2011年12月31日土曜日

12月29日に振り込まれた方(4回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は113,000円、延べ446人からの合計額は4,213,928円になりました。ありがとうございました。

支援者から年末のご挨拶を兼ねたお便りが届いています。日本では、大晦日(おおみそか)やお正月は家族と過ごす場合が多いので、身から出たさびとはいえこの時期を独居房で一人で過ごす市橋君はどれほど寂しいことか・・。生きている限りは、せめて心の中だけでも、支援者で市橋君のことを考えて温かい思いを差し入れしてあげましょう。私も年が明けたら、時間を見つけて一度面会に行ってくるつもりです。
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本山先生、お元気そうなご様子何よりです。今年ラストのメールです。本当に一年間お忙しい中いろいろとお気遣い頂き、お世話になり、有難うございました。
今年は東日本大震災があり、あの日の神戸がフラッシュバックしたり、市橋さんの事もあわせて色んな事を考えながら過ごした一年でした。復興には長い年月が必要だと思われます。でも神戸も甦りました。きっと東北も頑張って再生されると信じています。市橋さんの支援も長い年月が必要です。人や街が復活するには周りの方々の息の長い努力と想いが不可欠だと思いますので微力ながら私自身、意識を新たに来年も頑張って市橋さんを支援したいと思います。
本山先生、よろしくお願いいたします。そして、どうぞお体に気をつけて佳いお年をお迎え下さいませ。

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本山先生、今年もあと、8時間余りで終わろうとしています…。私は3月から、初めて支援金を送らせていただき、これまで8回程でしたが…先生や支援者の皆様にブログを通してですが、巡り会えたこと…本当に良かったです。先生にはお忙しい日々の中、市橋君の様子を知らせて頂き、送金時の手続き等…お世話になりました。ありがとうございました。7月には、行動を起こしたとは言え…(偶然にも主人が単身赴任中)〇〇県から東京、裁判当日は千葉地裁に足を運んだ事で、一瞬でしたが本山先生にもお会い出来た事…そして(後でお世話になった初めて会った方が、市橋ギャルと中傷されていて残念でした)市橋君をほんの10分ばかりでしたが…後ろ姿を見ながら 傍聴出来た事は…今思えば、不思議であり、嬉しくもあり…まさに一期一会だったかなぁ…と感慨深い出来事でした。
現在の市橋君は、来年から始まる控訴審に向けて 準備等、大変なのでしょうが…最近では、自ら支援者の方に面会を希望する等…変化が見えて来て 良かったなと思います。 拘置所では年越しそば、は出るのかな?市橋君は三回目の年越しになるのですねぇ…寒さ、寂しさに耐え、心穏やかに新年を迎えて欲しいです。私事では、主人が12月初旬に辞令が出まして、先週には〇〇(本社)へ帰って来ました。1年4ケ月の単身赴任でしたが…お疲れ様と感謝しながら、お帰りなさい、と息子と喜んでおります。(失敬に聞こえるかもですが)ただ一つ残念なのは…やはり、市橋君へ出向いて(小菅の拘置所)差し入れを予定(来年の春休み頃)してたので…でもこの先いつか、市橋君の差し入れだけに〇〇から飛んで行ける時が来るかもわかりません…今年は震災もあり、大変な年ではありましたが… 新年から、また新たな気持ちでパートに家事、育児、出来る範囲での支援を…続けていきたいと思います。では、本山先生、お身体には気をつけて、良いお年を迎えて下さい… 
ありがとうございました。来年も宜しくお願い致します。
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今年も、あと少しで終わりを迎えようとしてます。本山先生には、大変お世話になり、有難うございました。いつも支援者の事を考えて下さり、市橋達也さんの様子や公判や控訴の状況を伺わせて頂き、本当に有難うございます。今年は、彼の公判も有りました。私は目の前で、彼がリンゼイさんのご両親に土下座をされた姿が、心に残ってます。あの時の彼の気持ちを心に感じながら、ずっと支援を続けて行きます。又、面会出来る日が来るとは思ってませんでしたので、今年は特別な年になりました。
今年も、本山先生の熱意や支援者の温かいお気持ちを感じられた一年でした。来年も宜しくお願い致します。良いお年をお迎え下さい。

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今日は江戸川堤防を14Km 走ってきましたので、累積は634Km/75日になりました。元旦は実業団のニューイヤー駅伝、2日~3日は大学箱根駅伝の中継がありますので、テレビの前に釘付けになりそうで困ったものです。

2011年12月30日金曜日

12月28日に振り込まれた2名の方(10回目と5回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は112,000円、延べ445人からの合計額は4,212,928円になりました。お二人ともメールアドレスがわかりませんので個別の礼状は差し上げませんが、ありがとうございました。手書きのメッセージもいただきました。
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先生、一年間お疲れ様でした。なかなか思うように送金できず申しわけございません。また、来年も宜しくお願い致します。先生、市橋さん、支援者の方々にとって良い年になりますように。先生、くれぐれもご自愛くださいませ。
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ずい分遠くからのお便りをありがとうございます。そちらは今頃雪一面の景色でしょうね。

今日は内房(うちぼう)の富津(ふっつ)岬に、松の保護士・自然再生士の資格をお持ちのA氏と一緒に松枯れの状況視察に行きました。前回視察した時に回りきれなかった場所を回るためです。松戸から私の車を運転して行ったのですが、館山自動車道を木更津北インターで降りる料金所寸前に突然バッテリーが死んで、車が動かなくなるというアクシデントがありました。JAFFを呼んでみてもらいましたが、年末でもう修理をしてくれるガラージ(修理工場)はどこも開いていないので、駐車場に車を放置してレンタカーを借りて目的地に行きました。車は新年になってガラージが開くようになってから、取りに行くことにしました。ついこの間車検をしたばかりですので、エンジンをかけた時に働く発電装置とバッテリーをつなぐ電線がしっかり接続されていなくて、走っている間に充電がされなかったのではないかと想像します。車検後ブレーキも弱くなっていて再調整してもらいましたが、重大事故にならずに幸運でした。車検を信用していましたが、危ないところでした。

千葉県立富津公園内の松林は見事に管理されていましたが、先端の展望台付近と岬の南側根元部分に位置する岩瀬地区(漁港の付近)の松枯れは酷い状況でした。漁港の近くということで薬剤散布ができなかったのでしょう。枯れた松にはマツノマダラカミキリによる産卵痕や、後食(こうしょく)痕(後食する時にセンチュウが樹体内に侵入する)が見られました。松を守る技術はあるにもかかわらず、不十分な管理しかできなくて枯死するのは人災だなと思いました。

2011年12月29日木曜日

支援者から以下のお便りが届きました。
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26日にご報告させて頂いた通り、本日差し入れに行って参りました。今回もやはり、必要な時に必要な物をの趣旨で現金と、それから食料品(飲み物・カップ麺・お菓子)です。菓子パンも差し入れたかったのですが、売り切れとのことでした。午前中(お昼前の到着)でしたが、かなり大勢の方がいらっしゃり、面会も差し入れも混雑しておりました。
・・・ご報告まで。
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別の支援者からも27日のブログで差し入れ予定として報告した本を発送したとのお便りをいただきました。

千葉大学走友会の練習会は、稲毛海浜公園から幕張マリンスタジアムまでの往復約10Km を、直近の出場したレースの記録に応じて時差スタートして走りました。一番遅い私が一番先にスタートし、一番早いランナーは私より24分遅れでスタートしました。このところ1月29日のフルマラソンに向けて610Km 走り込んできた私が断然有利で、53minでゴールインし、2位以下をはるかに離して1位になりました。元々時差スタートしているので自慢できるわけではありませんが、それでも練習会後の走る仲間と一緒の忘年会での勝利のビールとワインと料理の美味かったこと! 明日からはまた禁酒して、トレーニング、トレーニング。累積は620Km/73日になりました。仲間から手作りの賞状をもらいました。

 

2011年12月28日水曜日

12月26日に振り込まれた方(22回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は97,000円、延べ443人からの合計額は4,197,928円になりました。ありがとうございました。

支援者から以下のお手紙が届きました。ブログでのお願いに早速対応して下さりありがとうございました。差し入れが1日に1回しか認められないのは、直接持参して差し入れ申し込みをした場合で、郵送による差し入れの場合は1日に何人から送ってくるかコントロールできませんので、人数に制限はないということではないかと思います。間違っていたら、どなたか訂正して下さい。
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さて、先日23日にダウンジャケットとフリースのジャケット2枚とスウェットスーツを送りましたので24日は届いていると思いますが、市橋君の手元へ届いているかは分かりませんが、一日も早く届けてほしいと思います。
とても寒くなりましたので、ハイネックシャツ2枚と厚手のソックスを送りました。カイロもと思いましたが、念のため電話で確認したところ、売店からの差し入れはできるそうですが、郵送での差し入れはできないそうです。それと先日のブログで、差し入れも一日一人しかできないとの事でしたが、確認したところ差し入れはいいそうです。接見に限り一日一人(一回)だそうです。
先生、今年もお忙しい中一年間市橋君の様子を知らせて頂きありがとうございました。
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次回市橋君に面会に行く時に報告できるように、東京ディズニーランドに松林の状況視察に行ってきました。植栽管理は株式会社グリーンアンドアーツという会社が担当していると聞いていたので、JR舞浜駅前の総合受付で来園の目的を告げたのですが、植栽調査のための入園は許可になりませんでした。そこで外周を循環しているモノレールに乗って何周かし、どこに松林があるか下見をしたうえで近くの駅で下車して、外側から徒歩で視察してきました。よく管理されていて、枯れている松は1本も見当たりませんでした。毎日多数の来園者がある中で、これだけ見事に管理されているのはさすがです。市橋君が卒業論文の研究をしたところですから、この話をしてやれば、彼も安心するでしょう。


夕方江戸川堤防を10Km 走ってきましたので、累積は610Km/72日になりました。1週間トレーニングができなくて少し焦りましたが、これで明日の千葉大学走友会の練習納めは走れる自信がつきました。

2011年12月27日火曜日

12月25日に振り込まれた方(3回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は96,000円、延べ442人からの合計額は4,196,928円になりました。ありがとうございました。この方からはメールでメッセージが届き、本も差し入れ予定とのことです。
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こんばんは。寒い日が続いていますが先生お身体は大丈夫ですか?先日3回目の振り込みをしました。少額ですがこれからも支援をしていきます。
先生のブログを拝見して市橋さんがどのような生活を送っているのかよく解ります。それから29日に郵便局から本を千葉刑務所に送ろうと思います。
三島由紀夫の「金閣寺」の一冊になります。先生も御存知かと思いますが、三島由紀夫の文章の中に、「自分の吃音や不幸な生い立ちに対して金閣における美の憧れと反感を抱いて放火した」というところがあります。
私は三島由紀夫の思想や美学は解りませんけどこの金閣寺は何か市橋さんに読んでもらって欲しいと思いました。控訴審に向けて自分が何を話して、そしてまた更生への道を見つけてもらえたらと願ってます。市橋さんがこれから臨む控訴審に微力でありますがお力になれればと思っています。また29日に送金をします。先生もお身体ご自愛ください。ブログも毎日拝見しております。それでは宜しくお願いします。

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今日は事件当日まで市橋君がお付き合いしていた友人に時間を作っていただいて、夕方喫茶店で1時間半くらいお会いして、そもそもの出会いからお付き合いしていた期間(約1年半)の市橋君の様子についていろいろお話を伺いました(差支えのない範囲でブログに報告してもよいとの了解をいただきました)。市橋君の更生を応援するために、私も何故市橋君が、自分の身の破滅につながることが分かり切っているような、あんな馬鹿なことをしてしまったのかを理解したいと思っているからです。大学卒業後の市橋君は、留学を目指して英語の勉強をしていましたが、親からの仕送りがあったとはいえ、英語学校に入学すると多額の費用がかかるので、イヤホンで英会話のテープを聴いてほとんど一日中英語漬けのような生活をして、本当に一生懸命勉強していたそうです。友人と出会ってからも当初は非常に慎重で、ジェントルマンで、本能にまかせて行動するようなことは全くなかったとのこと。時間が経って親しい関係になってからも、一緒に旅行に行ったり楽しい時間を過ごすようになってからは、もっと勉強に専念しなければいけないという自覚と友人との楽しい生活とのジレンマに苦しむことがしばしばあったようです。最後に受けたTOEFLという英語の試験の成績が期待したレベルではなかったようで、親との約束の仕送りの打ち切りの時期が3月末まででそれ以降は自活しなければいけないというストレス状況の中で、リンゼイさんから個人レッスンを受けられるようになったことを本当に喜んでいたようです。でもそれが何故、あのような犯罪につながってしまったのか・・。友人にも理解できないそうです。
もしかしたら市橋君自身にもわからないことなのかもしれませんが、いずれ時期がきたら(市橋君の精神状態がこういう話題に耐えられるだけ強くなったら)、市橋君自身がどう考えているか確かめてみたいと思っています。

午後から松くい虫防除の研究に関して相談するために東京都港区赤坂にある(財)日本緑化センターを訪ねたら、同じビルに水産庁関係の団体も入っていて、ロビーでボランティアの人達が地震とつなみで被災した宮城県石巻の水産加工場の倉庫跡から掘り出したイワシの缶詰(缶の外側が少し錆びている)を3ケ1,000円で売っていたので買ってきました。生産が再開できるようになるまで従業員にはこれしか収入を得る物がないので、生産者への支援になるのだそうです。「希望の環(わ)」という名の団体(プロジェクト)が復興の支援をしていて、サポーター登録を要請していました。http://kibounowa.jp/

昼休みに東京農大の周囲を4Km だけ走りました。グランドはもうすぐ箱根駅伝を走る駅伝部の学生たちが、この寒空の中をランニングシャツとランニングパンツで猛烈なスピードで走り込んでいましたが、私は1週間ぶりの練習でしたので、心肺機能が大幅に低下していて、ハーハー息が上がりました。それでも、トレーニングを再開できたことでよしとします。累積は600Km/71日になりました。

2011年12月26日月曜日

12月24日に振り込まれた方(16回目)から支援金が届きました。これで支援金の現在高は95,000円、延べ441人からの合計額は4,195,928円になりました。ありがとうございました。この方からは払込取扱票に手書きされたメッセージとメールでのメッセージが届いています。
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支援金を振り込ませて頂きます(16回目)。本日はクリスマスイブです。市橋達也さんに「あなたは、大きな愛に見守られています。そのことを忘れないで下さい。」という思いを込めて送らせて頂きます。
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今年も余すところわずかとなりました。本山先生におかれましては、ますますご清祥のこととお喜び申し上げます。久しぶりにメールさせて頂きます。〇〇市の〇〇〇〇です。
私もほぼ毎日ブログを拝見しておりますが、日々目標に向かってコツコツと走っておられる本山先生のお姿に感銘するとともに、やはり何ごとも、行動(実践)があってこそなんだということを、あらためて実感し、学ばせて頂いております。ですが、お風邪を召されているということで、どうぞ、ご無理をなさらないようにお大事になさって下さい。
24日にわずかですが支援金を振り込ませて頂きました。また、仕事の都合でぎりぎりになってしまいますが、28日に今年最後の差し入れに出向きたいと思います。本山先生がブログで呼びかければ、すぐに支援の手がさしのべられ、静岡など遠方からも差し入れに来られる支援者の方もいらっしゃる・・本当に皆さん、心温かい「大我の愛」をお持ちの支援者ばかりだと思います。末筆ながら、本山先生、くれぐれもお身体お大事になさって下さい。本山先生、支援者の皆さま、良いお年をお迎え下さい。
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この支援者は28日(水)には差し入れに行かれる予定とのことですから、他の支援者の方は重ならないように配慮をしていただければ幸いです。

