務時代に研究室で撮った白黒の写真を添付しました。今私が日本で運転している車はオンボロでそろそろ車検が通らなくなる可能性がありますので、お金を節約して車を買い替える貯金をしなければならないので2~3年はアメリカに行かれないかもしれないと返信をしておきました。
写真に写っているDr. Brian Smith は元々はアイダホ州の出身で、ユタ州立大学でPh.D(化学分野)取得後にNCSUにPost Doc(博士研究員)として来ていました。彼は、当時まだ新規殺虫剤だったダイアジノンという有機リン殺虫剤を放射能(14C)で標識する合成をしていて、数mg レベルのミクロスケールの合成も精製も終わって、pure な14C-ダイアジノンが入っている5mL容か10mL容の小さな丸底フラスコをコンデンサー(冷却管)から外そうとして手が滑ってフラスコを床に落としてしまったことを思い出します。床を汚染してしまったのでペーパータオルに洗剤を付けて拭き取ろうとしましたが、床材(フローリング)に溶け込んでどうしても放射能が除去できないので、金槌とのみで床材をコンクリートの基盤から剥がし取って除染したことを思い出します。当時はダイアジノンの代謝経路を明らかにするために、ラット肝臓や昆虫(イエバエ)腹部の細胞画分を酵素液としてin vitroの代謝実験などをしていました。
Dr. Larry G. Tate は確かサウスカロライナ州立大学でPh.D(生物学分野)取得後にNCSUにPost Doc として来ていました。彼の方は殺虫剤の代謝反応を触媒しているミクロゾーム画分のチトクロームP450の分子種の精製や性質を調べる実験をしていました。当時私は12フィートのジョンボート(平底の小舟)を持っていましたので、よく彼と一緒に車の屋根に積んでフィッシング(ルアーを使ったバス釣り)に出かけていました。バージニア州との州境にある広大なKerr湖やギャストン湖に行くのに車で片道1時間半~2時間かかりますので、運転している間魔法瓶に入れたコーヒーを飲みながらおしゃべりをしたことが普通のアメリカ人とはどんなものかを理解するのに大変役に立ちました。
Brian 君はNCSU の後、RTP(Research Triangle Park 研究学園都市)のNIEHS(National Institute of Environmental Health Sciences 国立環境衛生科学研究所)でPost Doc をしていましたが、奥さんと離婚後ユタ州に引っ越しました。Larry 君とはその後もずっと交流が続き、私がノースカロライナ州に滞在する時は必ず足を延ばしてサウスカロライナ州でやっている牧場を訪ね、彼の奥さんともこうして交流をしています。

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Linda,
Thank you for sending me an old Christmas card that I sent to Tate's family.  I am sorry I can not recall which year I sent it. 
When Larry and I were at NCSU we used to go to fishing together very often either to Kerr Lake or Lake Gaston, for I used to have a 12 ft John boat that we carried on the top of my car.  Since he had a lot more experiences in fishing than I, he was my fishing instructor.  During driving to and from Kerr Lake or Lake Gaston which normally took about one and a half or two hours one way, we had a chance to chat over coffee on various subjects.  That helped me tremendousely to understand what normal American people were.  After I returned to Japan to work for Chiba University in 1978 and  he retired from Alabama State University, I started visiting him almost every time whenever I stayed in Raleigh to do some work at NCSU during summer vacation time.  That was when his father was still alive.  It was very interesting to know that their house used to serve as a stage coach station for people who travelled westward from Charleston.  When I asked his father how stage coach passengers could sleep in a small room of the house, he explained me that they slept leaning against a sort of old fashioned washing boards placed against the wall diagonally.
Anyway, I am attaching a copy of New Years card that I sent out this year.  In Japan, most people exchange New Years greeting card (called Nenga-jo in Japanese) rather than Christmas card.  Also, I am attaching an old balck and white photo of two young scientists at NCSU- Dr. Brian Smith and Dr. Larry Tate wearing gorgeous mustache.  Isn't it funny that they used to think it was cool to grow mustache at that time?
It will be nice if I can afford to visit North Carolina and South Carolina this year again, but I think it is most likely that I can not.  Because, the car I am driving now in Japan is getting very old and may not pass next inspection.  So I need to save money to buy another car.  I am hoping I can make at least one more trip to the US when I reach 80 years old, that is a few years ahead.
Please say hello to Larry for me.
Naoki 

