2022年9月30日金曜日

昨日の会場にはポスター発表が11題あり、その中の1つは私にとって大変興味深い研究内容でした。 「都道府県レベルでの化学農薬使用量(リスク換算)の試算」猫塚修一(岩手県農業研究センター) 猫塚博士とは名刺交換をして、私は現在、国立がん研究センターの研究者から計画中の農業従事者(特に農薬曝露量)と発がんリスクの疫学研究で、農薬の曝露量(使用量)を推定する資料について相談を受けていることをお話しました。発表スライドをPDFで送っていただけるとのことでしたので、それを疫学研究者に送って農薬曝露量(使用量)推定方法について協力をしていただけるという了解を得ました。講演終了後は、対面参加者はテーブルに着席して懇親会(情報交換会)を行いました。立食式ではないので大勢の人の交流はできませんでしたが、コロナ問題が起こってから久しぶりの懇親会で楽しいひと時でした。 今日は特別講演が2題あって、昼には全てのプログラムが終了しますので、すぐ帰途名古屋に寄って八事(やごと)にある本山家のお墓参りをし、その後千葉大学を定年退職後名古屋に帰られた元同僚教授のT先生とお会いする約束です。

2022年9月29日木曜日

自宅を朝8時に出発して岐阜駅には11:19に着きました。駅前から岐阜大学病院行きのバスで柳ケ瀬西口で降り、第39回農薬環境科学研究会シンポジウム会場のホテルグランヴェール岐山に入りました。基調講演に続いて4題の講演がありました。農薬環境科学とは直接結びつかない分野の講演もありましたが、農薬の環境影響、健康影響を軽減する植物保護の新技術という位置付けでした。
岐阜駅前には高層ビルに加えて、金色の織田信長公像が立っていて、マスクをしていました。

2022年9月28日水曜日

第37回報農会シンポジウム「植物保護ハイビジョン‐2022」-深まる困難な状況下で持続的農業を支えるイノベーティブな植物保護-がオンラインで開催されましたので、私も聴講しました。公益社団法人報農会というのは、昔日本特殊農薬株式会社という会社がパラチオンという有機リン殺虫剤を販売した時に、当時稲の難防除害虫だったニカメイガ(幼虫は茎の中で食害)に特効薬的に防除効果を発揮して日本の主食のお米の生産に大きな貢献をして、莫大な利益を得たことから、利益の一部を農業に還元するために設立された組織です。植物保護分野の研究者の国際会議出席の旅費の一部を補助したり、学生に奨学金を供与してくれています。私自身も名古屋大学大学院の学生だった時に奨学金(返還不要の)を供与されて大変助かりました。何年か前から、年に一度のシンポジウムを開催しています。また、シンポジウムの後の懇親会で植物防疫分野で多大の貢献をした都道府県の農業試験場職員を表彰する活動もしています。 理事長挨拶に続いて5題の講演があり、個々の講演内容の間に必ずしもつながりはありませんが、いずれも現在注目を集めている話題に関する素晴らしい講演でした。
シンポジウム聴講後、小杉荘八君に差し入れする国語辞典を買いに行きました。イセタン跡地にできたキテミテマツドの7階には広大なフロアの書店が入っていて、手紙に目が悪くなってきたと書いてあったのでなるべく字が大きな国語辞典(小学館発行)を選びました。これに、自宅にあったルーペを付けて介護老人保健施設「市川ゆうゆう」宛に送ろうと思っています。電話の使用は許可されないとのことでしたが、本は問題ないのではと思いますので。彼が手紙を書く時に漢字が思い出せない時に役に立てばという考えです。
近所の電線にカラスが留っていました。電線の下に食べかけの柿の実が落ちていたので、咥えてきて落としてしまったのか、拾って食べようとしていたのかはわかりませんでしたが、幅広い嘴(くちばし)とおでこが飛び出た頭の形から、ハシブトガラスのような気がしました。園芸学部の縄張りをハシボソガラスの群れに追い出されて、どこか近所に棲息しているのかもしれません。松戸駅西口近くの高層ビル(マンション)は改装工事をやっていて、高所の足場で作業をしている人が見えました。それが仕事とはいえ、危険な大変な仕事だなと思いました。運動のためにわざと遠回りして江戸川堤防を通ったら、飛行機が上空を急角度で上昇飛行していました。