カリフォルニア在住の娘から電話がありました。時差の関係で向こうは今日がクリスマスなので、孫たち3人がクリスマスツリーの下に飾っておいたプレゼントを開けて、日本のバーバ(妻のこと)とグランドパ(私のこと)からのプレゼントもあったので大喜びしていたとのことでした。プレゼントの取り合いで喧嘩をしなかったかと訊いたら、もちろんしたとのこと。ちゃんと3人分それぞれ分けて指定して送ったのに、一番下の4才の男の子が自分一人で全部ほしいとわがままを言って喧嘩になったのだそうです。その様子を想像して思わず笑ってしまいました。
カリフォルニアにもスキーのできる山があるらしく、車で片道2時間くらいのところに今から2拍3日でスキーに出かけるとのこと。自分で自分のバックパックの準備をしなさいと言ったら、一番下の4才の男の子はスキーがどんなものかわからないので、オモチャをたくさん詰め込んでいたようです。

東京在住の81才の姉が訪ねてきてくれて、妻が昨日から腕によりをかけて準備をしたご馳走を一緒に食べました。最近の我が家の年末の年中行事(昨年は姉と私と妻と3人で名古屋にあるお墓参りに行きましたが)です。年齢が12才離れているので、小さい頃から私を可愛がってくれた長姉ですが、寄る年波には勝てず少しずつ体のあちこちに故障が見られるようですので、この年中行事もいつまで続けられるか・・。それでも、昔から英語のクラスの生徒だった人が何人か今でも姉を慕って自宅に来てくれて、毎週英語の勉強会をしているとのこと。そのためには自分自身も勉強をして準備をしなければならないので、それが姉の精神をいつまでも若く保ってくれているのでしょう。姉は、「人間は死ぬまで一生勉強」の見本のような人です。私の次兄と次姉はブラジル在住ですから、向こうは向こうで兄妹(お互いにかなり離れたところに住んでいますが)で年に1度は行き来をしているようです。

私はすっかり体調が回復したようですので、明日あたりから走るトレーニングを再開したいと思っています。ただ、走る時間が見つけられるかどうか・・。            

2011年12月25日日曜日

昨日、支援者から次の本を差し入れたとの連絡が届きました。外に出ることが許されず季節感がない生活をしている市橋君に、本を通して季節を感じてもらうのはいいですね。
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本日はクリスマスイブですね。先日、市橋達也さんにクリスマスの本を2冊差し入れました。
キリストの誕生や教会など、クリスマスの真実と文化に触れた《Christmas for you》《Festivals and Faiths CHRISTMAS/Catherine Chambers》海外のクリスマスの様子が載ってるペーパーバックです。
クリスマスを伝えたいです。

昨日のブログで、本山先生が松枯れのお話をされ、彼が直ぐにディズニーランドの松を気に掛けた事が、嬉しかったです。独居房の中でも、色々な事に関心を持って欲しいと思ってます。
前から差し入れたいと思ってました《東京ディズニーリゾート 植物ガイド》を、買いました。ディズニーランドの植物の写真が載っていたり解説がされてます。卒論の研究の調査から、年数が経ってますが、お花や樹木を見て、その頃を思い出したり、何か感じてもらえたらと思います。次に千葉刑務所に伺う時に、差し入れる予定です.
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このところ私が走るトレーニングの報告をしないので不審に思っていらっしゃる方がおられるかもしれません。実は報告をしなくなった日(12月20日)から微熱(67.5~68.2℃)が続いていて、私は普段は微熱があっても逆に運動をして汗を一杯かいて治してしまうのですが、今回は悪寒がして走ろうという気力が湧いてこないので、用心して走るのを中断しているからです。せっかくほぼ毎日走り込んで脈拍数もランナーらしく51~52くらいになっていたのに、62~63くらいに戻ってしまいました。今週の木曜29日には千葉大学走友会の年末の練習納めがあるのですが、この分では残念ながら競争的な走りはできそうもありません。それでも1月29日のマラソン大会まではまだもう少し時間がありますので、体調が回復したらまた走り込んで出場を目指したいと思っています。多分、風邪気味なだけで少し休めばすぐ回復する筈ですので、ご心配なく。

東京農業大学のメールサーバーはまだダウンしたままなようです。
今チェックしたら、メールサーバーは回復していましたので、今後のメールはできるだけ今まで通りのアドレス宛にお願い致します。
(昨日のブログに写真を追加しておきました)

2011年12月24日土曜日

昨日から東京農業大学のメールサーバーが機能していないらしく、接続できなくなっていますので、メールを送信して下さった方にはサーバーが再開してから返信致します。なお、私の個人的なaol のアドレスは従来通り使用可能ですので、農大の方に送信不可の場合は、回復するまでそちらにお送り下さい。

12月22日に振り込まれた3名の方(9回目、3回目、3回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は90,000円、延べ440人からの合計額は4,190,928円になりました。年末・年始に向かって何かと出費の多い時期にもかかわらず、市橋君のことを考えて下さり、温かいご支援をありがとうございました。お一人からは手書きのメッセージがありました。
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本山先生、大変お世話になりありがとうございます。市橋君の心と体が、全能の神様、イエス様に守られ、又、すべてが守られます様お祈り申し上げます。ご両親様、支援する方々が守られます様に。
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今日は車を運転して内房の富津(ふっつ)岬の松枯れ状況の視察をしてきました。途中渋滞もありましたので、往復ともそれぞれ約3時間かかり、現地では県立富津公園内を約3時間歩き回ってきましたが、松はりっぱに管理されていて枯れている松はほとんどありませんでした。先日の千葉県森林研究所の人の激害という報告と違うので、さっき電話をして確認してみたら、枯れているのは岬の根元にあたる部分で、公園よりずっと離れた南側の海岸線に植栽されている松林だということでした。
富津公園内の松は、公園施設ということで県の中の土木関係の部署がしっかり管理しているとのことでした。明治時代から終戦まで軍の要塞地帯で、東京湾に侵入してくる敵の艦艇を迎え撃つ基地として使われていたらしく、森の中にコンクリート製のトーチカみたいな建物や弾薬庫のような建物が廃墟のように残っていました。松は戦後昭和22年(1947年)から植林し始めたとのことで、ずい分太いりっぱな松が多数残っていて、昭和28年(1953年)に当時の天皇・皇后両陛下がお手植えされた松も大きく育って守られていました。
ひとつだけ残念だったのは、ごみを捨てないで下さいという看板があるにもかかわらず、林内にベッドやソファーのような家具や、冷蔵庫やテレビ?のような家電製品を廃棄しているところがあったことです。ここだけでなくあちこちの森林や空き地で見られる光景かもしれませんが、自分さえよければということで他人への迷惑を省みないこういう人間は、自分の家族や子供たちに普段どういう態度で接しているのでしょうか。

 
 

2011年12月23日金曜日

支援者の一人から次の2冊の本を差し入れたという報告が届きました。ありがとうございました。
「青い鳥」重松清箸
「宙ノ名前」村 完次箸

先日、私が面会に行ったらその日はすでに別の人が面会していて、弁護士以外は1日に一人(一組)しか面会はできないという規則になっているということで、面会ができなかったことを報告しましたら、支援者の一人から差し入れも同じで1日に1回しかできないという規則になっているということで、差し入れできずに帰ってきたことがあると教えていただきました。恐らく他の支援者にも同じ経験をされた方がおられるのかもしれません。遠方からわざわざ差し入れに来られて、差し入れできずに帰られるのはお気の毒ですので、これからは差し入れ予定の方もあらかじめ私にお知らせいただければ、このブログに報告して他の方が無駄足を踏まなくてすむようにしたいと思います。
早速ですが、12月26日(月)にはある支援者から差し入れに行く予定ですとの連絡が入りました。

昨日のブログで、市橋君から要望のあった防寒用の衣類について、どなたか差し入れしていただけますかとお願いしましたら、早速何人かの支援者が差し入れしますとのメールを送ってくれました。このブログを毎日チェックしていますという非支援者の方も心配して下さって、自分が差し入れてもよいですとのメールを送ってくれました。しかし、それより前にある支援者から直接電話で明日衣類を郵送するからという連絡が入りましたので、重複するといけませんので、急遽防寒用衣類についてはもう心配無用になりましたという文をブログに赤字で追加しました。ご心配下さった皆様には感謝致します。次回面会に行く時に、市橋君にはこれらのことを伝えてくるつもりです。

昨日の面会での市橋君とのやりとりで、報告し忘れたことが一つありました。私が、先日房総半島の先端の平砂浦の松枯れ状況を視察してきたことを伝え、内房(うちぼう)の富津(ふっつ)岬や九十九里の蓮沼海浜公園でも激害で松が大量に枯れているようだと話しましたら、市橋君はすかさず東京ディズニーランドの松はどうなっていますかと訊き返しました。私がディズニーランドにも松があるのかと訊いたら、自分が卒業論文の研究で調査をしたところです、海に面したところには松がたくさん植栽されていました、と答えました。面会の時に彼に報告できるように、時間をみてディズニーランドを訪ねて(私は今まで一度も行ったことがありません)松の状況を見てこようと思っています。

今日は私と一緒に全国各地で松くい虫関係の調査研究をやってくれた元学生(博士号取得者)と、銚子の犬吠崎灯台のある君ケ浜の松林と九十九里浜の蓮沼海浜公園の松林を車で回って視察してきました。君ケ浜の松林は見事に保全されていて、ほとんど枯れていませんでした。銚子は千葉県有数のキャベツの産地ですが、あちこちに鮮やかな緑色のキャベツ畑が見られました。また、キャベツの間にキャベツを植えるという私には珍しかった作付がされていました。

 

一方、九十九里浜の蓮沼海浜公園は今年の春訪ねて展望台の上から眺めたり、松林の中を歩いた時は確かにかなり松枯れが多い印象を受けていましたが、今日再訪してみたら、平砂浦に負けないくらいの大被害で広大な面積あった松林がほとんどなくなってススキが原の砂丘に戻りつつありビックリしました。科学的に証明するにはさらに精密な調査が必要ですが、平砂浦の場合と同様にここでも林内のいたるところに枯損木の細い枝(ここにもマツノマダラカミキリ幼虫とマツノザイセンチュウが入っていて翌年の発生源になる)が放置してあり、実際にカミキリムシ成虫の羽化脱出痕が確認されましたので、伝染病の発生源を放置したまま薬剤散布をするというような不十分な対策をしたことが激害の一因ではないかと思われました。しかも、ほとんど宗教的な農薬反対活動家グループからの政治的圧力で、薬剤散布も手足を縛られたような不十分な方法でしか散布ができなかったことが激害を加速したように思われました。
なお、ここにはこの県有林を管理している千葉県北部林業事務所が設置したりっぱな看板が今でも立っていましたので、ちょっと皮肉に見えるかもしれませんが引用しておきます。枯れて伐倒された大きな松の切り株の年輪をざっと数えると50年くらいは経っているように見えましたので、それだけの年数をかけて育成してきた松林がこんなに急激に消滅したのは、私は人災のような気がしました。
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                 蓮沼海浜の森
蓮沼海浜の森は歴史・風土に培われた「白砂青松」の地として将来に残すべき貴重な財産です。森林浴と海水浴を同時に楽しんでいただけるよう、治山事業により海岸県有保安林内に遊歩道等を整備したものです。
              千葉県北部林業事務所
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2011年12月22日木曜日

午前中に市橋君に面会に行ってきました。昨日午後1時過ぎに来たけど面会できなかったことを伝えた後、「久し振りだけど、元気にしていたか」と訊いたら、「はい」と答えました。ご両親は控訴審で証言することに同意してくれたかと訊いたら、首を横に振って駄目だという意思表示をしました。寒くないか、何か必要なものはないかと訊いたら、2年前にどなたかがダウンジャケットを差し入れてくれたけど、ずっと着ているのでボロボロになって中身(羽毛?綿?)が出てきているので、ユニクロで売ってるようなダウンジャケットを差し入れていただければありがたいと答えました。ただし、フードのついているものや紐の付いているものは許可になりませんので、と注意をしてくれました。2年前に差し入れてくれたのは北海道の支援者だったかなと私が言ったら、違います、〇〇さんではありません、と正確に北海道在住の支援者の名前を言いました。以前私が差し入れた支援者名簿を何回も見て、どこの都道府県に何という名前の支援者がいるということを覚えてしまったのでしょう。どなたか、防寒用にフードと紐の付いていないダウンジャケットを1着差し入れていただけませんでしょうか。2着は不要ですので、もし差し入れて下さる方がおられたら、あらかじめ私にお知らせ下さい。このブログに報告して重複を避けたいと思います。ちなみに市橋君は確か伸長180cm くらいだったと思いますので、サイズはLL がいいかもしれません。

独居房では ベッドで寝ているのか、布団で寝ているのかと訊いたら、布団ですとのこと。冬用の寝間着(パジャマ)はあるのかと訊いたら、現在着ている薄手の黒いトレーナーを指差して、このまま寝ていますとのこと。昼間着ているのと同じトレーナーでそのまま寝るのでは、朝起きた時に夜と朝の区別がつかなくなるんじゃないのかと指摘しておきました。どなたか冬用の寝間着を、洗濯用も含めて2着差し入れていただけませんでしょうか。私の妻に訊いたら、パジャマを寝間着にするのは私のような老人だけで、最近の若い人はトレーナーを寝間着にするのだと言われました。どちらがいいかわかりませんが、こちらももし差し入れて下さる方がおられたら、あらかじめ私にお知らせ下さい。ただでさえ生活のリズムが作り難い独居房での生活ですから、せめて朝起きたら寝間着から普段着に着替えて、顔を洗ってひげを剃って、その日の一日を始めさせたいと思いましたので。
支援者の一人から、市橋君は罪を償うために一生リンゼイさんの苦しみを忘れずに苦しみ続けるべきたという趣旨のことを言ってきた人がいるよと話したら、どんなことをしても罪を償うことはできないと思いますと答えました。彼は自分の犯した罪がどれだけ重いものかを十分自覚していると感じました。

ひげ剃りや歯ブラシや洗面用具は刑務所が供給してくれるのかと訊いたら、私物がない場合は供給してくれるけど、自分は私物があるのでそれを使っていますと答えました。支援者の中には現金を差し入れして下さる方がおられるので、それを使って刑務所内の売店で売っているものを注文しているのでしょう。

学生時代に空手同好会で私に指導された空手の型を練習していますと言って、玄制流の組手(試合練習)は寸止めですかと訊きました。彼が空手同好会に在籍して修行した期間は短かったので、約束組手までで、自由組手の稽古にいく前に卒業してしまったから知らないのです。私たちは、剣道と同じように防具を付けて、フルコンタクトで組手をやっていたことを教えました。運動をする時間に5m 四方くらいのスペースがあるらしく、彼が学生時代に稽古していた基本の追い突き、逆突き、前蹴り、横蹴り、回し蹴り、3連蹴り、四方突き蹴りの練習をやっていますと言いました。これから相当長期間受刑生活をするということから、体が弱らないように鍛えようという気持ちになってくれたのかもしれません。それなら、私が空手の本を差し入れするからと言ってやりました。検閲をパスするかどうかはわかりませんが。

