11月19日が締め切りだった特定農薬に関するパブコメの意見書を17日にメールに添付して提出しました。念のためにFAXでも送信しておきました。環境省からも農水省からも、内容に関する返信も、意見書を受領したという通知もありませんが、パブコメというのはそういうものなのかもしれません。折しも、先の国政選挙で圧倒的多数を占めた現内閣は、国民の言論の自由を封じて戦争に突き進んだ戦前の治安維持法を想起させるような特定秘密保護法案を大多数の国民の不安感を無視して強硬に通そうとしていますが、特定農薬問題が国民の気がつかないところで既成事実化することのないように、提出した私の意見を以下にコピーして公表しておきます。
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中央環境審議会土壌環境課農薬小委員会事務局
環境省水・大気環境局土壌環境課農薬環境管理室 御中
電解次亜塩素酸水等を特定農薬として指定することに対する意見
2013年11月17日
住所 〇〇〇〇
本山直樹
千葉大学名誉教授/元農水省農業資材審議会農薬分科会長
電話 〇〇〇〇
(ストーカー行為の対象にならないように、上記個人情報のうち、住所と自宅電話番号についてはご配慮下さい)
1. はじめに
私は、農水省農業資材審議会(農薬分科会)委員を2008年12月に満期で退任するまで10年間務め、最初の2年間を除く8年間は農薬分科会長の役割を果たし、最後の2年間は農業資材審議会長の任にもありました。また、2003年の農薬取締法一部改正の施行に先立って設置された特定農薬小委員会の委員長も務めましたので、掲題の問題については熟知しております。
この度、ある有機認証機関の代表をしている友人から掲題の問題についてパブコメが実施されているという情報提供があり、意見も求められました。この機会に当時の記憶をたどって、私が在任中の掲題の問題に関する審議の様子と、当時指摘された問題点についての情報提供と、私の意見を提出したいと思います。
2. 法律改正時の背景
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2002年頃に(ネガティブリスト制度を採用していた当時の農薬取締法の盲点をついて)外国から無登録農薬が直輸入されて全国各地で使用されている実態が明らかにされました。食の安全に関する国民の不安感が増大したことを背景に、当時の武部農水大臣が今国会中に農薬取締法を改正すると発言し、国民や有識者の意見を十分聞く間もなく拙速に法律改正が行われました。
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農薬に関する重要な事項を審議することが任務の農業資材審議会に諮らなくてもよいのかという私の質問に対しては、法律の改正は国会の審議事項だからその必要はないとの形式論から、多様な構成員から成る審議会の多様な視点からのチェックなしに、役所の視点だけで改正案が作成されました。その結果、2つの大きな問題点を生じました。
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1つは、無登録農薬の輸入・販売・使用を禁止したのはよいのですが、マイナー作物(多くは地域特産物として重要)には当時ほとんど登録農薬がなかったという問題です。この問題については、農水省は問題の存在を把握後、直後の応急的な経過措置の採用を含め、その後登録促進の事業を進めて対応し、その努力は現在も続いていると理解しています。
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もう1つは、無農薬栽培をやっている人たちの農薬代替防除資材を確保するために、農薬登録を必用としない特定農薬という制度を作ったという問題です。これには考え方自体に無理があるので、ご承知のように法律施行後10年経過した今日に至るまで問題が継続しています。
3. 特定農薬候補資材の検討過程
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当時、特定農薬候補資材の調査をし、各都道府県や個人から情報を収集して重複を整理した結果、確か約740資材(手元に資料がないので数字は不正確)が残りました。
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2002年12月20日に開催された審議会で約740資材のリストが6名の委員から構成される特定農薬小委員会委員長の私に渡され、2003年3月の法律施行を控えて、2003年1月10日までにリストの中から特定農薬として指定できるものを選定するようにと依嘱されました。判断材料になる資料はほとんどなく、年末年始のわずか20日間で結論を出すようにという、まさに“丸投げ“の依嘱でした。
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農水省からは当初「薬効」(防除効果の有無)は問わずに判断してほしいと言われましたが、6名の委員は、そもそも1948年の農薬取締法制定の背景にはその当時小麦粉を袋に入れてDDTと称して販売するなどのまがい物農薬を取り締まる必要があったということと、特定農薬制度の公表によってビジネスチャンス到来とばかりに色めきだっている業界の存在(私のところにも多くのロビー活動がありました)を考慮して、同様の弊害が起こらないようにするためには、特定農薬といえども薬効・薬害と安全性については科学的な根拠が必要という判断基準を採用することで一致しました。
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安全性については、単に収穫された農産物を食品として摂取する消費者に対する安全性だけでなく、散布作業者、周辺住民、環境(非標的生物や生態系)に対する影響をも評価対象にすることにしました。
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6名の委員全員でメール会議を実施し、薬効・薬害と安全性について段階制(指定してもよい、よくない、判断できない、等)で評価をし、2名以上の委員が総合評価で特定農薬として指定してもよいとする資材があれば、その資材に関する詳しい資料を収集してあらためて全員で検討するという方法で評価をした結果、2名以上の委員が指定してもよいとして一致した資材は一つもありませんでした。