2022年9月27日火曜日

我が家の台所にはブロッコリーがありました。税抜きで138円だったそうです。長年の結婚生活(私が23才の時からですから57年)で習慣になっているとは言え、毎日温かい美味しい食事を作ってくれる妻には頭が上がりません。

2022年9月26日月曜日

国道6号沿いのヤマダ電機にSDカードを買いにいったついでに、少し遠まりしてウォーキングしてきました。シャリンバイには熟しかかった実がなっていました。モチノキには未熟な緑色の実がなっていました。すぐ横の別のモチノキにはアカマルカイガラムシ?と思われるカイガラムシがびっしり寄生していて、カイガラムシが分泌する甘露にアリが集まったり、すす病が発生したりしていました。
近所の以前森田医院だった建物は長い間改装工事をしていましたが、いつの間にか工事が終了していました。森田医院は世代が代わって、続きの敷地の反対側に建てた高層ビル(マンション)の1階に内科・眼科クリニックとして開業していました。英会話クラスのポスターがまだ貼ってありました。
昨日見に行ってきた介護老人保健施設「市川ゆうゆう」に入所している小杉荘八君から手紙が届きました。筆ペンで堂々とした筆致で現状を知らせてくれました。漢字の誤字もありましたが、私も最近はパソコンばかりで自分で文字を書くことはほとんどなくなったので漢字を忘れて書けなくなってしまいましので、それに比べれば入院して長い小杉君の手紙はさすがだと思いました。目も悪くなったと書いてありましたので、返事を書く時に国語辞典とルーペを差し入れしてあげようと思っています。手紙のコピーをメールに添付して空手部同期の仲間たちに送りました。

2022年9月25日日曜日

午後からウォーキングの運動を兼ねて小杉荘八君が入所している介護老人保健施設「市川ゆうゆう」を見に行くことにしました。私は方向音痴なので道に迷わないように、スマホのナビを使いました。園芸学部の駐車場の下の国道6号の松戸隧道の前から斜めに上る細い道は県道464号だとばかり思っていましたが、和名ヶ谷の辺りに立っていた道路標識を見ると国道464号となっていました。県道と国道とどうやって区分するのかわかりませんが、こんな狭い道でも国道の場合があるということを知りました。大きな敷地の元材木店がありましたが、材木はなかったので廃業したようでした。木造建築が少なくなってきたので、材木店は経営が成り立たなくなってきたのでしょうか。NTT松戸(高塚)の門の前にはイチョウの木の切り株がありましたが、周りをコンクリートで固められていました。これでは雨水が土壌浸透できないので、根にとっては残酷な環境だなと思いました。敷地の管理者は木は丸太と違って生きているということを考えないのでしょうか。面白い名前の居酒屋にはウクライナの国旗が飾ってありましたので、支援(連帯)の気持ちを表しているのだなと思いました。ナシ園では袋掛けしたナシと袋掛けしていないナシがありました。地面にナシがたくさん落下しているナシ園もありました。
「甚左衛門の森」の横の墓地の墓標は全部「高橋家」と刻んでありましたが、一番りっぱな本家と思われるお墓の石には「甚」という字が刻んでありましたので、「甚左衛門」とうのは高橋家の屋号かなと思いました。
りっぱな農業用ハウスが並んでいる農地の入り口には、「わーくはぴねす」という看板が立っていました。ネットで検索してみたら、障がい者が働ける施設のようでした。秋田県出身の私の研究室の卒業生のN君は、昔受けたストレスが原因で精神的障がいが残って、卒業後確か流山市の近くの障がい者用の農場で働いていると言っていましたので、ここも同様の施設かなと思いました。「リサイクルショップPOTATO」という名前のお店には無人商店という張り紙がありました。お客が正直にお金を払ってくれることを前提にしたこんなお店が成り立つのかと思いました。
目的の介護老人保健施設「市川ゆうゆう」は、市川市保健医療福祉センターの隣にありました。到着した時には夕方の5時を過ぎていたので正面玄関は施錠されていて、時間外出入り用の通用口だけが空いていました。私は家族ではないので面会できないことはわかっていましたので、この建物のどこかに小杉荘八君は滞在していることを想像して帰宅の途につきました。予想より遠く、往復15.3kmで、3時間半近くかかりました。自宅に着いた時には夕焼け空に飛行機雲が2筋見えました。