2016年8月31日水曜日

昨日まで講演の準備に集中していて国内からも海外からもメールが貯まっていて気になっていたのですが、今日やっと皆さんに返信ができて肩の荷が下りました。
弘前大学で開催される松枯れ防除実践講座での講演で使うスライドを、せっかくなので千葉県成田市の甚兵衛の森の松枯れ調査を一緒にやっている樹木医の何人かにも送りましたら、千葉の樹木医会でも話してもらえないかとの打診がありました。早速、喜んでOKと返信しておきましたが、あとは日程がうまく合うかどうか・・。私の話が樹木医の皆さんのお役に立つのでしたら、こんな嬉しいことはありません。

午後から水元公園Cブロックにウォーキング/ジョギングに出かけ、1時間半運動してきました。
不動池に寄りましたら、幸運なことに私の到着に合わせるかのようにちょうどカワセミが飛んできて、目の前の小枝に留まって何回も水面にダイビングしてくれましたが、私のカメラでは残念ながら水に飛び込む瞬間や餌を咥えて飛び立つ瞬間は撮れませんでした。もしかしたら、カメラを三脚に固定して連写のモードに設定すれば撮れるかもしれません。SDカードに余裕がある時にいつか一度試してみようと思います。
修景池の方の杭には、私には名前のわからないトンボが留まっていました。歩道には草むらからショウリョウバッタと思われる大きな緑色のバッタが飛び出してきました。
昨日銚子市の犬吠崎の沖を通過した台風10号の風の影響か、ザクロの実が一つ木から落ちていましたので、拾って家に持って帰ってナイフで2つに割ってみましたら、まだ熟していませんでした。これで、ザクロの実はかなり大きく育っていてもまだまだ熟す時期ではないということがわかって満足しました。






 

2016年8月30日火曜日

先日報道された高畑裕太君の強姦致傷事件について、母親の高畑淳子さんが取材会見をしたことを批判する記事が目に留まりました。
http://bylines.news.yahoo.co.jp/ogawatamaka/20160829-00061632/
報道に接して、私も市橋達也君が起こした事件とちょっと似ているところが気になっていました。女優業をしている母親としては、どうしても一度は取材会見をせざるを得なかったのでしょう。リンゼイさんは亡くなってしまったのに対して、今回の事件の被害者は生きているという点で罪の重さに大きな違いはありますが、親としては息子の育て方を間違ったと謝罪するしかなかったのだと思います。その上で、親子の関係は続く(罪を犯した息子の更生を手助けする)と言いたかったのでしょう。被害者への謝罪や配慮が足りないという批判・非難もわかりますが、本来、すでに成人になっている息子の責任を親がどうとるのかという議論もあるような気がします。
私は市橋達也君の親ではありませんが、千葉大学時代に空手部で指導をした部員の一人だったということと、私が勤務していた千葉大学の元学生だったという関係で、「適正な裁判を支援する会」を立ち上げて支援活動をしたことに対して、強姦殺人犯をかばうとはとんでもないという批判・非難を一部の人から受けました。市橋君の犯した罪をかばったことは一度もありませんが、私と関係のあった元学生が地獄の底に落ちた時に、引っ張り上げるために手を差し伸べたことは元教師として当然だと今でも思っています。
被害者はこれから長い時間苦しみをかかえて生きていかなければならないのでしょうが、大事なことは、どんなことになっても「息子と親子の関係は続く」と言った母親を社会が寄ってたかって責めるのではなく、こういう犯罪が起こらないようにするには何が必要か、事件をあらゆる角度から検証して学ぶべき教訓を見つけることではないかと思います。

午前中に松枯れ防除実践講座のスライドを見直してから宅ファイル便で発送しました。
一度南下してUターンして北上してきた台風10号は、千葉県の東端の銚子市の犬吠崎沖をかすめただけで、さらに北上して東北の方に行ってしまいました。雨が止んだ合間にと思って、車で大網白里市砂田(いさごだ)の水田を見に行きました。千葉大学現職の時に、何年間も棚田を借りて学生諸君と一緒に農薬の生態影響を調査したところです。
早場米の産地ですので半分以上の水田はすでに稲刈りが済んでいて、中には切り株からひこばえが生えている田もありました。驚いたことに一部の水田は転作してダイズ畑になっていました。
棚田のあったところに上ってみたら、昔と同じでニホンアカガエルがピョンピョン出てきました。地元のリーダーのH氏には会えませんでしたが(山の上の畑に出ていて)、庭の片隅の壊れかかった物置や、裏庭の竹林や、見覚えのある景色が残っていました。草むらの中にサクランボのような綺麗な赤い実をつけた木がありましたが、多分野鳥が実を食べて種を運んできたのでしょう。
この辺り一帯は、10月にアメリカからFrank Peoples君が来た時に日本の原風景の一つとして是非見せたいところです。




