今日は静岡県に在住の支援者からお手紙が届き、食事にゴキブリが入っていたことが許せないので、わざわざ千葉刑務所まで出かけて食べ物と現金を差し入れしてきましたとのことでした。そういえば今日はゴキブリのことを市橋君に訊こうと思っていたのに、あっという間に8分間が過ぎて忘れてしまいました。以前の不安定な精神状態だった時と違って、今日の市橋君は「罪を償う」とはどういうことかという話題を私が持ち出しても、冷静に対応していましたので、覚悟ができてきたのかもしれません。

久し振りに会った今日の市橋君は、鼻の下と顎(あご)に少し無精ひげ(多分2日?くらい剃っていない程度)が伸びていましたが、元気そうで積極的に話してくれました。私がまた来るからなと言って面会室を出た時に、彼は立って頭を下げて見送ってくれました。

早速支援者の一人から電話あり、ダウンジャケットと冬用の寝間着にするトレーナーを明日市橋君宛に郵送して下さるそうです。ありがとうございます。それ以上は必要ありませんので、他の支援者の方はこのことについてはお忘れ下さい。

2011年12月21日水曜日

今日は電車やバスの待ち合わせ時間も含めて往復4時間近くかけて、午後1時過ぎに市橋君と面会するために千葉刑務所に行きました。いつものように面会申込み書に必要事項を記入して待っていたら、今日はすでに他の人が面会をしたので面会はできませんと言われました。市橋君の要望を聞くことと(寒くて衣類が必要ないかとか)、精神的・身体的状況を支援者に報告するつもりでしたが、無駄骨になって残念でした。
弁護士を除いて、一般の面会は1日に一人(一組)しか許可されないという規則のようですので、もし大阪や和歌山のような遠方から面会に来て、その日は先客がいたので会えないということになると気の毒です。こういうバッティングを防ぐためには、差し入れする本が重複しないように私に連絡していただいてこのブログに報告したのと同じように、これからは面会に行かれる支援者はあらかじめご連絡いただければ助かります。
なお、私は明日の午前中に再度面会に行くつもりです。

2011年12月20日火曜日

12月18日に振り込まれた方(3回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は57,000円、延べ437人からの合計額は4,157,928円になりました。ありがとうございました。個別の礼状は差し上げませんが、このブログでの報告をもって代えさせて頂きます。ありがとうございました。

千葉駅前から高速バスに乗って館山に行き、レンタカー(と言っても脚立が運べる小型トラック)を借りて千葉県団地園芸研究所に寄って高さ2m くらいの脚立を借りました。少し高い位置から松林全体を見渡せるようにするためです。平砂浦に着いたら、日本の白砂青松100選に選ばれた美しい松原が松くい虫で真っ茶色に枯れて、見るも無残な状態でした。戦争中に軍に接収されて松が伐倒され、戦後多くの人々の大変な努力で50年もかけてせっかく植林・育成した砂防林が十分な防除ができないためにこういう状態になって、いったい誰が責任をとるのかと怒りを感じました。松原のお蔭でその後背地では野菜や花の栽培が可能になり、人も住めるようになったのに、これではまた江戸時代のように荒涼とした砂丘に戻ってしまう恐れがあります。これから研究チームを組んで、何が原因でこういう惨めな状況になったか解明していこうと思っています。

私が学生時代には平砂浦の海岸から1Kmくらい陸側に入ったところには、サンドスキーで有名な90m くらいの高さの砂山があって、頂上から駆け降りた記憶がありましたので、探してみましたら草が生えたりして(松原と砂山の間にレジャー施設やゴルフ場ができて飛砂が減って)少し面積は小さくなっていましたが、今もありました。砂防林ができるまではこんなところまで飛砂が吹上られたのですから、飛砂の猛威は大変なものです。砂山の斜面の横の松の木もほとんどが松くい虫の被害で枯れていました。平砂浦の松も含めて、枯れた木をそのままにしておくとそこから来年のマツノマダタカミキリ成虫がマツノザイセンチュウを体に着けて飛び立ち、次々と生きている松を食害してセンチュウを伝搬して松を枯らしていきます。平砂浦の林内に放置されていた比較的小さな枯損木を調べてみたら、成虫の羽化脱出痕が10個以上みつかりました。マツノマダラカミキリは1頭が約100個の産卵能力があると言われていますので、この1本の枯損木だけからでも1,000頭のマツノマダラカミキリが発生した可能性があることになります。しかしこれだけ枯れた松を一度に伐倒駆除すると、飛砂被害が大きくなりますので、これから県の担当者(県有林ですので)は対策について難しい判断を迫られることでしょう。
        (写真はクリックすると拡大できます)

2011年12月19日月曜日

今日のテレビはどの局も北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記の急死の報道一色になりました。私と同じ69才だったとのこと。新聞の号外も出たようでした。私は夕方から日比谷である人たちと会食をする予定だったのですが、その中の一人(解説委員)はNHKの局を離れられないということで中止になりました。

1月末が締め切りで依頼されている原稿(「松くい虫防除で散布された薬剤の飛散と健康影響」の3報目)の資料を揃えたりして、少しずつ準備を始めました。
明日は早朝に自宅を出て、千葉駅前から高速バスで房総半島の館山に行き、レンタカーで平砂浦海岸の松枯れ状況を視察してくる予定です。もし時間のゆとりがあれば、そのまま外房に沿ってドライブして、九十九里の松枯れ状況も視察してきたいと思っています。

トレーニングの方は江戸川堤防を14Km 走ってきましたので、累積は596Km/63日になりました。今度のマラソンコースは、前回(15年くらい前)出場した時の記憶では前半は海岸線に沿ってフラットなコースでしたが、折り返してからの後半は山村のアップダウンのあるコースでしたので、そろそろ距離をこなすだけのトレーニングに加えて、坂道を上り下りするトレーニングを取り入れなければいけないなと思っています。ただ、50才代でまだ若かった昔と違って、69才という年齢上、膝を痛めるとフルマラソンは走れなくなるので走り過ぎないように注意をしています。明日は走る時間がないので、膝を休めるよい機会です。

2011年12月18日日曜日

12月15日に振り込まれた方(12回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は52,000円、延べ436人からの合計額は4,152,928円になりました。皆様それぞれの厳しい生活がおありの中で、市橋君に適正な裁判を受けさせるために何回も支援金を振り込んで下さり、ありがとうございます。市橋君は手記の中で「感謝」ということに言及していましたが、次回面会に行く時に、弁護団が市橋君のために最善を尽くしてくれているのはこういう多くの皆様の温かい思いやりのお蔭だということを忘れないようにと伝えてきます。

思ったより準備に少し時間がかかって遅くなりましたが、朝日新聞「天声人語」宛に意見書を今日発送しました。市橋君の事件とは無関係ですが、私が普段どういうことに興味を持っているか知っていただくために、以下にコピーを貼ります。どういう返事がくるか楽しみです。私の主張を裏付ける科学的データや写真などは、長くなりますのでここでは省略します。
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我が家では過去60年以上にわたって朝日新聞を購読している購読者です。先週126日(火)の「天声人語」に書かれている内容について、明らかに筆者の古い認識と誤解にもとづいていると思われる記述がありましたので、最近の科学的情報を提供して注意を喚起しておきたいと思います。この旨を当該筆者にお伝えいただければ幸いです。
なお、私は千葉大学園芸学部に約30年間勤務して、20083月に定年退職後は東京農業大学総合研究所の客員教授をしております。専門は殺虫剤の薬理学と農薬の環境科学です。また、農林水産省の農業資材審議会委員を200812月まで10年間務め、そのうちの8年間は農薬分科会の会長の任にありました。

私も近年の農村の耕作放棄水田のような荒廃風景を非常に残念に思い、スズメやメダカのような昔はどこにでも見られた身近な生物に郷愁を覚える点では筆者と全く同じ気持ちです。誤解にもとづいていると思われるところは以下の文の農薬で絶滅危惧の赤ランプの部分です。
スズメと同じく童謡に歌われ、同じく「学校」で学ぶメダカを思う。どこの水辺にもいたのに、開発や農薬で絶滅危惧の赤ランプがともる。♪みんなでお遊戯しているよ-の眺めは、悲しいかな遠くになった

1950年代や1960年代の農薬の中には、確かにパラチオンのように人畜に対する急性毒性が非常に高く自殺他殺を含めて多くの人命が犠牲になった有機りん殺虫剤や、DDTのように環境中に長期間残留した有機塩素殺虫剤や、PCPのように魚介類に対する毒性が非常に高かった除草剤もありましたが、これらを含めて人畜や環境に悪影響を与える危険性が高い農薬は1971年の農薬取締法の大改正で禁止になりました。
その後発明・開発され農薬登録された農薬は、これらの欠点を克服して安全性が格段に進歩したものです。農薬は、農水省で農薬登録されなければ輸入・製造・販売・使用はできません。登録には、人の健康や環境に対する安全性を確認する膨大な試験データが要求され、農林水産省に加えて、内閣府の食品安全委員会、厚生労働省、環境省、消費者庁が関与しています。厳しい審査を受けて登録認可された農薬は、遵守義務のある使用基準に従って使う限り健康や環境に対する安全性が確保されます。

私は千葉大学園芸学部に在職中は、生態制御化学研究室専攻の学生諸君と一緒に、野外で散布された農薬の挙動と運命や生態影響についていろいろな現場で何年間にもわたって調査をしてきました。その中の23の調査結果の概要をご参考までに添付致します。
1つ目は、茨城県北浦周辺の水田の水路における農薬濃度と水生生物に対する毒性を毎週調査したものですが、悪影響を及ぼすような濃度は水路に流出していないことと、農薬を散布された水田の水が直接流入する水路にメダカの群れが多数泳いでいるのを実際に確認できました。
2つ目は、千葉県山田町(現香取市山田区)の広大な水田面積に有人ヘリコプターで農薬が散布された時に、散布直下に位置する水路中の農薬濃度と水生生物に対する影響を調査したものですが、農薬濃度は生物に影響を及ぼす閾値(いきち)以下であることと、実際に水生生物密度に有意な変化を与えていないことが確認できました。調査対象地域には絶滅危惧種のホトケドジョウが生息している小水路とメダカが生息している小水路もありましたが、散布前後で有意な密度変化はありませんでした。調査時期によっては一部の調査地点で密度減少が観察された場合もありましたが、これは農薬の影響ではなく、調査のために小水路の底質をさらってしまったり(ホトケドジョウ)、農家が水はけをよくするために水草を引っこ抜いてしまったために(メダカ)、生息環境として不適になったので、各水路内で底質や水草が残っている場所に移動したことによることがわかりました。
3つ目は、千葉県大網白里町の谷津田に造成したビオトープに農薬を実用濃度投入して水生生物と底生生物の密度を長期間にわたって調査したものです。水田で使用される殺虫剤を合計5種類各々の実用濃度相当量を投入しましたが、水中・底質中濃度はいずれも短期間に減衰して検出限界以下になり、水生生物と底生生物に対する影響もほとんどないことが確認されました。殺虫剤の種類によってはユスリカ幼虫やコミズムシなど一部の生物に影響を及ぼしたものもありましたが、時間の経過とともにこれらの生物は回復し、影響は一時的であることがわかりました。水槽内で強制的に一定の農薬濃度に暴露させる試験と違って、環境が連続している野外では、生物には移動の自由があったり、農薬濃度に不均一が生じるので、特定の生物が全滅することは稀で、高濃度の農薬への暴露を避けて生き残った生物が再繁殖して元の密度を回復するということです。
千葉県東金市では絶滅危惧種のゲンジボタルが生息している水路がありますが、湧水が一年中流れている土の素掘りの水路です。こういうところでは、水草が生えて、ホタルの餌になるカワニナという貝が発生できるので、田植えの時期には水田で散布した農薬が流入しても、ゲンジボタルが生息しています。一方、最近ほとんどの水田で見られるコンクリート3面張りの水路は補修が不必要で便利かもしれませんが、土と接していないので水草が生えずカワニナも発生せず、ゲンジボタルは生息できません。

メディア関係者の農薬の進歩に関する認識不足もあって、国民の多くは相変わらず農薬は環境に悪影響を及ぼしていると思い込んでいますが、それは誤解で、現在の進歩した農薬はそのような悪影響を及ぼしていないことをご理解いただきたいと思います。
なお、開発によって(特に都市近郊では)昔は農地周辺にあった“ため池”や自然湿地が埋め立てられて宅地化し、水生生物が緊急避難できる逃げ場(レフージア)がなくなったことが生物相を貧弱にしていることは事実です。また、新興住宅地近くの水路では、家庭の一般雑排水が流入して汚染をしているところもあり、そこに含まれる洗剤や抗菌物質(例えば、人気ヘヤーシャンプーに含まれていたジンクピリチオンなど)がメダカのような水生生物に悪影響を及ぼすことも事実です。

従って、コンクリート3面張りの水路を止めて、水が1年中流れている土の素掘りの水路を造れば、メダカを身近に普通に見られるようになる筈です。また、この辺り(関東地方)の水田は7月中旬には水を抜いて地面をひび割れさせて稲の根に酸素を供給させるために乾田化します。その時期にメダカをはじめ水生生物が水田から逃げ込める“ため池”を近くに設置することも、生物多様性を維持するのに役に立つ筈です。

もし、さらに詳しい情報が必要でしたら喜んでご説明に参上致しますので、ご遠慮なくお知らせ下さいと当該筆者にお知らせ下さい。
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今日は江戸川堤防を18Km 走ってきましたので、累計は582Km/62日になりました。

2011年12月17日土曜日

千葉県館山市平砂浦海岸の松枯れ状況は来週現地視察に行くことにしました。来週は久し振りに市橋君との面会にも行く予定です。

今日は昨日に引き続いて、先日12月6日の朝日新聞「天声人語」の筆者の農薬に関する古い認識にもとづく間違った表現について、注意を喚起する手紙を書くこととと、根拠になる科学的なデータの整理をしました。明日には発送できます。

江戸川堤防を寒風に向かって14Km 走ってきましたので、累積は564Km/61日になりました。妻にウエストを測ってもらったら、トレーニング開始以来2ケ月で7cm 短くなっていましたので、さらに体が絞れてきたようです。

2011年12月16日金曜日

午前中は、千葉県松林復活プロジェクトの共同研究メンバーが千葉大学園芸学部に集まって第4回打ち合わせ会を開き、今年の研究の進捗状況を報告し合いました。各々興味深い結果が得られつつありますが、千葉県森林研究所の報告には唖然(あぜん)としました。千葉県では元々松林面積の90%以上は松枯れですでに消滅していて、主として海岸地帯に残っている10%弱の松林を必死に守ろうとしていたのですが、今年の松枯れ被害は昨年の11倍にも達し、特に房総半島先端に位置する館山市平砂浦(へいさうら)海岸では真っ赤に枯れた枯損木(松の死骸)が累々と見られるとのこと。確か、今年3月に視察に行った時は、被害は拡大しつつありましたがそれほど甚大ではありませんでした。このことは12月10日付けの朝日新聞の千葉県版にも「松枯れ被害深刻」という見出しの記事で取り上げられ、今年の松枯れ被害は昨年の11倍で、特に房総半島の先端に位置する館山市の平砂浦海岸では真っ赤に枯れた松が目立つとのこと。館山市長の「伐採したマツをチップ化せず、放置したのではないか」というコメントが載っていました。海岸の松枯れは、単に観光資源にとってマイナスなだけでなく、松林の砂防効果で今は住宅地や商業用地や緑地になっているところが、昔のように砂丘や砂山が復活する可能性があり、生存環境が脅かされることになります。

