2020年6月13日土曜日

週刊新潮が3月19日号から5月7日・14日号まで8回にわたって奥野秀司+本誌取材班名で連載した[実は「農薬大国」ニッポン]と題した記事に対して、農薬工業会は問題点について一つ一つ検証して、正確性や根拠に問題があるとする見解を農薬工業会のホームページに公表
するともに、週刊新潮社に送付して抗議をしてきました。
ある知人から、それに対して週刊新潮社は6月18日号で反論を掲載したとの知らせがありました。早速目を通してみました。私の経験ではたいていの場合、テレビにしても新聞にしても週刊誌にしても、一度放送・掲載した記事については、数字の間違いとか明らかな間違いでもない限り、訂正することはほとんどありませんが、週刊新潮社が番外編として反論記事を掲載したということは、食料生産に重要な役割を果たしていて、安全性も農薬登録制度で確保されている農薬についてこれだけ批判をしたのですから、責任上当然のことです。
ただし、最後に「どこまでいっても双方の論点が噛みあうことはないだろう」と結んでいることから、これ以上反論する意志はないという意思表示でしょう。

連載記事のまな板に乗ったのは主としてネオニコチノイド系殺虫剤と除草剤ラウンドアップ(有効成分グリホサート)でしたが、1点だけ私が面白いなと思ったのは、農薬工業会は農薬の安全性の根拠として毒性試験がOECDガイドラインやGLP基準に適合だから信頼性が高いとしているのに対して、奥野秀司+本誌取材班が引用している研究はレフリー(校閲者)の審査(査読)をパスしてジャーナル(学術誌)に掲載公表されているから信頼性がより高いと主張していることです。
この点については、農薬の毒性試験の詳細については登録審査の段階では提出されますが、農薬会社が何億円もの投資をして得られた試験結果は企業の知的財産ですから、他社が勝手に利用して利益を得ることがないように、登録が認可された段階で一般には概要だけが公表されるというのは当然のことです。
一方、レフリーの審査をパスしてジャーナルに掲載された論文でも、質的には多様(玉石混交)で、後で問題が発覚して取り下げられた論文も多々あります。また、あるジャーナルでは不備があるとして却下された論文を審査が甘い他のジャーナルにそのまま投稿し直して掲載されるということは、その論文の正当性の証明にはなりませんし、むしろ科学者としての倫理の問題に関わってきます。論調を見ると、週刊新潮の反論の筆者はそういうことを理解していないような気がします。