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その結果2003年1月10日に提出した特定農薬小委員会の正式回答は、この中(約740資材)に特定農薬として指定できるものは一つもありません、というものでした。
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数日後、農水省から農薬対策室長と課長補佐が当時私が勤務していた千葉大学に来学され、3月の法律施行時に特定農薬の別表の中に資材が一つもないのでは困る、次官も局長も心配しているので何とか再考してもらえないかと言われました。
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そこで急遽私の研究室で全候補資材について再度見直して、残りの5名の委員は私が後日説得して事後承諾を得るからということで、私の独断で①食酢、②重曹、③地元で採れた天敵の3つを選びました。①と②は過去に農薬登録があったので、薬効・薬害と安全性については一応審査済みで評価がされているということで選びました。③については、業者によって販売される天敵は、外国又は国内の工場内で大量培養・増殖される過程で遺伝的多様性が失われる可能性があり、そのような天敵の大量放飼によって地域の生態系に影響を与える可能性があるので、生物農薬としての審査が必要だが、地元で採れた天敵を地元で使う分(例えば、自分の畑で採集したテントウムシをビニールハウス内に放飼してアブラムシを捕食させるなど)にはその心配がないということで選びました。
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その後、私の委員在任中に環境省と農水省の合同会合でいくつかの有望とされた資材が検討されましたが、いずれも問題点が指摘されて特定農薬として指定できませんでした。
4. 特定農薬制度の問題点
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多くの資材を特定農薬として指定できなかった主な理由は、①薬効・薬害ならびに安全性について評価できる科学的なデータがなかったことと、②登録農薬のように品質や使用基準を記載したラベル表示が義務化できなかったからです。
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特に②については、制度自体が抱える矛盾で、当初特定農薬小委員会が特定農薬に指定できる資材を一つも選定できなかったことや、その後約10年経過したにもかかわらず当初指定した3資材以外に追加指定ができていない主な理由です。
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科学的にはどんな資材でも絶対的に安全ということはあり得ず、資材の有害性(ハザード)の程度に加えて、曝露量によって(すなわち使用方法によって)安全か安全でないかリスクの大きさが決まります。
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日本人の食生活に欠かせないワサビに含まれる揮発性の辛味成分アリルイソチオシアネート(AIT)はその好例です。ワサビの抗菌活性によって私たちは刺身を安全に食べられるだけでなく、消化液の分泌を高めて食物の消化や吸収をよくするという効果や、抗がん作用・抗酸化作用・脳血流改善作用もあると言われています。
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一方で、ワサビに含まれるAITの哺乳動物(ラット)に対する急性経口毒性は112mg/kg、経皮毒性は88mg/kgとされていて、農薬として使用されているフェニトロチオン(各々570mg/kgと890mg/kg)やジノテフラン(各々>5,000mg/kgと>2,000mg/kg)と比べて著しく毒性が高く、War Gas(戦争で使う毒ガス)としての用途もあるとされています。つまり、ワサビの安全性は適切な摂取量によって確保されているということです。
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私の在任中の農業資材審議会で、特定農薬にも登録農薬と同じように品質(含まれる成分)や使用方法を記載したラベル表示を義務化できないか農水省に打診しました。その結果、原材料に照らして安全なものを指定するのだから、資材の品質の振れや使用方法によっては必ずしも安全でないものは元々除外される筈なので、ラベル表示は義務化できないというのが内閣法制局の見解だという回答でした。
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昨今メディアを賑わしている一流ホテルのレストランでさえ食材の産地偽装や材料の名称偽装が横行していたという実態からも類推できるように、ラベル表示がきちんと義務化できなければ、特定農薬についても販売戦略として誇大広告や原材料偽装が横行する可能性が高く、人間の口に入る作物に使用するにもかかわらず使用方法を規制できず、国民の食の安全が確保できないことは明らかです。
5. 電解次亜塩素酸水について
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電解次亜塩素酸水については、私が座長を務めた農水省と環境省の合同会合において検討されました。特定農薬が増えないことで批判を受けて困難に直面していた当時の農水省への配慮もあって、私はすでに一部で実用化されているこの資材を特定農薬に指定してもよいという姿勢に傾いていました。
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合同会合では、環境省側の水問題に詳しい委員からいくつかの厳しい指摘がありました。それらを含めて、電解次亜塩素酸水について問題と考えられる点は以下の通りです。
(1)何を指定するのか-水、原料の塩、電気分解装置?
(2)原料の塩の不純物によっては危険な成分が生成するという指摘
(3)土壌中の有機物と反応してダイオキシンが生成する(東京都化学研究所公表データ)が、どの異性体がどの程度発生するのか?