1905年頃に長崎県にアメリカから輸入された松の材木に紛れて侵入したマツノザイセンチュウが、マツノマダラカミキリによって媒介・伝搬されて松枯れを起こしてきました。対策としては、センチュウを媒介・伝搬するカミキリムシを殺虫剤散布でやっつける予防と、すでにセンチュウに寄生された被害木を伐倒して次世代の発生源を除く駆除が基本になります。いずれもコストと労力がかかりますので、殺虫剤散布だけして伐倒駆除をしなかったり、反対に一部市民の反対活動で殺虫剤散布ができなくて伐倒駆除だけしたりすると、被害が拡大していきます。センチュウを抱えたカミキリムシの成虫は寄生木から一度に集中して羽化・脱出してくるのではなく、2ケ月くらいにわたってダラダラ発生してきますので、散布後に殺虫効力が1ケ月くらいしか持続しない殺虫剤の場合は、発生時期を的確に把握して2回散布することが必要となります。これが一部市民の反対活動で不十分になると、被害を止められないということになります。また、伐倒した被害木も、機械でチップ化したり、殺虫剤や燻蒸剤や成虫に対する病原性微生物を処理して成虫の羽化・脱出を防ぐことが必要となります。これにはやはり相当なコストと労力がかかりますので、伐倒した被害木をそのまま林内に放置すると、次々と被害が拡大することになります。
何十年もかけてせっかく植林・育成してきた貴重な松林が、中途半端な対策しかとれなくて枯れていくのは残念なことですし、地元の人々にとっては深刻な問題です。

午後の東京での農林害虫防除研究会の常任幹事会(私は今回を最後に退任させていただきました)が終わって松戸に帰ってきたのは4時頃でしたので、着替えて江戸川に行った時はすでに太陽が沈んで、西の地平線に夕日が細い隙間のように残っているだけでしたが、真っ暗な堤防を14Km 走りました。あちこちで雪が降っていたようで気温は冷え込んでいましたが、気分は最高でした。これで累積は550Km/60日になりました。この1ケ月のトレーニング目標の300Km は達成し、貯金も26Km 上積みできました。トレーニング開始時点からの体重の減量は5Kg ですので、今月は1Kg 目標に届きませんでした。明日から始まる次の1ケ月のトレーニング目標は400Km の走り込みと、体重の減量4Kg (今月届かなかった1Kg 分を足して)です。

2011年12月15日木曜日

無風で比較的暖かだった今日の江戸川堤防を、のんびり景色を眺めながら、持参したカメラで時々写真を撮りながら、14Km 走りました。
柿の熟した赤色と夏みかんと柚子(ゆず)の黄色が鮮やかでした。千葉大学園芸学部がある戸定ケ丘(とじょうがおか)にもまだ紅葉が残っていました。普段忙しい生活に追われていると景色に目を留める余裕がなくなりますが、ジョギングをしながらこういう初冬の美しい景色を楽しめるのはラッキーです。累積は536Km/59日になりました。11月16日は224Km でしたから今日までの29日間に314Km 走ったことになり、この1ケ月のトレーニング目標300Km はすでに達成しました。明日もう一日ありますので時間がとれれば少しでも走って、12月17日から始まる次の1ケ月の目標400Km のためにできるだけ貯金を作っておこうと思っています。

明日は午前中に千葉県松林復活プロジェクトの共同研究の打ち合わせ会がありますし、午後からは東京で会議もありますし、先日(12月11日)の朝日新聞の天声人語の筆者の農薬についての間違った理解を指摘する投書もまだ途中までしかできていませんので、果たして走る時間がとれるかどうか・・。
          (写真はクリックすると拡大できます)

2011年12月14日水曜日

しばらく市橋君との面会を控えていましたので、その後の様子を伺おうと思って菅野弁護士の事務所に午後4時過ぎ頃電話を差し上げたら外出中で、5時頃には戻ってこられるとのことでしたので戻られたらお電話を下さいとお願いしておきましたら、7時半頃電話がありました。私の友人の弁護士もそうですが、常に複数の事件をかかえて時間が不規則でいつ家に帰れるのか、弁護士という職業は大変だなあと思いました。

ずい分長時間にわたって、市橋君との控訴審に向けての打ち合わせの状況について詳しく説明していただきましたが、裁判に関わることは微妙な問題ですのでブログには書かないことにします。このブログは支援者だけでなく、反支援者もメディア関係者も、恐らく日本の検察もイギリスの被害者代理人の弁護士も見ている可能性がありますので。ご了解下さい。控訴の趣意書については5人の弁護士が担当を決めて作成していて、いずれそれらを持ち寄って調整して仕上げる予定とのことです。

市橋君は大分落ち着いてきた様子とのことですが、刑務所側の扱いには大いに不満を持っているそうです。食事にゴキブリが入っていたらしく、自分は刑務所に対して何も悪いことをしていないのに刑務所が自分に対する嫌がらせとして故意にゴキブリを入れたという苦情を、先週菅野・山本・三宅弁護士が3人一緒に2時間くらい接見した時も口頭で訴え、文書にして手紙でも送ってきたとのことでした。
千葉刑務所には確か千人くらいの受刑者がいると聞きましたので、調理してから独居房に配膳する間に目が行き届かずに偶然ゴキブリが混入してしまったのか、あるいは市橋君が疑っているように刑務所が意図的に嫌がらせをしたのかは不明です。刑務所側にしてみれば、手記を知らない間に出版されてしまったけど間に交通権のある弁護団が入っているのでどうしようもできないという悔しさがあったり、市橋君の責任ではないけど今は手記が映画化されるという動きがあったりで、市橋君は好き勝手なことをして刑務所の秩序を乱していると考えて、平たく言えば刑務所側が頭にきていてもおかしくないようです。そんなことで本当に市橋君の食事にゴキブリを入れたとしたら大問題ですが、証明はできませんし、単なる偶然の事故かもしれませんし、当面は対応はとれないようです。
このことについて、市橋君が私にも伝えてほしいと言ったそうですし、そろそろ私が面会に行ってもいいのではないかとのことでした。今週はすでに予定がありますので、来週にでも時間を見つけて面会に行ってこようと思っています。

朝日新聞夕刊に連載されている「100万人のうつ」は、5回目の今日は認知療法(又は認知行動療法)について取り上げていました。うつの人は、何かがあると一つの視点だけで思い込んで物事を決めつけてしまうようですが、色々な可能性を検討して現実に合ったバランスのとれた考え方ができるようになれば、気持ちが軽くなるとのこと。

12月8日夜にNHKプレミアム(テレビ)でやっていた「BS歴史館」運命の22日間~日米開戦・外交官たちの苦闘と誤算~と、「戦争証言スペシャル」運命の22日間~千島・サハリン(樺太)はこうして占領された~、をもう一度見たいと思って人に頼んでいたら、今日両方ともDVDが届きました。ゆっくり見直してみたいと思いますし、来年アメリカに行く時に持参してアメリカ人の友人たちにも見せたいと思っています。同じ戦争でも、国の愛国心を鼓舞するような見方とは違った見方があるということについて、アメリカの友人たちと話し合ってみようと思っています。

今日は雨上がりで曇天の江戸川堤防を20Km 走ってきましたので、累積は522Km/58日になりました。まだ体重がオーバーなのでゆっくりしか走れませんが、20Km 走っても何ともなくなりましたので、確実に持久力はついてきています。

2011年12月13日火曜日

朝日新聞夕刊には第1面にニッポン人脈記という欄があって、違う話題について連載で取り上げていますが、先週の木曜12月8日からは「100万人のうつ」を連載し始め、土日は休みですから、今日で4回目まできました。私が研究指導をした学生の中にも、程度の差はあっても、うつを抱えている女子学生・男子学生がいましたし、支援者の中にもうつや発達障害と診断された方々がおられるので、毎回興味を持って連載を読んでいます。以前、支援者と思っていた女性が「先生、私死にたい」とメールしてきたり、真夜中に死にそうな声で電話をしてきたりした時は本当に心配して、うつに関する本を何冊も買って読んだり、NHKテレビの健康番組でうつを取り上げた時は必死で見たりして、うつを理解して何とか助けてあげられないかと思ったりしました。この女性は実は最初から私を騙(だま)すために巧妙に複数の女性の振りをしてメールを送ってきたり電話をかけてきたりして私を信用させた支援者もどき、実際は私の弱みを握って脅かす新たな振り込め詐欺の一種だということに気が付いて、相手にするのを止めました。当時は、うつの治療法には精神療法、薬物療法、環境療法があって、患者の状態に応じてそれらを組み合わせて治療するということを学びました。今回の朝日新聞の連載をみると、全国にいろいろなうつの専門医がいて、それぞれ患者に応じて工夫しながら治療に成功している例が紹介されています。中には、抗うつ薬の副作用で苦しんでいた患者が7年がかりで薬を全て止めることが出来て、今では復職して元気に働いている人もいるとのこと。
私の研究室を数年前に卒業したうつに苦しんでいた元学生のことが急に気になって、携帯に電話をしてみましたら、この番号はもう使われていませんとの自動メッセージが流れました。ちょっと心配なので、明日にでも彼の帰省先のお母さんに電話をして、元気にしているかどうか確かめてみようと思っています。

市橋君の事件に関して月刊文藝春秋のインタビューを受けた記事が11月10日発売の12月号に掲載されましたが、お礼のサービスの意味か定期購読を促すためか、12月10日発売の新年特別号が送ってきました。今月号にもいろいろな興味深い記事が載っていますが、特にTPP(環太平洋経済連携協定)問題については特集されていました。その中の、浅川芳裕氏(月刊「農業経営者」副編集長)の「日はまた昇る・わが農業-農水省の試算はウソだらけ!」には驚きました。月刊「農業経営者」の編集長とは私自身が以前農薬の登録制度の問題についてインタビューを受けて記事になったことがありますが、TPP参加によって日本の農業が壊滅するとして農水省が発表しているデータが、いかに意図的に捻じ曲げられたものであるかが指摘してありました。
紙を媒体とした書籍は苦戦しているそうですが、パソコンの前に座らなくても、夕食後ソファに寝転んで気軽に読むこともできるという点ではそれなりの魅力があるのではと思っています。

今日は昼休みに東京農業大学の周囲を12Km 走りました。累積は502Km/57日になりました。

2011年12月12日月曜日

12月9日に振り込まれた方(初回)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は47,000円、延べ435人からの合計額は4,147,928円になりました。ありがとうございました。メッセージもありました。
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初めて送金させていただきます。3人の子供を持つ親として罪は許されるものではないですが、市橋君がしっかり自分と向き合い更生してくれることを願います。
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メッセージを拝見して、私と全く同じお気持ちだと感じました。私たちの支援活動を批判する方々の中には、私たちが犯罪加害者の市橋君を支援していることから、女性の尊厳を踏みにじる強姦と、その後の致死という事実を軽く見ているのではないかとか、被害者であるリンゼイさんとそのご遺族のお気持ちを無視しているのではないかと考えて、支援活動そのものを許せない・認められないと主張される方がおられますが、それは全くの誤解です。市橋君が犯した犯罪は取り返しがつかない、許されるものではない、重大な犯罪です。それでも、まだ若い市橋君に社会全体からのリンチではなく、適正な裁判を受けさせ、反省させ、罪を償わせ、更生させ、どれだけ短い時間であっても残りの人生を生き直させたいと願っているのです。

支援者のお一人から、私が12月8日のブログに書いたことについて、以下の嬉しいコメントが届きました。ありがとうございました。確かに、同じことでも、考え方によって楽しいことになったり苦しいことになったりしますよね。
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お忙しい中お返事ありがとうございました。ブログでの先生のお言葉が印象的でした。
『~昔から、暑い時は大会の時に暑くても大丈夫のように、寒い時は大会の時に寒くても大丈夫のように、雨の時は大会の時に雨でも大丈夫のように、風が強い時は大会の時に強風が吹いていても大丈夫のように、雪の時は大会の時に雪が降っても大丈夫のように、と思っていつでも絶好のトレーニングのチャンスと思って走るようにしているからです。』
このお言葉で私はとても元気を頂きました。普段から“ポジティブな考え”をもちたい私には頑張っていこう!って思えるメッセージでした。私も今在る日々の生活を明るく楽しく過ごせるよう前向きに頑張ります。
先生1月のフルマラソンきっと良い走りになりますね!私も楽しみにしています。頑張って下さい。
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今日は長年の腎臓透析と3回の脳梗塞で入院して寝たきりになっている千葉大学教員時代の友人・元同僚を見舞いに行ってきました。私と同じ年齢で、定年退職後は趣味の油絵を描くと言っていたのに、実現できずに定年退職して間もなく入院生活になってしまい、今では私が行って、「おい、〇〇君、見舞いに来たぞ。どうだ元気にしていたか。」と言っても、目を開けて私の顔を見るだけで言葉を返すことも表情を示すこともできなくなりました。それでも、今日アメリカ在住の娘から送ってきた3人の孫たちの写真を見せたり、1月の末にはマラソン大会に出場するために毎日走ってトレーニングをしていることなどを話してあげました。ちょうど奥様も見舞いに来ておられ、自分も見舞いに来た時は主人が答えてくれなくても、目を開けてくれなくても、ずっと話し続けていますとおっしゃっていました。鳥取県のおみやげに買ってきた新興という梨が食べたらおいしかったので、一つ持参して奥様に差し上げました。患者は病院から出される食事以外は食べてはいけないルールですが、奥様が後で皮をむいて小さく切って、カーテンをして看護師に見つからないようにして食べさせてあげるとおっしゃっていました。

リハビリセンターに友人・元同僚をお見舞いに行く前に、江戸川堤防を18Km 走りましたので、累積は490Km/56日になりました。

2011年12月11日日曜日

12月6日(木)の朝日新聞朝刊の天声人語という欄に気になるエッセイが載っていました。昔はどこでも普通に見られたスズメが減ってきているらしいという紹介に続いて、 [スズメと同じく童謡に歌われ、同じく「学校」で学ぶメダカを思う。どこの水辺にもいたのに、開発や農薬で絶滅危惧の赤ランプがともる。] と書いてありました。どなたが筆者かはわかりませんが、農薬について古いイメージをお持ちのようで、相変わらず誤解されています。人口増加に伴う開発で農地や水辺(特に都市近郊の)が埋め立てられてメダカの生息環境が減少したのは事実ですが、私たちの長年にわたる野外での調査研究で、現在の農薬はメダカの密度減少に関わっていないことが証明されています。

メダカが見られなくなったのは、水田の暗渠(あんきょ)排水設備で水田の中と外の水路との間を生物が行き来できなくなったことや、稲の生育のある時期には水田が乾田化することや、水路自体が生物の生息環境として不適な3面コンクリート張りになったことや、洗剤を含んだ家庭からの雑排水が水路を汚染していることなどが本当の原因です。その証拠に、昔風の土の素掘りの水路が残っているところでは、水路に田んぼで使った農薬が流入したり、空からヘリコプターで散布した農薬が直接落下しても、メダカは昔通りたくさん生息していて、「メダカの学校」の歌のように群れをなしています。