2016年8月29日月曜日

一日中机に向かって、9月8日(木)~9日(金)の第12回松枯れ防除実践講座 http://www.jpgreen.or.jp/event/matsu/ での講演で使うスライドの準備をしました。大体できましたので、明日もう一度見直してから主催者に発送できる予定です。

公益社団法人日本木材保存協会 http://www.mokuzaihozon.org/ から連絡があり、平成28年度木材保存士登録更新講習会(12月2日東京、12月6日大阪で開催予定)のテキストを10月14日までに提出するようにとの指示でした。確か6月頃電話で出演の依頼があって承諾しましたが、私がこの講習会で講義をするのは初めてですので、どういう講習会かネットで検索したら、平成27年度の情報が載っていました。
http://www.mokuzaihozon.org/formInfo/form01.html
私以外は建築分野の木材の構造強度などが専門の講師の方々ですので、私に期待されているのは木材保存剤(多くは農薬と有効成分が共通)の安全性の審査内容に関する解説ではないかと思います。
まだ時間がありますので、過去のテキストを送ってもらってフォーマットやスタイルを見てからテキストの構想を練って作成しようと思います。

2016年8月28日日曜日

9月8日(木)~9日(金)に弘前大学で開催される松林防除実践講座での講演の準備をしています。主催者は配布資料を印刷しますので、遅くても2~3日中にはスライドを送らなければなりません。

天気予報は台風10号が関東地方に上陸する可能性が高いと言っています。今日は午後4時頃には怪しげな空模様でしたがまだ雨は降っていませんでしたので、途中でびしょ濡れになってもいいという覚悟で1時間50分ウォーキング/ジョギングにでかけてきました。園芸学部の研究圃場のダイズ畑は雑草管理を全くしていないらしく、ダイズが雑草に隠れて見えなくなりそうです。ちょっと立ち止まって見てみたら、雑草の中には害虫が発生しているものもありました。収穫量の測定が目的ではなく、ダイズも雑草も一緒に緑肥として地面にすき込むのかもしれません。
林床に珍しくタマムシ(多分ヤマトタマムシ)の翅が落ちていました。金属的な派手な色彩は天敵の野鳥を避けるためと考えられているようですが、よくもまあこんな綺麗な色彩を生合成して発現できるものだと不思議な気がしてきます。
旧正門の近くの道路には、以前もクワガタやカブトムシの腹部を食べられた死骸が落ちていましたが、今日はスズメバチ(大きさから多分オオスズメバチ)の死骸がかたまって落ちていました。やはり天敵の野鳥にやられたのでしょうか。その中の1頭にはすでに昆虫の死骸を食べることが知られるコカブトムシらしい甲虫が寄ってきていました。

金町側の江戸川河川敷の野球場は先日台風9号の影響で増水した江戸川とつながっていましたが、今日は水が引いて、少年野球チームが大勢で練習をしていました。みんな生き生きとして元気が溢れた姿でした。
つい先日5人の少年たちが16才の少年に集団で暴行をして殺してしまって河川敷に放置するという悲惨な事件がありました。野球の練習をしている少年たちと同じぐらいの年齢の筈ですが、多分大人たちに放置されて自分たちだけの閉鎖的な世界で生きていて、正常な判断ができなくなっていたのでしょう。最近、通りすがりに女性を次々にナイフで刺した別の少年の事件もありました。いつの時代にもこういう理性を欠いた気違いじみた事件はあるのでしょうが、周囲の大人たちや社会がもっと子供たちに関心を示していればと思ってしまいます。