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2020年1月17日金曜日

東京農業大学校友会グリーンアカデミーホール(世田谷キャンパス)で、東京農業大学総合研究所研究会農薬部会(私が部会長)の新年顔合わせの会が午後2時からありました。少し早目に大学に到着しましたので、久し振りにキャンパス内を少し歩いてみましたら、建設中だった新研究棟がほぼ完成していました。いずれ別々の建物に分散していた学科や研究室が全てこの中に入る予定のようですが、各研究室の引っ越しは大変だろうなと想像しました。先に新管理棟と新教育棟1号館が建設されてすでに動いていますので、引っ越しが済んで古い建物が解体されれば、キャンパスの景観が大きく変わる筈で、学生人口の減少が予測されている中でこういうキャンパス造りができる東京農業大学(の財政基盤)はすごいなと思いました。



新年顔合わせの会では、私の10分程度の「部会長挨拶」に続いて、山本 出先生(東京農業大学名誉教授で農薬部会名誉会長)による約20分の「年頭所感」、西本 麗氏(住友化学(株)代表取締役副社長執行役員)による「農薬産業のイノベーションと社会貢献」と題した1時間半の特別講演がありました。
山本先生の配布資料には、1998年に70才で東京農業大学を定年退職されて以降の各種分野における執筆活動や講演などの社会活動が整理されていて、先生の多方面にわたるご活動がわかりました。先生は昭和3年(1928年)生まれで93才になられたとのことですが、私が嬉しかったのは、16才で海軍経理学校に入学したことや、戦中・戦後の日本社会の様子や、それが先生の農薬科学の研究にどうつながっていったかの大義について話して下さったことです。1945年の終戦(敗戦)から75年経って、日本とアメリカが戦争をしたこともどちらが勝ったかも知らない世代の若者が出現してきている状況で、同じ間違いを犯さないために戦中・戦後を直接経験してきた方の証言は貴重です。


西本氏の特別講演は、正に新年に相応しいグローバルな視点から農薬産業がイノベーションによっていかに人類共通のSDGs(持続可能な開発目標 Sustainable Developement Goals) (2015年9月の国連で開かれたサミットの中で採択された国際社会の共通目標)
に貢献できるか、という格調高い内容でした。西本氏は大学では経済学を専攻した文系出身ですが、農薬産業のイノベーションとしてGM作物、ゲノム編集、クロップストレスマネジメント、精密農業、持続可能な農業体系を指摘し、農薬に関わる研究者に目標と使命感と誇りを与えるお話しでした。
ちょっと残念なのは、世界的にはGM作物は大きな役割を果たしているにもかかわらず、日本では反遺伝子組換え活動の影響でこの分野には参加不可能の社会的状態に置かれているということです。そのために、効率的な品種改良はゲノム編集に頼らざるを得ず、ゲノム編集が遺伝子組換えと同じ規制を受けないように頑張らなければならない状態のようです。
西本氏の特別講演に対しては活発な質疑応答がありました。これ以上の耕地拡大が困難な世界で、増大する人口に食糧を供給するためには生産性を向上させることが必要だが、経済学でいう「収穫逓減の法則」に照らして限界があるのではないかという質問に対して、種子の改良と耕地の土壌改良でまだまだ生産性向上の可能性があるとの指摘がありました。
講演終了後、グリーンアカデミーホール1階のレストランで賀詞交歓会が行われ、講師を含んで会員同士の活発な交流が行われました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%8E%E7%A9%AB%E9%80%93%E6%B8%9B
いつもの通り、山本 出先生のご自宅での二次会もありました。

今日は幹事会は行われませんでしたが、前回の幹事会で決めた通り、次回第117回部会セミナーは3月13日(金)に開催され、薮田秀行氏(北海道で自然農業を実践している農家)による「自然栽培の標(しるべ)」と、松尾憲治(のりただ)氏(元住友化学、現関西学院大学研究員)による「ピレスロイド殺虫剤開発の経緯と現状」(仮題)の2題の講演が予定されていることの予告をしました。

 

 






 

2020年1月16日木曜日

一昨年の秋にノースカロライナ州に1ケ月滞在していた時に、持参して使っていたスマホのi-phoneが故障して使えなくなりましたので、帰国してすぐ別のスマホに買い替えました。古いi-phoneには大勢の知人・友人たちの住所録が入っていましたので、いつか時間のある時に新しいスマホに入力し直そうと思っていました。怠けて横着をしていましたら、最近住所録が開けなくなりました。今日松戸市内のドコモショップに行って診てもらったら、アップル社がロックをかけたのだということがわかりました。ロックを解除する方法を教えてもらいましたが、古い機種なのでIDや暗証番号を忘れてしまってうまく操作できませんでしたので、教えてもらったアップル社の相談窓口の電話番号に電話をして相談しようと思っています。
1月30日(木)に予定されている講演の日時が近づいてきましたので、今日は真剣に準備に取り組み始めました。