2010年2月20日
市橋君が身柄を確保されたのは昨年の11月10日だから、すでに3ケ月以上が経過したことになる。人気横綱の引退や有力政治家の不起訴決定や冬季オリンピック開催など、注目を集める新しいニュースが毎日どんどん出てくるので、市橋君に対する社会の関心は薄れつつあるようにも見える。メディアからの取材申し込みも、潮が引くように来なくなった。私にとっては、元学生はどんなに時間が経過しても元学生なので、重大犯罪の被疑者・被告人になっているとはいえ、彼が現在どういう身体的、精神的状態にあるのか、常に気がかりである。できれば一日も早く面会(接見)したいと思って、友人の弁護士を通して紹介してもらった市橋君の弁護を担当している菅野 泰(スゲノ ヤスシ)弁護士と電話で会話をしたが、まだ当分は裁判所のルールで弁護士以外は接見禁止のようだ。菅野弁護士も私が本サイトに書いた記事(#9と#10)については御承知で、最近私に会いたいとの申し出をいただいたので、1月28日に法律事務所にお訪ねし、一緒に弁護を担当している山本宏行弁護士も同席した中で市橋君の置かれている最近の状況を伺ってきた。
秋葉原の無差別殺人犯の弁護士に対して、ネット上に何故あんな凶悪犯を弁護するのだといった非難の書き込みがあるそうだが、市橋君の弁護を引き受けるにはそれなりの覚悟が必要なのだろう。千葉県弁護士会の中に、弁護人のいない被疑者にも弁護士を派遣する制度を立ち上げた菅野弁護士の呼びかけで、6人の弁護士が手を挙げて市橋君の弁護を引き受け、二人一組のチームを作ってこれまで毎日交代で接見してきたとのこと。
昨年11月、警察に追い詰められて逃げ場を失った市橋君は、沖縄行の船に乗り損ねた時は、もうどこかで野垂れ死にするしかないと覚悟していたそうだが、身柄を拘束された後は拘置所の中で絶食死しようと考えていたらしい。それが、弁護士の説得で食事も摂るようになり、弁護士との信頼関係も徐々に培われ、ついに3年前の事件の全容も話したようだ。独房の中の市橋君は、裁判で刑が確定するまでは推定無罪の原則で、ラジオを聴くことも新聞を読むこともできる状況とのこと。日英語併記の聖書と英語の辞書を差し入れてもらったそうなので、英語の勉強を続けながら聖書を読んで自分の犯した罪と毎日向き合っているのかもしれない。
こういう様子をご両親にお伝えしたいと思って、先月末に所用で名古屋に行ったついでに足を伸ばして岐阜県の実家を予告なしで訪問してみたが、残念ながらお会いできなかった。しかし、郵便受けに残してきた私のメモに対して、お父様・お母様から丁重なお手紙をいただいた。私と会えなかった非礼のお詫びに続いて、学生時代から私に空手の指導を受けていたことを息子から聞いていたこと、事件直後から私が市橋君に自首を呼びかけてくれた(テレビに出演して)ことへのお礼、息子のしたこととその結果として息子が置かれている現在の状態に直面して、身を切られるような思いと苦しい胸中が切々と記してあった。こういう状態にある息子を親として抱きしめてやりたいと思う半面、リンゼイさんの失われた命とそのご家族の悔しさ、悲しみ、事件が社会に与えた影響を考えると、息子をかばう行為は許されないので、これからも息子にも弁護士にも会わず、ただ遠くで裁判の行方を見守るしかないとの決意(それが親としての責任の果たし方とのお考えで)を固めておられると見受けられた。
私には詳細はわからないが、ご両親とも医師としての職業もお辞めになったと聞いた。事件発生以来3年以上も連絡を絶ったままの息子の窮状を思えば、どんなにか会って声をかけたいだろうに、自らを厳しく律しておられる様子。リンゼイさんのご冥福と、息子の身体、精神的安楽へと導かれることを願い祈っているとの言葉に、どうすることもできないつらい親の心を感じた。また、会えなくても息子には自分たちの気持は通じると信じているとの言葉に、このご家族には、私たちの想像を超えたお互いへの深い思いやりと信頼関係があるのかもしれないと感じた。