水元公園Cブロックの不動池の水面上に突き出た木の枝には、いつもはカワセミが留まって水中の小魚を狙いますが、今日はアオサギが留まっていました。
ザクロもカリンもマテバシイのドングリも段々熟してきています。ザクロはもいで中を割って食べられる状態かどうか確かめたい誘惑に駆られましたが、本当に熟せば自然に割れる筈だと思って我慢しました。
帰りに松戸側の河川敷に降りるスロープを1往復だけ走って上り下りしてトレーニングしました。河川敷に自生している胡桃(クルミ)の木の下で中国語で話している3人の男性が長い棒の先に鉤(かぎ)を付けてクルミの実を採っていたので、これを食べるのかと訊いてみました。果肉は毒だが(有毒成分がある)、中に入っている核を割ってその中身を食べると脳に効果があって体にいいとのことでした。この頃の日本人は、柿も栗も無花果(いちじく)も胡桃も木になっているものを採って食べるということをあまりしなくなってしまいました。

















2016年8月27日土曜日

ネットで予約したホテルは私のミスで朝食を予約してありませんでした。このところ運動不足で太り気味なので、そのまま朝食なしに電車で清水駅まで行ってレンタカーを借りて三保の松原に行きました。土曜ということもあってか多くの観光客が来ていましたが、中国語を話す人が多かったような気がしました。多分、日本の観光名所として何かに案内記事が掲載されているのでしょう。

グラウンドゴルフ場周囲の松林の中に新たに枯死進行中のマツが1本ありました。周辺の木は誰かが調査をしたらしく、マツノザイセンチュウの有無を調べるDNA診断用の材片を採取した跡がありました。
前回の調査でクロカミキリ成虫が多数飛来していた東海大学研修会館入口付近の松林の様子を見に行きましたら、前回は1本だけ枝枯れ状態だったのがさらに数本が枯死状態でした。近くの松林にも枯死した大きなマツが4本ありました。
これらの松林は民有林だと思いますが、伐採する時に連絡してもらってマツノマダラカミキリ成虫による当年枝・1年枝の後食痕の有無や、枝や幹の幼虫の穿入孔の有無などを調査させてもらえればと思いますが、静岡市治山林道課の所管でないとすると、難しいかもしれません。本当は伐採後、根も掘り起こして根がクロカミキリ幼虫に食害されているかどうかも調査したいところです。一応、静岡市役所の担当者に連絡して打診してみようと思っています。
枯死原因を解明してそれを防ぐ対策を打たないと、このままではこの辺りの巨木の松はいずれ全滅してしまうことが心配です。

ちょうど12時頃静岡駅に戻ってレンタカーを返却して、新幹線で名古屋に行きました。名古屋駅前にはしゃれたデザインの巨大なビルが建ち並んでいますのでいつもすごいなあと思って見上げてしまいます。地下鉄で八事(やごと)駅まで行き、お墓参りをしてきました。今年初めてでしたので、砂利や石と石の間からずい分草が生えていて、引っこ抜いてきれいにするのに1時間ぐらいかかってしまい、汗びっしょりになりました。いつも、本山家と同じ場所にある母の母方の荒川家(お墓を守る人がいなくなった)と、少し離れたところにある太田家(元岐阜大学教授だった太田更一先生は母の従弟だったと聞きました)と3つのお墓をお参りすることにしています。太田先生は水の専門家で、私が名古屋大学の大学院生だった頃お目にかかったことがあります。
いつもお花を買う石材店にバケツを返すついでに少し休んで、八事の墓地はいつ頃できたのかと訊いてみたら、大正時代だとのことでした。当時は人里離れた山の中だっただろうなと想像しました。名古屋は戦争(第二次世界大戦)中に米軍の空襲で町が焼野原になったので戦後市内のお墓を郊外に移転したと聞いていましたが、八事の墓地はそれより前にできていたことになります。あるいはすでにできていた墓地に市内に散らばってあったお墓を戦後移転したのかなと思いました。それにしても、荒川家は尾張藩の上級武士だったと聞いていますがどうしてクリスチャンだったのか、不思議です。今と少し離れた場所にあった荒川家のお墓には大きな十字架があったと聞きました。母の父(穂坂秀一)が母の母と出会って結婚したのも名古屋にあったキリスト教の教会だったとのことです。
仕事の関係で遠くに住んでいたり、忙しい現代の生活ではなかなかお墓参りもできなくなりましたが、こうしてお墓の掃除をして新しいお花を供えて、手を合わせて亡くなった人に家族の無事の報告をして語りかけると清々しい気持ちになります。お墓は亡くなった人が安らかに眠る場所と言うよりも、生き残った人が亡くなった家族や先祖に語りかけて心の安らぎを得る場所だなと思います。