昔のようにメダカを身近で見られるようにするには、コンクリート3面張りにした水路を水草が生えてメダカが棲(す)める土の水路に戻すことが必要です。そうすれば、メダカもホタルも復活します。

昨日たくさん走ったので、今日は少し足を休めようと思って江戸川堤防をゆっくり14Km だけ走りました。これで累積は472Km/55日になりました。

2011年12月10日土曜日

支援者から本を差し入れたとの報告がありました。ありがとうございました。
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市橋達也さんに本を差し入れましたのでご報告致します。
《ライ麦畑でつかまえて/J.D.サリンジャー/野崎孝=訳》
《世界遺産 ベストコレクション88》
の二冊を差し入れました。
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準備運動や筋力トレーニングを30分くらいした後、江戸川堤防に行って22Km 走ってきました。10月17日にトレーニングを始めてから一度に走る距離としては最長でしたが、何ともありませんでした。これで累積は458Km/54日になりました。体重はちょうど5Kg 減量できましたが、フルマラソンを走るにはさらにあと5Kg 減量が必要です。1月29日のマラソン大会までのトレーニング計画の大体半分をこなしたことになります。当分、講演や遠方への出張の予定は入っていませんので、残りの走り込みを少し加速したいと思っています。

2011年12月9日金曜日

今日は東京で社団法人日本植物防疫協会の臨時総会があり、私も正会員ですので出席しました。農水省所管の法人が426くらいあるそうですが、当協会も最近までは農水省の植物防疫課の歴代の課長経験者を理事長として受け入れてきましたが、官僚の天下り禁止に伴う法人の見直しで、理事会が一般社団法人の非営利法人に移行するという提案をし、今日の総会で承認されました。新法人に移行するのは内閣府の認定委員会で正式に認定されてからですが、非営利法人とは言え、今後は民間的な経営手腕が重要になってくるのでしょう。

鳥取県に出かけた2日間は走れなかったので、今日は短い時間しかありませんでしたが、江戸川堤防を4Km だけ走ってきました。累積は436Km/53日になりました。明日からはもっとしっかり走らないと、トレーニング目標を達成できなくなります。

2011年12月8日木曜日

12月6日に振り込まれた方(32回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は45,000円、延べ434人からの合計額は4,145,928円になりました。ありがとうございました。メッセージもありました。
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市橋君のご両親、市橋君の手紙で「決意」のひもを緩めて下さい。市橋君を救ってあげて下さい。一生後悔のないように、お願い致します。先生、お体大切にして下さい。
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支援者の一人から本を差し入れたとのお便りが届きました。ありがとうございます。英文対照の天声人語は、市橋君に物事を前向きに考えさせるのに役に立つとともに、英語力向上にも役立つのではと思います。彼にはこれから長い受刑生活を送るにあたって、できる範囲で成長し続けてほしいと思っています。
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時間の経つのは本当に早く、今年も残すところ3週間ほどになりました。先生、公私に渡りお忙しい中、頑張っておられるご様子に私自身いつも元気を頂いております。
さて昨日(7日)市橋さんに書籍を送らせていただきました。

【天声人語2011春VOL164 英文対照】 朝日新聞社
【言葉の風景】 青菁社
【猫を抱いて象と泳ぐ】 小川洋子著
同じような書籍ではいけないかな・・・と考え、ジャンルの違うものにしました。
天声人語は市橋さんが新聞をしっかりとお読みになれなかったであろう期間の分を取り寄せましたが千葉拘置所は3冊までしか受け入れないとのことでしたので、又次回分けて送らせて頂こうと思っています。
先日のブログで市橋さんと面会された支援者の方がおられるとのこと。本当に嬉しいお話でした。少しずつ市橋さんのお心が、本山先生や弁護団の先生方、支援者の方々の温かい想いに解きほぐれてきたのでは・・と安堵いたしました。私が言うのも可笑しな話ですが、その支援者の方には、これからも市橋さんのお近くで“力”になって差し上げて欲しいと願います。私も微力ながら遠方から支援させて頂きますのでどうか宜しくお願いいたします。
本山先生、マラソンの走り込みは寒さ厳しい中で大変でしょうが楽しくもあると存じます。お体ご自愛なさりながら頑張ってくださいませ。

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マラソンに向けての走り込みは、私は実は全然苦にならないのですよ。昔から、暑い時は大会の時に暑くても大丈夫のように、寒い時は大会の時に寒くても大丈夫のように、雨の時は大会の時に雨でも大丈夫のように、風が強い時は大会の時に強風が吹いていても大丈夫のように、雪の時は大会の時に雪が降っても大丈夫のように、と思っていつでも絶好のトレーニングのチャンスと思って走るようにしているからです。

昨夜は講演と情報交換会の後、米子市で一泊し、今日はせっかく鳥取県に来た機会なので少し車であちこちを廻って見学しました。本当はレンタカーを借りて自分で運転してと思っていたのですが、「くすの木会」の世話人のお一人が親切にご自分の車で案内してくれました。あいにくの小雨模様でしたが、松江市の小泉八雲(こいずみ やくも)(ラフカディオ・ハーン)記念館と小泉八雲寓居を見学し、歴代の松江藩主(徳川家の縁戚松平家)の菩提所の月照寺を散策しました。小泉八雲は年表によると、1850年にギリシャ領の島でアイルランド人の父とギリシャ人の母との間に生まれ、その後アイルランド、フランス、イギリス、アメリカで暮らし、1890年に39才の時に来日し、松江で武家の娘小泉セツと一緒になったとのこと。1904年に54才で狭心症で亡くなるまで、有名な「怪談」他、小説やエッセイや翻訳などの作品を残したようです。月照寺は周囲を山に囲まれた地形の広大な敷地の中に、日本では珍しい丸い墓石と庭園が実に見事に配置されていました。昼食に蕎麦を食べた日本料理の料亭も、ちょっとした空間に庭が見事に配置されていて印象的でした。こういう自然を模した庭の景色を眺めながら食事をするというのも、自然との調和を大事にするいかにも日本的な伝統だなと感じました。
その後、車で2時間くらいかかる鳥取砂丘に行きました。日本海に面した長い海岸線の中で、何故ここだけこんなに見事な砂丘ができたのか不思議な気がしましたが、日本では珍しいエキゾチックな感じがしました。歩いて登った砂丘のてっぺんから見る日本海は絶景でした。

いつも駆け足の旅行になってしまいますが、十分満足して、帰路は鳥取空港から夕方6時10分発の飛行機に乗って羽田に帰ってきました。妻へのおみやげに、シジミ貝の真空パック1袋と大玉が4個入った梨(新興)を1篭(かご)買いました。島根県の人口は約70万人、鳥取県の人口は約60万人だそうですが、羽田空港から浜松町までモノレールに乗ったら林立している超高層ビルから輝いている明かりが目に入り、同じ日本なのに人口1300万人の東京はまるで不夜城のようで、島根県や鳥取県とは別の世界のようでした。

2011年12月7日水曜日

鳥取県米子市のJA鳥取西部本所で開催された第17回「くすの木会」で講演「残留農薬の安全性-ポジティブリスト制度ならびにTPPに関連して」をしました。

農薬の流通には、主として「系統」と呼ばれる「メーカー→全農→(各県の経済連)→JA(農協)→農家」という流れと、「商系」と呼ばれる「メーカー→農薬卸商→農業資材店(特約店)→農家」という流れの2つがありますが、地域によってはこれが変形して、「メーカー→農薬卸商→JA(農協)→農家」という流れになっているところがあります。通常は、農協の上部組織/全国組織が全農(全国農業協同組合連合会)ですから、農協は農家に販売する農薬は全農経由で仕入れる筈ですが、地域によっては地元密着の農薬卸商の方が中央の全農よりもきめ細かなサービスをしてくれたり、便宜を図ってくれる場合は、一部を農薬卸商から仕入れるというところが出てきます。「くすの木会」というのは、本来は農薬流通のライバル関係にあるJA(農協)と農薬卸商が地域の農家の病害虫・雑草問題や、種苗の問題や、それらに対応できる新製品などについて意見交換をする会として17年前(?)に発足したようです。今回は、私を呼んで残留農薬の安全性について講演してほしいという依頼があったのですが、特に今話題のTPP(環太平洋経済連携協定)との関係についても私の意見を聞きたいという要望が出されていました。

TPPについては国会議員の間でも賛否が真っ二つに分かれていて、農業関係者はそろって絶対反対の運動を展開していますので、会場となったJA(農協)の建物の壁にもTPP反対のポスターがずらっと貼られている中でこの話題について話をするのは若干緊張しました。下手な話をすれば、会場から生きて出られないかもというのは大げさですが、そんな無言の雰囲気も感じました。しかし、私は現在の日本の国産農産物や、アメリカや中国から輸入される農産物に含まれる残留農薬の安全性に問題はないという事実を科学的データで説明し、従って残留農薬によって食の安全が損なわれるからTPP反対ということはできないという考えを述べました。TPPに関する議論を見ていますと、明治維新の前に黒船襲来をきっかけに佐幕(さばく)か勤王(きんのう)か、攘夷(じょうい)か開国かで国論が二分された様子に似ています。今必要なのは絶対反対か賛成かの教条主義的な議論ではなく、資源小国の日本は原料を輸入して製品を輸出する貿易立国しかないという厳しい現実と、世界は食料不足(飢餓)の時代に向かいつつあるという歴史的流れの中で国内の食料生産能力を確保することは絶対に必要、という2つの要求をどうやって満たすかということを国民全体の知恵を絞って考え出すことの筈だという私の考えを述べました 。

閉会後の情報交換会では多くの方々と名刺交換をし、新しい人々との出会いがありましたが、JA鳥取西傘下の農業生産者約1,000人が集まる会での講演を打診されました。農家にも農薬についてきちんと勉強して、自信と誇りを持ってほしいということでしょう。鳥取県の農業は多品目の野菜や果樹(梨)が中心のようですが、実際に生産に携わっている農家と直接会えるのは楽しみですので、呼んでいただければいつでも喜んできますと答えておきました。

2011年12月6日火曜日

昨夜遅く郵便が配達されたらしく、12月1日に振り込まれた方(4回目)、12月2日に振り込まれた方(23回目)、12月3日に振り込まれた方(2回目)の支援金が一緒に届きました。これで支援金の現在高は40,000円、延べ433人からの合計額は4,140,928円になりました。ありがとうございました。メッセージもありました。
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12月は寒いスタートですね。23回目の支援金を振り込ませて頂きました。ご確認をお願いします。控訴審は来年の2月か3月とのこと。支援金もまだまだ必要になると思います。少しですがこれからもお役に立てれば・・・と思います。本山先生、よろしくお願いいたします。
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昨日のブログの記事について、ある支援者から届いたコメントの一部を紹介します。
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話は替わりますが、5日のブログを読みました。市橋君が本山先生と弁護団以外の人に面会したとのことで我がことのように嬉しかったです。支援者の地道な支援が市橋君の凍った心を溶かしたのでしょう。今まではよからぬ考えの人間が市橋君を利用しようと企んでいたと思うと、市橋君が面会を拒否する理由も理解できます。現に映画の主演俳優が面会を希望していましたしね。
私は市橋君に面会した支援者に、「市橋君の心の支えになってください、あなたならばお願いできます」と託したいのです。
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法廷で土下座した市橋君はご遺族に精一杯の謝罪をしたと思います。まだ誰にも市橋君の心の闇はわからないそうですが、それでも謝罪したことに意味があると信じています。
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市橋君と面会した支援者からは、面会時の市橋君の様子について、追加で次のような報告をいただきました。市橋君の気持ちにアップダウンがあるのは当然ですが、弁護団や私に会う時と違って、リラックスした気持ちで支援者と応対したのでしょう。
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市橋達也さんと会う事になり、初対面で緊張してお話が出来るか、話が途切れてしまわないか不安でした。彼も気を使ってくれたと思いますが、そのような事は無く、ゆっくりお話出来て良かったです。面会する前は、彼は下を向いて少しづつ話すようなイメージをしてました。しかし、最初からずっと目を見て、思いを伝えてくれました。嬉しかったです。又、眉間にしわを寄せて神経質そうな目をしてると本山先生に伺ってましたが、お会いした時は、眉間にしわを寄せる事もなく、優しい表情に感じました。
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今日は東京で木材保存剤等審査委員会の安全部会があり、私も委員なので出席しました。シロアリや木材腐朽菌を防除するために使う薬剤や新しい技術について、効果や安全性について審査する委員会です。安全性については、建物の床下に施用する場合、床上は人間の居住空間なので薬剤の気中濃度など実測データを提出してもらって、厳しく審査をしています。

東京に出かける前に江戸川堤防を14Km 走ってきましたので、累積は432Km/50日になりました。明日は朝早く家を出て羽田空港から鳥取県に行き、一泊して明後日は夜遅く帰ってくる予定ですので、残念ながら2日間は走れそうもありません。

2011年12月5日月曜日

支援者から以下のお便りが届きました。今回のお便りは報告すべきかどうか、どのように報告すべきか少し迷いましたが、市橋君の現状を知っていただくためにそのまま紹介することにしました。ブログで紹介することについて、市橋君の了解も得ているとのことです。この方は、前から独居房の中の市橋君の心を和ませるためにお花を差し入れたり、よい本を選んで何冊も差し入れたり、彼を励ます温かいお手紙を何回も書かれていますので、市橋君がどういう方か直接会って確かめたかったのと、お礼を言いたかったのではと想像します。市橋君がそんな風に思ってくれたのだとしたら、彼が身柄を拘束されて以来、弁護団と私以外の人に初めて心を開いてくれたということで、彼の精神がちゃんと機能していることを示していて、喜ばしいことだと思います。
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今晩は。本日は、お伝えさせて頂きたい事がございまして、メール致しました。先週、千葉刑務所に本の差し入れに伺った事は、既に報告しましたが、その時に市橋達也さんと面会をしました。数週間前に山本弁護士さんから、お電話を直接頂き、市橋君から伝言を預かってると面会のお話を伺いました。
今まで差し入れや手紙を送ってましたが、面会を考えた事は有りませんでしたので、突然の面会のお話に戸惑いました。しかし、山本弁護士さんが『今まで面会の申し出があっても、市橋君は断っていたけど、今回は彼から会いたいと言って来た』と仰られましたので、会ってみようと思いました。彼の気持ちが嬉しかったです。市橋達也さんの気持ちも伺った上でお伝えさせて頂きたかったので、ご連絡が遅くなり申し訳ございませんでした。
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今日は江戸川堤防を14Km 走ってきましたので、累計は418Km/49日になりました。もっと走りたかったのですが、時間的にこれでギリギリでした。千葉大学走友会の幹事長から、今年最後の練習会と忘年会を12月29日に行うという連絡がありましたので、すぐ「両方とも参加」の返信をしておきました。それまでさらにトレーニングを重ねて、少しは皆と一緒に走れるようになりたいと思っています。

2011年12月4日日曜日

今日もほぼ一日中今週水曜7日の講演の準備で追われましたが、福岡国際マラソンのテレビ中継を見たいのを我慢して江戸川堤防を14Km 走ってきました。往路は強い向かい風に向かって、前傾姿勢で突き進み、累計は404Km/48日になりました。11月17日~12月16日の1ケ月の走り込み目標300Km に対して、まだ180Km しか走っていませんので、残り12日で120Km 走れれば目標達成です。
昨日走った時にトレーニングコース沿いに初冬の紅葉や紫色の木の実が目に入りましたので、今日はカメラを携行して走りました。富士山も遠くにかすかに見えました。


