旧事務棟の解体工事は"がら"(砕いたコンクリート片や鉄筋)の搬出や埋設物の撤去が済んで、土を被せる仕上げの工程に入っていました。
園芸学部構内には小さい白いスイセンと黄色いスイセンが咲いていました。ボケの花も綺麗でした。
旧国家公務員松戸宿舎に上る坂道の横のクヌギと思われる木の大枝が強風で折れて落下して金網の塀を直撃しましたが、何か月経ってもそのままになっています。園芸学部には緑地環境学科という緑地や環境を専門にしている分野があるにもかかわらず、誰も片付けないのは恥ずかしい限りです。業者に頼むには学部にも大学本部にも予算がないのかもしれませんが、チェーンソーを持ってきてちょっと作業をすれば簡単にできる筈です。教員がやるか、事務職員がやるか、卒業生のボランティアにやってもらうか、学生にやらせるか、いずれにしても場所が急勾配の斜面ですから作業中に万が一の事故があったら誰が責任をとるのか・・、というようなことで身動きが取れずに結局ほったらかしになっているのだろうと想像しますが。無責任で情けない状況です。3月23日(月)の卒業生・修了生を送る会には名誉教授として私も招待されていますので、写真を持って行って学部長や事務長に見せて苦言を呈してこようかと思っています。
ノースカロライナ州の空手の弟子/友人のMargie さんからメールが届き、バージニア州のアララットという山の中に住んでいる剣道の弟子/友人のKelly君のお父さんが昨日の午後4時に亡くなったという知らせでした。昨年の秋に一緒に訪ねた時に撮った写真が添付してありました。日本との間には時差(今は冬時間ですから14時間)がありますので、今夜(向こうでは朝)Kelly君にお悔やみの電話をしようと思います。
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夜9時15分頃(向こうでは今朝7時15分頃)にKelly君に電話をしました。お父さんは88才だったそうですが、お母さんに先立たれてからは気力がなくなり、心臓が悪くて薬を飲んでいたがとうとう力尽きたとのことでした。危篤状態になってから、弟の一人は駆けつけてきて、結婚してノースカロライナ州の海岸地域に住んでいる姉さんとお父さんは亡くなる前に電話で話をし、終身刑3回でノースカロライナ州ローリー市の刑務所で服役しているもう一人の弟とは、刑務所に連絡をしたら刑務所の電話を使わせてくれて10分間お父さんと最後の会話をさせてくれたとのことでした。アメリカでは犯罪を犯して服役している囚人にもそういう暖かい措置をしてくれるということを初めて知りました。最後は家族と友人に見守られて安らかに息を引き取ったとのことでした。お父さんの遺言で葬式はせず、遠くから来る姉さんたちが到着したら火葬にして、先だったお母さんの遺骨(遺灰)と一緒にしてしばらくは自宅に置いてから、いずれは1時間ぐらい離れたところにある一家(Brown家)の墓地に移す予定だとのことでした。
Kelly君の奥さんのJannieさんがお父さんを最後まで献身的に世話をしてくれたことへの感謝と、私が日本からお悔やみの電話をしたことへの感謝を述べていました。あの世に旅立つ人を見送る家族の心情は、日本人もアメリカ人も同じです。