2017年7月20日木曜日

明日の宮崎での農薬シンポジウムの基調講演の準備は全部できましたので、今日は昼休みに道場に寄って少しだけ筋力トレーニングをしてから水元公園Cブロックに行って1時間40分ウォーキングしてきました。まだジョギングや坂道トレーニングをするところまでは体調が回復していません。

園芸学部の顔なじみの造園技官が、イロハモミジの洞(うろ)にスズメバチの巣があって危ないから近づかないようにと注意してくれました。いつも1周することにしている洗心倶楽部前の芝生庭園の端に位置するところですので、刺激しないようにそっと近づいて見たら、キイロスズメバチらしきハチがしきりに出たり入ったりしていました。今まではなかった活動ですので、巣作りを始めたばかりなのかもしれません。造園技官によると、すでに園芸学部の事務に報告したとのことですので、事務から松戸市役所のすぐやる課に電話をして駆除の依頼をした筈です。

旧正門近くの路上には今日も新たに腹部を食いちぎられたカブトムシの♂と♀の死体がありました。
明日は朝4時半に自宅を出て、羽田空港から宮崎空港に向かいます。







2017年7月19日水曜日

食中毒と思われる症状もほとんど感じなくなりましたので、今日の運動は矢切の斜面林と江戸川堤防の間の農道を2時間20分ウォーキングしました。
畝と畝の間に苗を定植して間もないネギ畑がありました。ネギの生長に合わせて畝の土を寄せていくのでしょう。
農道沿いの電柱に、メジロなどの野鳥を不法に捕獲すると・・・の注意書きのポスターが貼ってありました。「不法に」の意味が私にはよくわかりませんでした。カスミ網で捕獲すると違法になるのか、それとも最近は野鳥を捕獲すること自体が不法なのか、調べてみないとわかりません。

帰りに園芸学部の旧正門の近くにオオスズメバチの死体が落ちていました。



2017年7月18日火曜日

猛暑に加えて体調がまだ万全ではありませんので、水元公園Cブロックに行って1時間10分だけウォーキングをしてきました。
園芸学部の生協前広場には就職ガイダンスの案内の看板が立ちました。
不動池の水位がずいぶん低くなっていましたが、木立の上にはアオサギが立っていました。
エゴノキ、カリン、ザクロの実が段々大きくなってきました。
コナラの幹にニイニイゼミの抜け殻がいくつも付いていました。
夕方園芸学部構内を通ったら、カナカナという物悲しい響きのするセミの鳴き声がしました。






2017年7月17日月曜日

今日は海の日で祭日でした。運動はまだ体調が万全ではないので、江戸川堤防に1時間10分ウォーキングに出かけました。園芸学部の旧正門の近くでは、昨年も腹部を食いちぎられたクワガタやカブトムシが落ちていましたが、今日も同じ場所に多数落ちていました。中には頭部と胸部だけでまだ生きていて、今話題のヒアリに似た赤っぽい色の小型のアリの大群の攻撃を受けている個体もありました。
カラスのような野鳥の餌食になったのではと想像しますが、何故いつも狭い範囲の同じ場所なのかというのは謎です。上を見上げると複数の大木の枝葉が重なり合っていますので、野鳥がどこかから咥(くわ)えてきて留まって食べるのに適した木の枝でもあるのか、クワガタとカブトムシの成虫が好んで集まる木の枝でもあるのか、わかりませんが、少なくともクヌギやコナラは真上にはありません。






2017年7月16日日曜日

松戸の自宅には昨夜遅く帰ってきましたが、今日は成田市甚兵衛の森で松くい虫防除の2回目の薬剤散布が行われる予定でしたので、朝2時に車で自宅を出発し、私と一緒に立ち入り規制監視者をやることになっていたI博士を途中でピックアップして、現場には予定より早く午前3時半頃には着いてしまいました。
甚兵衛の森には小さな水神社が祀ってありますが、近所の老婦人がまだ薄暗い中をお参りに来ていました。

スミパインMC(有効成分フェニトロチオン23.5%)の50倍希釈液1,000ℓを樹高の高いマツには高所作業車の上から、樹高の低いマツには地上から鉄砲ノズルで、樹木医の吉岡賢人君と石橋 亨氏が交代で散布しました。I博士と私は林床部に立って、周辺住民の立ち入り規制監視をしました。四街道から駆けつけてくれたもう一人の樹木医は道路側に立って、通過する車の監視をしてくれました。5月下旬に行われた1回目に続いて、2回目で作業に慣れたということもあって、4時25分から散布を開始し、6時25分に終了しましたので、散布時間は準備に要した時間を除いて正味2時間でした。
散布作業者と監視者の経皮暴露と吸入暴露を推定する試料収集もしました。

樹高の高いマツの樹冠部の葉色が気のせいかちょっと元気がないように見える木があったので、高所作業車の上から念のため枝先を1本採取して観察したら、マツノマダラカミキリの浅い後食(こうしょく)痕とは異なる深い傷痕がありましたが、多分松ぼっくりが剥がれた(カラスのような野鳥が留まろうとしたか、突いたか)痕ではないかという判断になりました。しかし、樹冠部の葉色がちょっと気になりましたので、今後観察を続けるつもりです。