今日の朝日新聞の書評欄に「医者は現場でどう考えるか」ジェローム・グルマン箸(美沢恵子訳)が取り上げられ、精神科医の斎藤 環氏の書評が載っていましたので、ネットで注文しました。

2011年12月3日土曜日

昨日の講演が終わって一息つく間もなく、今日からは来週水曜に鳥取県で予定されている講演の準備を始めました。

アメリカの農務省出身のLester R. Brown (レスター・ブラウン)博士は1974年にWorldwatch Institute (世界監視研究所)を立ち上げ、2001年からはEarth Policy Institute (地球政策研究所)を立ち上げて、長期的視点で環境問題の政策提言をしている方で、私をはじめ世界中の多くの人々の注目と尊敬を集めている著名な研究者です。昨日の講演の後の懇親会で、ある人がNPO法人を立ち上げる可能性について打診してきました。今はまだおぼろげな段階ですが、私も以前から、Pesticide Policy Insititute (農薬政策研究所)みたいなNPO法人を何人かの仲間と立ち上げて、農薬に関する調査研究・情報発信・政策提言のような活動をしたいという構想を持っていましたので、少し考えてみようかと思っています。

午後から江戸川堤防を14Km 走ってきましたので、累積は390Km/47日になりました。午前中は雨でしたので、レースを控えた多くのランナーが雨があがるまで我慢していたのか、土曜の午後だったからか、いつもよりずい分大勢のランナー達と行き交いました。いつものことですが、練習でもゴール近くになるとラストスパートで全力で走るように心がけています。レースで足が疲れて動かなくなった時に、残っている最後の力をふり絞って発揮できるようにする私なりの訓練のつもりです。汗をびっしょりかいてシャワーを浴びた後の爽やかさは最高です。
講演の準備の進展具合にもよりますが、明日はもっと長距離を走ろうと思っています。

2011年12月2日金曜日

11月30日に振り込まれた2名の方(8回目、8回目)からの支援金が届きました。これで支援金の現在高は19,000円、延べ430人からの合計額は4,118,928円になりました。ありがとうございました。メッセージもありました。
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昨日(11/29)の先生のブログで、市橋君の近況も少し分かりました。ありがとうございます。「映画化」にはびっくりしましたが・・。寒くなってきました。先生、お身体ご自愛下さい。
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東京農業大学総合研究所には産学共同研究の窓口としていろいろな分野をカバーする30近い研究会があって、定期的にセミナー活動をしていますが、今日は農薬部会の第84回セミナーがありました。私が「農薬飛散による健康被害と報道された事例の再検証-出雲市での目のかゆみ事件など」について講演し、その後山本 出(いずる)東京農業大学名誉教授(元日本農薬学会長)が「Neonicotinoides-これからの展望」について講演されました。山本先生は83才になられましたが、1週間の中国旅行からつい一昨日帰国したばかりなのに疲れた様子もなく、ネオニコチノイドという今一番新しい殺虫剤グループをさらに発展させるには分子構造のどこをどう改変したらよいか合成化学の立場から提示されました。昔から尊敬している先生ですが、年齢にかかわりなく常に勉強を続けられ、後進に新しい道を示される姿に頭が下がります。自画自賛になりますが、8年間にわたる野外の実際の調査結果に基づいた私の講演も説得力があり、参加者にインパクトがあったと感じました。

会場となった東京農業大学の「食と農の博物館」というのは、http://www.nodai.ac.jp/syokutonou/info/info.html 東京農業大学から世田谷通りの向かい側にあり、常に食や農や環境に関するいろいろな企画・展示をしていて無料で入れます。今は、「森(もり)に聞く」というテーマの展示をやっています。すぐ近くには馬事公苑もありますし、東京近郊にお住まいの方は、是非一度寄ってみられるとよいと思います。

今日は残念ながら走る時間は全くありませんでした。

2011年12月1日木曜日

11月29日に振り込まれた方(15回目)の支援金が届きました。今までの支援金は全額を払い出して菅野弁護士に届けましたので、支援金の現在高は5,000円、延べ428人からの合計額は4,104,928円になりました。ありがとうございました。

支援者から夜遅く以下のお便りが届きました。この世に生まれた人はどんな人でも誰かにとって大切な存在だということ、本当にそう思います。4回目の支援金を振り込んで下さったとのこと、ありがとうございました。
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本山先生 こんばんわ
いつも先生のブログで市橋君の様子を読ませていただいております。控訴審前に、映画の話題で目立ってしまい、悪影響を与えられてしまうのではと、とても心配です。市橋君が心落ち着けて控訴審にのぞめることができるよう、どうかお願いします。支援者も不安です。本人もそれ以上に不安だと思います。
罪があっても、無くても、裕福でも、貧しくても、人は誰かの大切な存在なのだということ、心からそう思います。
寒さが日ごとに厳しくなってくることと思いますが、どうぞお体ご慈愛くださいませ。

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11月29日のブログの記事について、支援者から以下のお便りが届きました。石田弁護士にはお会いしたことがありますが、6人の中では一番若手で、司法試験に合格して弁護士になって間もない年代と思われる女性でした。こういう事件の性質上、若い女性の弁護士として一定の役割があったのでしょうが、控訴審の弁護団から抜けられた理由は伺っていませんのでわかりません。経済的に大変でボランティ活動を続けるのが困難になったのか・・。まさか、嫌がらせが多くて嫌になったということはないと思いますが・・。このブログの記事の更新は、時間のある時に一気にすることもありますし、書きかけの途中で用事が入って中断して、後で続きを書き足すこともあります。
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本山先生、今日は本当にご苦労様でした。
以前弁護団のメンバーから1人抜けることは聞いていましたが、石田優紀弁護士が抜けられるとの事。石田弁護士には今まで市橋君の為に尽力されていただけたので、私からもお礼を申し上げたいです。市橋君のことでかなりの嫌がらせがあったであろうことは、容易に想像できます。弱い立場の被告人を弁護する事のどこがいけないのでしょうか? 罪を犯していない大多数の人間が嫌がらせしていい理由はありません。
ご両親の決意は強固との事。息子の犯した犯罪の重さを思えば仕方の無いことだとはわかってはいます。本山先生、私は公判で先生と三谷先生が証人として証言台に立っていたのを見ています。しかし、証人としては弱いと思ったのも事実です。市橋君が卒業以降全くおふた方に接触していなかったのが不利に働いてしまった事は容易に想像できます・・・。
映画のことですが、市橋君に無断で進めているようですね。映画化によってどれほどの人達が傷つくか。ご両親もそうですし、リンゼイさんの遺族も。市橋君が手記を出版したのは映画化のためではなく、ご遺族に賠償金を払うためだったはずです。手記を読めば晒し者になる事を恐れているのがわかるのに。それなのに注目されて言動を誤解されて・・・。ご遺族も余計に市橋君を誤解するでしょう。また「目立ちたい」などと。主演の俳優は市橋君に面会を希望しているそうですが、俳優にとっては演技のこやしにしたいのでしょうけど、そういうことに市橋君を利用してほしくはないです。
「勝手にしたらいい」 市橋君の心の叫びではないでしょうか。
続き前ですが、市橋君が本当に気の毒です。このようなことがあっていいのでしょうか?非常に残念です。
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昨日走れなかった分を取り返すために、今日は江戸川堤防を20Km 走ってきました。昨夜降った雨の後の曇天の下で、冷え込んで手がかじかみ、肌を刺すような寒風に向かって走っても全く苦になりませんでした。少しずつフルマラソンを走る体力が回復していることが実感できました。これで累積は376Km/45日になりました。

2011年11月30日水曜日

今週金曜に予定している講演の資料の提出期限が一昨日だったのですが、間に合いませんでしたので、どうしても今日はそれが済むまではマラソンのトレーニングには出かけないという覚悟で(本当は今日はいつもより長距離を走りたかったのですが)、一日中机に向かっていました。午後4時半頃やっとできて宅ふぁいる便で送りました。その後もまだ調べたいことや追加したいスライドなどがありましたので、結局今日は一歩も家の外に出ませんでした。

もう一人、先日のつくばマラソンに出場した千葉大学走友会の仲間から報告が届きました。この仲間は最近メキメキと記録が伸びてきて、どこまで伸びるか楽しみな女性ですが、確か高校生くらいの娘さんがいるお母さんでもあります。毎日(?)30Km走ってトレーニングをしてきたようですが、走り過ぎて踵(かかと)の骨が悲鳴をあげてしまったようです。次の東京マラソンでは、目標を達成する走りができることを期待したいと思います。人はそれぞれ、目標があるとそれを実現するために努力することが生き甲斐になって人生が楽しくなりますね。
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つくばマラソン参加のみなさま、お疲れさまでした。ベストを更新された方々、おめでとうございます。つくばにエントリーしたときから30km走をペーサーについての練習に中心をおいて練習してきました。スタート時点で多少右足の踵に違和感があったのですが気候もよく絶好のマラソン日和だったので当然スタートしました。13km過ぎまで1km 5:20~30で快適に走り、「これは30km走の成果」と自己満足の世界に浸っていました。ところが13kmを過ぎたあたりから違和感があった右足の踵が痛み始め前に進むことができなくなってしまい、15km手前でリタイヤすることなってしまいました。なんとか救護所まで歩いてもどりそこから収容車で本部にもどりました。千葉大のノボリを持っていったので皆さんの応援をしようと思いノボリを持って立っていたのですがどうも足の調子がヨロシクないので最後まで応援できず途中で帰りました。次の日、病院に行くとムリな力がかかり踵に棘がでていてそこが炎症をおこしているとのこと。せっかく練習してきてこんな結果でさすがにかなり落ち込みました。ところが本日、東京マラソンの追加当選の連絡がきました。大好きな東京をまた走ることができるなんでこれはもう、神様がくれた最高のプレゼントです。
このチャンスを大切に今度は完走を目指して練習します。
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2011年11月29日火曜日

ゆうちょ銀行で支援金を払い出して、全額322,500円を菅野弁護士にお届けしました。今日お届けした分の領収証と、控訴裁判の弁護を担当して下さっている5人の弁護士(一審を担当した6人の弁護団の中から石田優紀弁護士が抜けられたようです)の弁護費用として50万円×5人=250万円分の領収証(市橋達也君の適正な裁判を支援する会宛)をいただきました。また、本日付け(今日お届けした支援金を含まない)の預り金明細書(収入・支出表)もいただきました。収入には、逮捕時に市橋君が所持していた30万円とある支援者が2回にわたって個人的に提供された計15万円が含まれます。収入から支出を引いた残高は3,409,183円ですが、これに今日お届けした支援金を加えると3,731,683円になり、これから5人分の弁護料250万円を引くと123万円ちょっとになりますので、当面の活動費は残っているのではと想像します。ボランティアとは言え、長い間一審の弁護団に加わって下さった石田弁護士へ無償のままでいいのかという問題もありますが、今は支援金の残りが十分ありませんので、裁判が結審した時点での支援金の残高によって弁護団に考えていただければと思っています。(領収証は後程コピーをブログに添付します)

山本弁護士も同席して、私が事件当日まで市橋君の友人だった人からお聞きした情報や、千葉大学の法医学教室の岩瀬博太郎教授からお聞きした情報を口頭で再度お伝えし、控訴裁判への影響の可能性などについて1時間以上お話を伺いました。裁判に関係することですので、ここではこれ以上は書けません。山本弁護士は岐阜羽島を訪ねて市橋君のご両親と直接お話をされたとのことですが、息子の弁護はしないというご両親の決意は固かったようです。控訴裁判ではご両親の証言が重要な意味を持ちますので、現在は市橋君自身がご両親にお手紙を差し上げているとのことでした。

裁判所から指示された控訴の趣意書の提出期限は当初11月末だったのを、来年1月20日に再延長申請をして認められたとのことです。それを受けて検察側が反論を提出してからですから、実際に控訴裁判が開かれるのは2月か3月になりそうです。

手記の映画化については、主演・監督予定の人と出版社が合意して、幻冬舎から弁護団に事後通知をしてきたとのことです。原稿を出版社に渡した段階で権利は出版社に渡るので、著者や弁護団には発言権はなくなるそうです。市橋君にも映画化の話は伝えたそうですが、勝手にしたらいいと答えたそうです。

市橋君は未決囚扱いですから、衣服は刑務所から支給されないので私服を着ていますが、支援者から差し入れされた衣類のお蔭で現在不便はしていないそうです。寒くはないかとの質問には、市橋君は元々薄着を好むようで、寒いことはないようだとのことでした。独居房に保管できない衣類は菅野弁護士の事務所に、本は山本弁護士の事務所に宅下げされて保管されているそうです。宅下げされた衣類も本も、本人が希望すれば弁護団から再差し入れすることはできるそうです。

明日も山本弁護士が接見に行かれる予定とのことで、弁護団と頻繁な打ち合わせが行われているようです。私が面会に行くことについては、今週市橋君に打診してみるそうですが、控訴裁判の開始時期が延びましたので、急がなくてもいいのではと思っています。

支援者の一人から以下のお便りをいただきました。ありがとうございました。
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初冬の候、本山先生におかれましては、ますますご多忙の日々と存じます。久しぶりにメールをさせて頂きます。〇〇市の〇〇〇〇です。本日、私も千葉刑務所に出向き、今回は現金のみをお届けして参りました。他の支援者の皆さまが書籍をはじめ、暖かい衣類や食料品等、心のこもった差し入れをされており、私も考えた結果「必要な物を必要な時に、また嗜好品を購入して頂ければ・・」と考え、今回はそのように致しました。・・・ご報告まで。
 
巷では映画化の話がでておりますね。私も、これから行われる「控訴審」にわるい影響を及ぼさないか・・という思いはありますが、そのようなことには動じず、いままで通り、自分のできる支援を続けていくだけです。弁護士の先生が市橋達也さんに映画化の話をされて、ご本人はもうご存知のようですね。私達はこれまで通り、市橋達也さんに寄り添い、共に生きていく・・その実践でよいのではないでしょうか・・と、私は思っております。末筆ながら、何かと気ぜわしい時期ですが、お元気にお過ごし下さいませ。
追伸:本日、支援金を振り込ませて頂きました。
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今日は千葉に行く前に江戸川堤防を6Km 走りましたので、累積は356Km/43日になりました。時間がなくて短い距離しか走れませんでしたが、心肺機能が落ちないように、息をハーハーさせて汗をびっしょりかきました。

2011年11月28日月曜日

11月24日に振り込まれた4名の方(6回目、10回目、31回目、7回目)と、11月25日に振り込まれた方(18回目)の支援金が同時に届きました。10回目の方は私のミスで振り込み回数を途中から間違って1回分少なく記入していましたので、今回訂正しました。7回目の方の振り込みは実際には11月23日取扱になっていました。これで支援金の現在高は322,500円、延べ427人からの合計額は4,099,928円になりました。ありがとうございました。メッセージもありました。
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寒くなってきましたが、市橋君はお元気でしょうか。市橋君の事の映画化については、とてもショックです。まだ裁判は終わっていないのに、映画化なんていいんでしょうか。心配です。先生も、寒くなってきましたが、お体に気をつけて下さい。
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映画化されるとの報道で、今以上にご両親が辛くなります。市橋君にもご両親にも人権がある筈なのに、世の中の無情さに胸が痛みます。先生、弁護士の方々、市橋君を救ってあげて下さい。寒くなりました。先生、お体に気をつけて下さい。
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手記を映画化する場合に、手記の著者や出版社の了解が必要ないのかどうか私には判断できませんので、明日菅野弁護士の事務所を訪ねる機会に確認してみます。