菅野弁護士によると、現在は公判を始める前の段階で、4月頃から裁判員裁判のための公判前整理手続が始まる予定。そこで、秋以降に予想される裁判の開始に向けて、裁判官の前で検察官と弁護人がお互いの主張(言い分)やその根拠となる証拠の提出を行い、双方が提出された主張や証拠に対し、手続の中で反論・検討することとなる。検察側は、死体遺棄、強姦致死、殺人という3重の罪状で死刑の求刑も予想されるとのこと。一方、市橋君が弁護士に話した当時の状況では傷害致死罪が相当で、検察側の主張とは異なるようだが、実際に何が起こったかはいずれ裁判で明らかになるのだろう。
今回のような重大事件で被疑者・被告人に経済的能力がない場合は、国が弁護費用(最大3人分まで)を払う国選弁護の対象になる筈だ。しかし、菅野弁護士を代表とする現在の弁護団との間に培われてきた信頼関係に今後を委ねたいという市橋君の強い要望で、私選弁護を続けることになったとのこと。そうなると、元々市橋君の弁護活動はボランティアで始めたので弁護費用が皆無なのは覚悟の上でも、裁判費用(例えば、検察側の持っている膨大な証拠資料の複写費や、市橋君の郷里の岐阜県に行って彼の人間性に関する証言や資料を集めて来る旅費など)が全くないというのは、弁護団が活動をする上で大変苦しい状況のようだ。このままでは、適正な裁判を期待できないということになりかねない。
いろいろな要素が重なって、メディアの異常な注目を集めた事件だけに、市橋君にとっては厳しい裁判が予想される。犯した罪に相当する償いをしなければならないのは当然だが、元教師としては、元学生の市橋君に適正な裁判を受けさせたい。そのために、弁護団が十分な裁判活動ができるように、「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」(規約)を立ち上げ、最低100万円くらいの目標で募金活動をして、裁判費用の支援をすることにした。趣旨にご賛同の方は、いくらでも可能な額で結構なので、以下の口座に支援金を送金していただければありがたい。
郵便振替口座名:市橋達也君の適正な裁判を支援する会
口座番号:00140-9-773866
代表:本山直樹
(東京農業大学客員教授/千葉大学大学院名誉教授)
なお、支援金を送金してくださった方々には、私から個々にお礼と支援金受取りの報告をさせていただくので、それによって間違いがないことを確認していただきたい。また、支援金は私の責任において全額を菅野弁護士にお渡しし、収支決算や使途などは、厳密に会計監査を行った上で公表するのはもちろんである。
人は誰でも、生きている間に大なり小なりの間違いや失敗を経験する。そういう間違いや失敗を教訓として、成長していくのだろう。市橋達也という青年は千葉大学を卒業し、これまで育ててくれた両親の大きな期待を背に、本来は将来に向かって大きな夢を抱いた前途洋々の青年だった筈だ。それが、当時どういう心理状態だったのかは不明だが、一時的に心神喪失としか言いようのない状態に陥って道を踏み外し、取り返しのつかない大きな間違いを犯した。その結果、やはり将来に大きな夢を抱いていた筈の一人の若い女性の命が無残にも亡くなったのだから、市橋君はこれから一生をかけてその償いをしなければならない。それでも元教師としては、道を踏み外した元学生に救いの手を差し伸べてやりたい。この青年が、自分の犯した間違いを反省し、亡くなったリンゼイさんとそのご家族に心から謝罪し、何年かかるかはわからないが、罪を償った上で残りの人生をやり直す機会を与えてやりたい。私の知っている市橋君は、それにしっかり応えてくれる筈である。
(この文章は、本山直樹 Websiteに2010年2月20に載せた記事を再掲したものです)