隣接する水田はイネの生育が進んで、すでに出水している区画もありました。
7時半頃には後片付けも終わって、現場を離れて松戸に向かいました。自宅到着後はシャワーを浴びて、睡眠時間を回復するために横になったり、疲労回復のために一日中だらだらとして過ごしました。












2017年7月15日土曜日

旭川には、東京在住の長姉(87才)に、農薬シンポジウム終了後にレンタカーを借りて一緒に周辺の興味のあるところを旅行しようと誘ってあったのですが、急に行かれなくなったという連絡がありましたので、私一人でドライブするつもりでした。その話を聞いたK社長が、現地に詳しい社員の一人に、午後4時半出発の飛行機の時間まで車で案内させると言ってくれましたので、お言葉に甘えることにしました。
到着日に寄った旭川兵村記念館の屯田兵や日露戦争関係の展示をもう一度ゆっくり見たいという私の希望に合わせて、先ず北鎮(ほくちん)記念館に連れて行ってくれました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E9%8E%AE%E8%A8%98%E5%BF%B5%E9%A4%A8
この記念館は旧陸軍第7師団の敷地の一部に設置された陸上自衛隊旭川駐屯地の中にあったものを、基地の外の隣接した場所に移設してありましたが、ガイド役を務めてくれた人は現職の自衛官でした。
江戸時代末期から明治維新を経て太平洋(大東亜)戦争に突入し、終戦(敗戦)後の日本国憲法公布、朝鮮戦争を契機とした自衛隊創設につながる歴史を学ぶのに非常に興味深い資料が多数展示してありました。明治新政府では討幕に貢献した薩摩(鹿児島県)、長州(山口県)、土佐(高知県)などの出身者が多かったと聞いていましたが、北海道開発にも黒田清隆(鹿児島県)、永山武四朗(鹿児島県)、岩村通俊(高知県)らの貢献が大きかったようです。
太平洋戦争中にアリューシャン列島のアッツ島玉砕の兵士の鬼気迫る形相を描いた絵は以前もどこかで見たことがありますが、国のためと言われて徴兵され、人生途上で無念の死を遂げた当時の若者の心境を思うと胸が痛みます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%83%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

基地の近くの電柱には、旭川駐屯地盆踊り大会のポスターが貼ってありました。写真は取り損なってしまいましたが、自衛隊員募集のポスターに「平和を守る・・・」と書いてあるのが目に留まりました。実にうまい表現だなあと思いました。



















その後、近くの川村カ子(ネ)トアイヌ記念館 http://www.hokkaidolikers.com/articles/3907 に寄りました。




ちょうど昼頃になりましたので、上川郡東神楽(かぐら)町の蕎麦(そば)屋蓬(よもぎ)に寄って天ぷら付きのモリソバを昼食に食べました。しゃれたお店で、靴を脱いで上がりましたが、庭の草花を眺めながら食べる味は格別でした。
http://sobayomogi.wixsite.com/home/gallery



昼食後は、上川郡美瑛(びえい)町の見渡す限り広がる農耕地を見に行きました。この辺りは、小麦、甜菜(てんさい)、ジャガイモ、豆類が主要作物だそうですが、特に黄金色に輝く小麦畑が印象的でした。まさに北海道らしい景色でした。本当か、規模が大きいことのたとえ話かはわかりませんが、北海道の農家は鍬を持っていないとガイドの社員が話してくれました。
小麦畑の横に、私有地につき立ち入り禁止と4ケ国語(中国語、英語、韓国語、日本語)で書いた看板が立っていました。作物を盗むのを防ぐためではなく、多分、外国の観光客が写真を撮るために畑の中に入って踏み荒らされるのを防ぐためでしょう。


 
 



 


 





 
その後、ラベンダーで有名な富良野に連れて行ってくれました。ちょうどシーズンらしく、ラベンダー祭りの時期で観光バスが10台ぐらいに加えて、車列が延々と続いていましたが、さすが現地に詳しいガイドでしたので、駐車場待ちの車列の後ろにはつかずに、別の道を選んで駐車場に入り、空いている駐車スペースを短時間で見つけてくれました。お花畑への入場料は無料でしたが、お土産店やレストランのビジネスで収入を得ているとのことでした。
紫色のラベンダーも綺麗でしたが、それ以外の花も見事な配色で植栽されていました。
途中、JA美瑛が直営している店に寄ってみました。広大な敷地に、穀物貯蔵タワー、野菜集荷場、ホクレンのガソリンスタンド、レストランなどの施設がありました。













旭川空港には少し早目に午後3時頃連れて行ってもらいました。空港構内には背の低いマツの植栽がありました。樹形がマツ似た木もありましたが、葉の形はちょっとカヤに似ていました。誰かに訊いてみないと、私にはこの木の名前はわかりませんでした。
空港のロビーの壁には、今日見てきたファーム富田の花畑の写真が展示されていました。
短い時間でしたが、日本離れした北海道らしい雄大な景色を十分楽しむことができました。もしアメリカの友人が来日して一緒に旭川に来るチャンスがあれば、今日私が辿ったように北鎮記念館を見せて、アイヌ記念館を見せて、美瑛町の小麦畑の景色を見せて、富良野の花畑を見せて、十勝岳の麓の温泉宿で一泊させたいと思いました。