今日は東京農業大学総合研究所生物防除研究会の特別講演があり、私も聴講しました。アメリカのミシガン州立大学に併設されているIR-4(Inter-regional Research Project Number 4)と呼ばれるマイナー作物の農薬登録支援プロジェクトの宮崎 覚(さとる)先生が、「米国の農薬規制と対応策:IR-4(マイナー作物登録制度)とFQPA(食品品質保護法)を中心にして」という演題で、2時間にわたって講演をされました。宮崎先生は1961年に東京大学農学部を卒業され、その後アメリカ、カナダに留学され、1978年からIR-4に勤務されている方です。私が農水省の農業資材審議会農薬分科会長の任にあった時に、同様の仕組みを日本にも導入しようと努力したことがありますので、宮崎先生とは旧知の間柄です。
このブログのテーマではありませんが、アメリカでは作付面積30万エーカー(=12万ヘクタール=12万2千町歩)以下の作物はマイナー作物として、連邦政府の国家プロジェクトとして1963年以来ほぼ50年にわたって公的資金で農薬登録の支援(現在の年予算額1800万ドル=約15億円)をしてきています。アメリカでは国が農業をどれだけ大切にしているかがわかる素晴らしい講演でした。講演後の懇親会でも、お互いに再会を喜び合いました。私はアメリカに約10年暮らした後日本に帰国してしまいましたが、宮崎先生はそのままアメリカに残ってアメリカ国籍を取得して永住されました。お嬢さんはアメリカ人と結婚して、イギリスに住んでおられるとのことでした。(写真はクリックすると拡大できます)


今週辺りに予定されていたアメリカ人の義理の息子の来日は、向こうの都合で延期になりました。今日は残念ながら走る時間はありませんでした。

2011年11月27日日曜日

支援者から差し入れに行って来たとの報告がありました。ありがとうございました。支援者の皆様からのこのような差し入れは、きっと市橋君に自分は孤独ではなく、自分を家族のように思ってくれている人がいると感じさせ、温かい気持ちにさせている筈です。
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今晩は。一昨日11/25(金)に千葉刑務所に、本とお花(現金)の差し入れに行きました。本は《Kafka on the Shore/Haruki Murakami》を差し入れました。海辺のカフカの洋書です。

先日の逃亡記の映画化は、私も驚きました。弁護士さんや市橋達也さんの了解を得てるか分かり兼ねますが、まさか裁判に影響する事はないと思いますが… ただ、リンゼイさんのご家族のお気持ちを考えると複雑な心境です。
昨日の感謝祭のブログ拝見しました。本山先生を思い、遠くアメリカから頂けるお電話は、嬉しいですね。明後日、弁護士さんとお会いされましたら、控訴の状況や市橋達也さんの様子を伺わせて下さい。
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江戸川堤防を18Km走ってきましたので、累積は350Km/42日になりました。体重もちょうど4Kg 軽くなり、大体計画通りです。
私の携帯電話にはウオーキングチェッカーというアプリがついていますので、携帯電話を片手に持って走ると、歩数や歩行距離や消費カロリー、脂肪燃焼量が記録されます。例えば今日の場合は、歩数は23,238歩、歩行距離は18,300m、消費カロリーは820kcal、脂肪燃焼量は117g と表示されました。このペースでトレーニングを続けると、約10日間で脂肪を1Kg 燃焼しますので、食事摂取量は従来と同じでも月に3Kg の体重減量になります。トレーニングを始めた10月17日から館山若潮マラソンが行われる1月29日までに、走り込み900~1,000Km、体重減量10Kg という目標はこういう計算に基づいています。
69才でフルマラソンに再出場する決心をしてから、計画したトレーニング日数の約3分の1をこなしましたので、今日からは少し足首を強化するために、一部の区間は江戸川堤防の舗装されていない草むらを走ることにしました。舗装道路と違って表面が凸凹している草むらを走ると着地の角度が一定していないので、着地後の体のバランスを保つ訓練と、足首をくじかないように足首が自然に強化される筈という考えです。
私のような三流の市民ランナーでも、こうやって自分でトレーニング計画を立てて、設定した目標を実現するために毎日こつこつ努力を続けるのは楽しいものです。

ちょっと前に千葉大学走友会の仲間から以下の報告が届きました。6秒ほど目標に届かなかったようです。他にもつくばマラソンに参加した仲間がいる筈ですので、順次報告が届くものと思われます。この仲間は、私が走る予定の館山若潮マラソンにもエントリーしているそうです。
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本日、つくばマラソンに参加しました。5時間未満を目指していたのですが、切れませんでした。32kmを過ぎた辺りから、ふくらはぎをつってしまい、それ以降1kmほど走るとつるようになり、結構きつかったです。
5時間のペースメーカーについていけば、5時間切れるかなと思っていたので、32km以降も何とか、少しずつ離されながらもペースメーカーの風船を追っていました。結局5時間00分06秒でした。(本山:ご自分の計時では正味4時間59分56秒で目標は達成
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早速、別の仲間から次の報告が届きました。自己ベストの記録を更新したようです。この仲間は外科のお医者さんです。
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私も初めてつくばに参加したので報告いたします。とても天候に恵まれ、風もそれほどではなく、走るには良いコンディションであったと思います。今までの30kmから落ち出して、35kmで失速するという失敗をまた踏まないために、最初は抑え気味で入りました。一貫してフラットであったせいか、最初から最後まで5分~5分30秒のペースを守りきり、自己ベストの3時間38分44秒でフィニッシュしました。
1~5km     26:53.
5~10km  26:08.
10~15km  25:43
15~20km  25:37
Half  1:45:12
Half~25km  20:01.
25~30km  25:25
30~35km 25:28
35~40km 25:30
40~Finish 12:03.8
Total  3:38:44
今シーズンの始まりです。まだまだフル、ハーフ、駅伝があるので、頑張って練習します。
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もう一人、別の仲間からつくばマラソンを走ってきた報告が届きました。この仲間は千葉大学理学部で現職教授だった時は筋肉の生理についての著名な研究者で、私より2才年長(71才の筈)の方です。フルマラソンの自己ベストは3時間37分という記録をお持ちですから、3時間35分の私とほぼ同じレベルの方です。
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私もつくばマラソンを走ってきました。足腰の老化はじわじわと進行しているようで、完走するのが精一杯でした。歳相応にと思ってゆっくり走ることを心がけたのですが、30キロ過ぎから軽い膝の痛み、徐々に筋疲労も生じて辛い状態になって、何とかゴールにたどりつきました。ほぼ1カ月前の大阪マラソンよりは記録は良かったのですが、楽しいランとは程遠い走りでした。1カ月前の疲労が残っていたこと、1週間ほど風邪で走りこみ不足となったことも一因とおもっています。記録は以下の通り。
Gross time: 4:36:57, Net time: 4:31:34 (6538 位)
0-5K: 28:39, 5-10K:, 28:37, 10-15K: 29:21, 15-20K: 30:49, 20-25K: 31:34,
25-30K: 32:27, 30-35K: 35:17, 35-40K: 37:30, 40-goal: 17:26

ゴール直前に、〇〇さんの声援ありがとうございました。あまりの人数の多さでその後お目にかかることが出来なかったのは残念でした。
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2011年11月26日土曜日

通常、支援金は振り込まれてから2日後にゆうちょ銀行から私のところに通知票が届くのですが、11月23日に振り込まれたとメールでご連絡をいただいた方の支援金は今日までに通知票は届きませんでした。明日は日曜ですので、多分、月曜28日には届くでしょう。

今朝は11時頃アメリカ・ノースカロライナ州からの電話が鳴りました。1969年以来の空手の弟子・友人のFrank(フランク) 君と奥さんのJoAnn (ジョアン)さんからでした。どうしたのかと思ったら、アメリカは11月の第4木曜はThanksgiving Day (感謝祭)という祭日でしたので、私のことを父親のように思ってくれているFrank 君が私に声を聞かせてくれるための電話でした。Frank 君の家でも、息子の家族が小さい孫を連れて訪ねてくるので、七面鳥の料理を準備しているところだとのことでした。向こうでは、Thanksgiving とChristmas (クリスマス)に実家(親の家)を訪ねて家族一緒に時間を過ごすという習慣があるからです。日本ではお盆やお正月に里帰りするのと似たようなものでしょうか。アメリカ人の(精神的)息子の優しい心遣いに、今日は一日嬉しくていい気分でした。

午後からはいつものように江戸川堤防を14Km 走ってきましたので、累積は332Km/41日になりました。後半は、前を走っている自転車との距離を詰めたりして少しスピード練習もしてみましたが、あまり呼吸も乱れなくなり、着実にトレーニングの成果が上がっていることが実感できました。

2011年11月25日金曜日

11月23日に振り込まれた方(21回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は287,500円、延べ422人からの合計額は4,064,928円になりました。ありがとうございました。

今日は床屋で散髪して江戸川堤防に走りに行く途中で自転車を押している人に道を尋ねられました。60才とおっしゃったにしては体が引き締まった若々しい男性で、4ケ月前に岡山を出発して青森まで行き、帰路福島に入って2ケ月間ボランティア活動をしてきたとのことでした。苦しんでいる被災地の方々には失礼な言い方ですが、2ケ月間の救援活動をしてきて、人間のいやな面を見てきたとおっしゃっていました。被災者が援助慣れして、それが当たり前だと思うようになって、自ら積極的に復興しようという姿勢がなくなっているとのことでした。そういう人もいたのかもしれませんし、もう一度やり直そうという気力も湧かないぐらい全部を失った人がいたのかもしれませんし、あるいはボランティアがもう必要でなくなって迷惑がられたのかもしれませんし、何が事実かはわかりませんが・・。被災地はこれから寒い冬の季節に向けて大変でしょうが、緊急事態の時期が過ぎれば、長期的な復興活動の時期に移行していくのでしょう。

60才というのは、会社勤務の定年をひとつの区切りとして自転車旅行を計画したのでしょうか。自転車には前と後ろに小さな箱が固定してあり、タイヤのパンクを修理する簡単な道具が入っているとのことでしたが、野営できるテントや十分な着替えや食料が入る大きさではなさそうでしたし、携帯電話やナビゲーターも持っているようには見えませんでした。各地の知人を訪ねながら移動しているのかなと想像しました。岡山を出発してから7Kg体重が落ちて、足(ふくらはぎ)がパンパンに張って、疲れたとおっしゃっていました。何かを目指してがんばっておられるのでしょう。
昔、千葉大学園芸学部の空手部に奄美大島出身の学生(専攻は農産製造学)がいて、毎年夏休みに帰省するのに千葉県の松戸市から鹿児島まで自転車で往復していたのを思い出しました。

自転車旅行の男性と別れてから、いつものように江戸川堤防を14Km 走りましたので、累積は318Km/40日になりました。明日も少し余分に走って、昨日走れなかった分を取り返すつもりです。

2011年11月24日木曜日

菅野弁護士から連絡があり、その後振り込まれた支援金を11月29日にお届けに伺うことになりました。その機会に、市橋君の最近の様子なども訊いてこようと思っています。

昨日のブログで支援者から寄せられた市橋君の逃亡記の映画製作の計画の情報を紹介しましたところ、何人かの支援者から、市橋君の了解を得たのかとか、そんなことをしたらまた社会からバッシングされるのではないかとか、控訴裁判に影響するのではないかとか、心配のメールをいただきました。主演・監督を予定しておられる方は、市橋君や弁護団や誰とも打ち合わせをしたり了解を得たりしたわけではなく、多分ご自分で、面白い内容になって多くの人々の関心を集めると判断されて計画を打ち上げたのではないかと想像しています。そういう個人の活動を、第3者がどうこう言うことができるのかどうか、私にはわかりません。

アメリカ人の義理の息子が来週あたり来日して1週間くらい私たちの家に滞在する予定ですので、妻はせっせとその受け入れの準備をしています。

今日は走るトレーニングはできませんでした。

2011年11月23日水曜日

支援者から支援金の振り込みと、本の差し入れと、市橋君の逃亡記が映画化されるという以下の情報が届きました。ありがとうございました。独居房の中に隔離されている市橋君にとっては、皆様から差し入れされる書物は外の世界との唯一のつながりで、何よりも楽しみな筈です。それにしても、映画化の計画があるというのには驚きました。手記だけに基づいて企画するのでは、彼の内面の葛藤や苦しみがどれだけきちんと描かれるのかちょっと気になります。
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本山教授こんにちは、支援する会の管理とブログの更新、いつもありがとうございます。今日少しですが支援金を振り込みましたので、よろしくお願いします。

先日郵送で本を差し入れました。
・モリー先生との火曜日 - Tuesdays with Morrie【講談社英語文庫】 Mitch Albom著
・英文版 京紅葉 - Autumn Colors of Kyoto  の2冊です。

他の支援者の方々からもメールが入ってきていると思いますが、今日のスポーツ報知に「市橋被告逃亡記を映画化」とあり、驚きました。
http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20111123-OHT1T00020.htm
控訴審に差し障りがなければいいのですが・・・。

まだまだメタボ気味と言われてますがフルマラソンに向けてのトレーニングの様子を読んでいると、日々の努力の積み重ねが大事なんだな・・と実感します。
これからますます寒くなってきますが、お体に気をつけてマラソンがんばってください。

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昨日のブログで報告しました初めて支援金を振り込んで下さった方からは今日メールが届いて、これからも支援を続けますとのことでした。

NHK Eテレ(2チャンネル)で夜8時から8時半まで福祉ネット「大人の発達障害」という番組をやっていました。女性2人、男性1人のゲストが実名で顔を出して、どういう症状が起こるのか自分たちの経験を語っていました。普段は全く普通で何の病気があるのかわからないのに、カバンをどこに置いたか思い出せなかったり、乗り物に長時間乗るとパニック症状になったり、人との付き合いが苦手で、魚釣りや水槽の水草を眺めたり一人で過ごす時間が好きだったり・・。発達障害の中にもいろいろな症状があるようですが、まわりの人に理解してもらうために、こういう病気があることをテレビで紹介したのは非常に良かったと思いました。

私は来週の金曜日12月2日にも講演の予定がありますので、今日はその準備を始めました。その合間に江戸川堤防を14Km走ってきました。これで累積は304Km/38日です。昨日、妻にウェストを測ってもらったら、トレーニングを開始した先月17日以来、5cm 短くなっていました。少し体が絞れてきたのでしょう。 

2011年11月22日火曜日

11月18日に振り込まれた方(初回)の支援金が届きました。電信振替でメッセージはありませんでしたが、ありがとうございました。こうやって、事件から長い時間が経っても新たに支援して下さる方がいらっしゃるのはありがたいことです。これで支援金の現在高は286,500円、延べ421人からの合計額は4,063,928円になりました。

12月7日には一泊二日で鳥取県米子市に出かけて講演「残留農薬の安全性-ポジティブリスト制度ならびにTPPに関連して」をすることになっていますので、ネットで航空券の手配をしました。また初めてお目にかかる新たな人たちとの出会いがある筈ですので、楽しみです。せっかくの機会ですので、2日目は車でドライブして日本海側の松林の様子や鳥取砂丘など見て、鳥取空港から帰ってこようと思っています。

今日は農大の周りを12Km走りましたので、累計は290Km/37日になりました。まだまだメタボ気味ですが、走る度に体調がよくなっていく感じがします。

2011年11月21日月曜日

菅野弁護士からメールで、11月24日に市橋君の控訴審の弁護方針について弁護団会議があるので、25日以降に私が支援金をお届けに伺う日時を提案して下さるとのことでした。

30回も支援金を振り込んで下さっている遠方の支援者から、封書で以下のお便りをいただきました。
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さて11/15(火)に、市橋君の所へ冬物のハイネックとヒートテックのアンダーウェアー、ソックス等を寒い事でしょうと思い、差し入れに行って来ました。それとマンガ本「ワンピース」(ムービー版)2冊です。宅配便で送る事は簡単な事ですが、どうしてもこの手で届けたくて行って来ました。受付の差し入れ担当の方が前回と同じ方で、気持ちよく受け付けて下さいました。
先日支援者の方が売店の品数が増え、カップヌードルを差し入れて来たと聞きましたので、私はパン、菓子、飲料水等を差し入れて来ました。食品の差し入れは前回3時までと聞いていましたので、間に合うようにまず差し入れ受付の所で用紙と印をもらい、それを持って売店でリストを見ながら記入するようになっております。いつ届けてくれるのか訊いたら、すぐ本人に届くとの事で、パンも追加しました。
今回も〇〇さんと複雑な気持ちで、やはり帰りはふたりとも無言でした。市橋君の母の気持ちになってしまい、寂しかったです。11/17の支援者の方のメッセージを読み、その方と全く同じ気持ちです。ご両親が「見守る」と決めた事は、どんなに辛く残酷な事なのか、思うと苦しくなります。それと、市橋君への強い愛情がわかります。
ただただ普通の青年だっただけに、私は諦め切れません。残酷すぎます。市橋君は、立派に更生できる青年です。私は、弁護士の方々を信じ、願いが叶うよう希望を持って支援して行きます。
先生、寒さに向かい、お体本当に大切にして下さい。あの人混みの中、毎日忙しくしてらしてびっくりします。お元気で。
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上記の方と一緒に行かれた支援者からも以下のお便りをいただきました。
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冷え込む日々、お元気でいらっしゃいますか。市橋君も寒くなり元気でしょうか。気がかりです。
さて11月15日に千葉刑務所の方へ、ス()ウェットスーツ、「ワンピース」(ムービー版)2冊を差し入れに行ってきました。先日と同じ受付の方で親切に対応して頂き、ひもがついていたのですが、郵送では返却されましたが、今回はその場でひもを取り外して受け付けてくれました。
前回と同様、とても切ない気持ちで帰ってきました。更生できるひとりの人間を更生させなければならないと思います。市橋君には更生して一日でも早くご両親に会えるよう毎日祈っております。
先生、お忙しい中、お体を大切にマラソンがんばって下さい。
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午後からは、小学校、中学校、高等学校と一緒だった友人が訪ねてきてくれて、51年振りに再会して楽しい時間を過ごしました。彼が開発したレンズについては、アイデアは面白いが、マーケティングするには研究用か個人使用目的か、焦点を絞った方がよいのではという私の忌憚(きたん)のない意見を伝えておきました。
夕方は日比谷に出かけて、あるPR(パブリック リレーションズ)会社の人と食事をしながら、今話題のTPP(環太平洋経済連携協定)問題と輸入農産物の残留農薬問題について意見交換をしました。

今日は江戸川堤防を朝10Km走ってきましたので、累積は278Km/36日になりました。ちょっと冷たい向かい風が吹いていましたが、空が澄んでいて、関東平野の地平線に富士山や筑波山がかなりくっきり見えました。

2011年11月20日日曜日

今日はよい天気でしたので、東京吉祥寺での農業高校生徒たちの農産物の展示販売もさらに賑わったものと思います。全国から集まった男子生徒たち、女子生徒たちの生き生きした声と表情を想像すると、彼らがこれからそれぞれの夢の実現を目指して前向きに生きていってほしいと願いたくなります。

明日は、共通の友人を介して高校卒業以来51年振りに交流し始めた友人が午後1時に訪ねてくる予定です。私はもう忘れていましたが、電話で話したら、高校だけでなく、小学校も中学校も一緒だったとのこと。ノーベル賞受賞者の朝永振一郎先生がおられた当時の東京教育大学(現筑波大学)の理学部で物理学を専攻し、早稲田大学理工学部の大学院に進学し、現在は大学で学んだ自分の専門とは違うレンズの分野で面白い発明をしたようですので、そのデモンストレーションに来てくれます。携帯電話のカメラやデジタルカメラのレンズに装着するだけで、野外でも焦点深度の深い顕微鏡のような写真が簡単に撮れるという説明通りでしたら、学会などを通して私も普及に協力してあげようと思っています。
URL: http://www1.ocn.ne.jp/~high/  
URL:http://www18.ocn.ne.jp/~opt
レンズは別にしても、小学校時代からの幼馴染に再会できるのは大変楽しみです。

昨日走れなかった分を取り返すために、今日は江戸川堤防を20Km走ってきましたので、累積は268Km/35日になりました。一度に20Km走ったのは久し振りでしたが、何ともありませんでした。トレーニングの成果で、 持久力は確実に増強されてきているようです。

2011年11月19日土曜日

東京吉祥寺に着いたらあいにくの小雨でしたが、東急百貨店吉祥寺店の北側広場で2011年全国農業高校収穫祭が開催されていました。北海道、青森、宮城、山形、新潟、福井、群馬、東京、神奈川、和歌山、大阪、兵庫、岐阜、福井、島根、愛媛から20数校が参加し、生徒たちが栽培し収穫した農作物や各種加工産物を展示販売していました。私もちょっと覗いてみたら、多くの道行く人が立ち寄って混雑していましたが、生徒たちの「いらっしゃいませ」と連呼する元気のいい呼びかけ声に、屈託のない何と素晴らしい子供達だろうと明るい気持ちになりました。全国の農業高校の生徒たちが先生と一緒に東京に来て、2日間にわたって自分たちの育てたお米や、果樹や、野菜や、花や、肉や、卵や、加工したジャムやジュースや味噌や、ハムなどを展示販売するという経験は彼らの人生にとって貴重な思い出になる筈です。

吉祥寺第一ホテルで行われた「食農の明日を担う教育を考える」というテーマのセミナーは、梁川先生(京都教育大学教授)と私の講演に続いて、花野先生(東京都立農芸高等学校長)も加わってパネルディスカッションに入りましたが、キャスターの木場弘子さんが名コーディネーター役を務めました。今朝日本テレビの朝8時から9時半のウエークアップという番組に出演しているのを拝見しましたが、その後で大阪のスタジオから駆けつけたとのことでした。千葉大学教育学部のご出身で、今はフリーのキャスターとしてあちこちで活躍されている方です。会場から、さすが農業高校の先生方らしい質問やコメントも出ましたし、セミナーはよい企画だったと思いました。

2011年11月18日金曜日

菅野弁護士に、支援金をお届けする日程調整をお願いしました。その機会に市橋君の最近の様子などについても伺ってくるつもりです。

東京農業大学のホームページによると、女子剣道部が全国大会で3位になったようですが、桜丘アリーナと呼ばれる体育館の壁には予選会を勝ち抜いて箱根駅伝出場が決まったことと、相撲部の学生が学生横綱になったことを祝う大きなのぼりが吊り下げられています。見るたびに、よくやった、おめでとうという気持ちになります。


今日は農大の周りを10Km走りましたので、累計は248Km/33日になりました。少しスピードを出して走っても平気になりました。

2011年11月17日木曜日

15日に初めてメールをいただいた支援者から、以下の返信が届きました。市橋達也君の適正な裁判を支援する会は、特定の宗教との関わりはありません。支援者の中には、キリスト教を信じていらっしゃる方、仏教を信じていらっしゃる方もおられるようですが・・。ご両親の毅然たる態度の裏には、深い深い愛情があるとのお考え、無期懲役のままだと刑務所の中で死を迎えることになりますのでご両親にとってはつらい決断でしょうが、私もそう感じています。
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毎日訪問する訳じゃないので、たまに覗いたページでそう感じるだけなのか? 少し宗教的な偏りを思い、今回の振込みに際し迷いがあったのですよ。でも 「支援をしょう」と決めたきっかけが何度も流れた手配写真でも感じたように、逃走中での生活態度も私にはとても素直な子にしか思えないのです(起こしてしまったことは突発的行為)。
それと何よりも拘束されてからのご両親の毅然たる態度。「会わない」「支援しない」の言葉に、言葉に反する深い深い愛情を感じ涙がこぼれます。
リンゼさんのご両親の気持ちになれば辛いのですが、裁判の傍聴のため来日されたとニュースで拝見したときは、思わず「許してあげて」と心で叫んでました。

本山先生は市橋君のご両親とお逢いされているとブログに書かれておられましたが(本山:誤解です。お手紙を3回交換しただけです。)、どうぞ息子さんが出所されるまでお元気でいてあげてくださいとお伝え下さい。もちろん先生も彼が出所するまでガンバリましょう。大切な若い時代を棒に振っちゃったけど、彼ならきっと大丈夫 (何故か確信がもてるのです)。
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明後日19日土曜には、東京吉祥寺第一ホテルで毎日新聞社主催の農業高等学校教職員向けセミナー「食農の明日を担う教育を考える」が開催予定で、私も参加することになっていますので、今日はその準備をしました。
第1部は梁川(やながわ)正京都教育大付属環境実践センター教授・日本農業教育学会長による講演農業教育~地域社会と連携した体験型の「食の循環」教育
第2部は私の講演「農薬~農薬の必要性と安全性」
第3部はパネルディスカッション「食農の未来~食農の明日を担う教育を考える」で、キャスターの木場(きば)弘子氏(千葉大学教育学部特命教授)がコーディネーターを務め、梁川先生と私の他に花野耕一東京都立農芸高等学校長・全国農業高等学校協会理事長が加わります。
セミナー会場の近くの東急百貨店吉祥寺店では、ちょうど19日と20日に全国農業高校収穫祭の開催中で、全国各地の農業高校で生産した農産物の展示販売や表彰などもやっているようです。

セミナーでの自分の講演の内容や使用予定のスライドを最終的にチェックした後で、江戸川堤防を14Km走ってきました。累計は238Km/32日になりました。

2011年11月16日水曜日

東京の海運クラブというところで全国農薬協同組合(通称全農薬)の平成23年総会・第34回全国農薬安全指導者協議会(通称安全協)全国集会が開催され、農薬流通に関わっている会社の社長・幹部クラス、農薬メーカーの社長・事業部長クラス、農薬行政に関わっている行政機関や独立行政法人の責任者らが出席者でしたが、私も顔を出しました。一連の議事や報告、表彰等の後、国立医薬品食品衛生研究所安全情報部の畝山智香子氏による「残留農薬基準値と食品のリスク」と題した特別講演がありました。いつものことながら、科学的なリスク評価の話は大変説得力がありました。
本当はこういう話を関係者だけでなく、一般国民に聞いてほしいと思ったら、配布資料にちゃんと次の情報源が記載されていました。
・食品安全情報blog http://d.hatena.ne.jp/uneyama/
・ほんとうの「食の安全」を考える-ゼロリスクという幻想(DOJIN選書28)化学同人(2009/11/30)
・「安全な食べ物」ってなんだろう-放射線と食品のリスクを考える 日本評論社(2011/10/22)

今日は上記集会に出かける前に東京農大の周りを10Km走りましたので、累計224Km/31日になり、設定した最初の1ケ月の目標は、走る距離(200Km)も体重の減量(3Kg)も一応達成しました。明日からは次の1ケ月のトレーニング(目標300Km)に入ります。

2011年11月15日火曜日

支援者のお一人から初めてメールをいただきました。11月10日のブログで、11月8日に支援金を振り込まれた方(3回目)と報告した方です。私のミスで、入金記録簿をチェックし直してみましたら、実際は4回目でしたので、そのように訂正するとともに入金記録簿の方も訂正しておきました。確かに送っていただいた明細票のコピーではお取扱日は23-11-07となっていますが、私のところにゆうちょ銀行から届いた振替受払通知票では11/08となっていましたので、ブログでの報告では11月8日振り込みと記載しました。ご連絡ありがとうございました。振り込み回数の記載ミスについてはお許し下さい。

今日は東京農大での2回目の講義をしました。前回の時に、年配の履修生から、ちょっと早過ぎる(スライドを使いながら話をするので、スライドが変わるとノートをとる時間がない)という指摘と、何か配布資料はないのかという指摘がありましたので、今回は前回の復習を簡単にしてから今回の講義に入り、少しゆっくり話を進めるように心がけました。また、前回と今回の一番大事なスライドを各6枚ずつ選んで配布資料として2ページにプリントして配布しました。そのせいか、出席カードを集める時に何人かの学生が質問をしに話しかけにきました。今日の出席は131名でした。驚いたことに、講義終了後、私の研究室でデータ入力のアルバイトをしてくれていた大学院修士課程2年生の学生が教壇のところに挨拶に来ました。本来は短期大学2年生の必修講義科目なのに、教室に紛れ込んで、私がどんな講義をするか隠れて聴講していたとのことでした。その後、研究室に来てくれて、2時から5時まで廃棄処分予定の論文別刷りや学術雑誌や資料などのホッチキスやプラスチックを外す作業などをやってくれました。東京農大では紙はリサイクルに回すので、金属やプラスチック類は外してから処分する必要があるからです。明日も来て、残りの分をやってくれるとのことですので、事務室でアルバイトの手続きをして必ずアルバイト料を支払ってもらうようにと指示をしておきました。

午後からは、約束していた通り、結婚をして退職した以前私の事務を担当してくれていた女性職員のKさんが生後3ケ月の女の赤ちゃんを見せに、研究室に寄ってくれました。環(たまき)ちゃんという名前で、若いお母さんの胸に抱かれて、まるで天使のように可愛くて無垢(むく)な赤ちゃんでした。多分、赤ちゃんを守り育てるという母親としての生物学的な本能が関わっているのでしょうが、私には小さな赤ちゃんを連れた女性は強く、美しく、幸せそうに見えます。環ちゃんがもう少し大きくなったらまた見せにきてくれるとのことですので、楽しみにしています。

2011年11月14日月曜日

11月11日に振り込まれた方(22回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は285,500円、延べ420人からの合計額は4,062,928円になりました。メールでいただいたメッセージはすでに一昨日のブログで紹介させていただきました。長期間にわたる継続的なご支援、ありがとうございました。

先日(11月12日)の千葉大学名誉教授懇談会で講演をされた岩瀬博太郎教授からお聞きした話について、支援者からその内容を問い合わせるメールをいただきましたが、懇親会の席で「ここだけの話」としてお話されたことですので、お答えできません。ご了承下さい。
なおこの支援者からは、岩瀬教授には「法医学者 死者と語る」(2010年、WAVE出版、岩瀬博太郎著)という著書があるとお知らせいただきましたが、教授自身が講演の中で紹介された3冊の本の中に入っていました。残りは:「焼かれる前に語れ」(2007年、WAVE出版、岩瀬博太郎・柳原三佳著)と、「死因究明-葬られた真実」(2005年、講談社、柳原三佳著)でした。