(4)東京湾のヘドロには禁止された除草剤クロロニトロフェン(CNP)由来のダイオキシンが現在も蓄積していて、漸減傾向にはあるが大雨が降ると上流域の水田土壌に吸着されているダイオキシンが河川を介して東京湾に流入してダイオキシン濃度が上昇するので、それを再び助長するような資材が使われるのは困るという指摘
(5)電解次亜塩素酸水を散布すると塩素が発生するが、散布ノズル近くで測定した塩素濃度は散布者の健康に悪影響を及ぼす濃度以下と説明された。しかし、散布後に施設(ビニールハウスなど)内で太陽光で気温の上昇時に塩素は発生しないのか、発生するとすれば長時間農作業に従事して長期暴露を受ける農家の健康にとって安全な濃度レベルかどうかのデータがない
(6)薬効・薬害に関するきちんとした試験データはあるのか?
(7)酸性水散布で施設内の鉄骨や機器類を劣化させる可能性は?
(8)原材料に照らして安全なものを指定するのに、原料(塩)や使用方法によって必ずしも安全でないものは矛盾しないのか?
(9)次亜塩素酸水は水とはいえ、人工的に添加した化学物質を含んだ水なので、本来化学農薬と同様に農薬登録の対象では?
(10)そういう意味では、木酢液で実施したように、変異原性試験や亜急性毒性試験が必要では?
・ 私が農業資材審議会農薬分科会長ならびに特定農薬小委員会委員長を退任して5年が経過しましたので、その後の委員会・審議会で上記の指摘事項に対してどのようなデータが提出されて今回のパブコメに至ったのかわかりません。指摘事項は全て解決したのでしょうか。
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電解次亜塩素酸水を作物保護資材として使用する場合の一番の懸念される問題は、食の安全ではなく、広く使われるようになった場合の環境への負荷と農作業従事者への長期経皮ならびに吸入暴露による健康影響の不安ですので、もし上記指摘事項がクリアされていないのでしたら、特定農薬に指定するべきではないというのが私の意見です。
6. 特定農薬問題の解決方法
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特定農薬にきちんとしたラベル表示を義務化して品質、適用作物、防除対象生物(病害虫・雑草など)、使用方法を規制できないのであれば、法律改正をして特定農薬制度自体を廃止するべきだと思います
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その上で、アメリカ合衆国の例にならって、登録農薬の中にMinimum Risk Pesticide というカテゴリー(枠組み)を新設して、安全性に大きな問題がなく、ある程度の薬効も期待できる資材については、比較的簡単な審査で登録を認可してラベル表示を義務化すれば、有用な資材を活用できてかつ安全性も確保できるのではないでしょうか。
参考:ここから先は公開すると特定の個人や法人が不利益を被る恐れがありますので、部外秘として委員会や審議会内だけの検討資料に留めて下さい。
7. 〇〇〇〇について
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すでに農薬登録があって正々堂々と販売ができるのに、何故わざわざ特定農薬に指定してほしいのかという私の質問に対して、農薬登録があるからビジネスが伸びないという驚くべき回答をしました。つまり、登録があるとラベル表示が義務化されていて使用基準が明記されているので、それ以外の用途には宣伝も販売もできないということでした。つまり、特定農薬に指定してもらえば、薬効も安全性も農水省に担保されているということで、どんな植物にもどんな病害虫・雑草にも宣伝効果で販売できる、ということでした。
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まさに私たちが特定農薬制度で恐れていた詐欺商法が狙いでした。
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結局〇〇〇〇については、上記合同会合で環境省側の委員の、----という厳しい発言もあって、特定農薬に指定しませんでした。
8. 特定農薬「食酢」について
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一般に食用に流通している「食酢」の2倍の酢酸を含有し、農業用以外には使用しないで下さいという防除専用資材を「食酢」と言えるのかという疑問があります。
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対象病害虫欄の、「一般農作物」「病害一般の防除及び害虫の忌避」という表現は、あたかもあらゆる農作物のあらゆる病害虫に効果があるような印象を与える誇大表示のような気がします。
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以下は〇〇〇〇の宣伝です。
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農林水産省認定特定防除資材と称し、有機JAS適合資材を謳いながら、特定農薬ではないニームや木酢液との混合使用をより効果が高いとして奨励しているのは、不適切です。
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これらの例でもみられるように、特定農薬制度は、1948年の農薬取締法制定当時のように薬効がないまがいもの農薬や、2003年の同法の一部改正当時のように、安全性が確保できない農薬代替品を助長する恐れがあります。
9. 木酢液・竹酢液について
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木酢液について検討をした時は、農水省(林野庁)や木酢液関連業界が特定農薬に指定してほしいという強い意向を示しましたが、私たちは次の理由で強く反対しました。①薬効も安全性も資材に含まれる成分によって異なるのは当然で、木酢液は材料の木や製造温度によって成分が大きく異なり、一つの資材として扱うのは無理がある、②木酢液の作物保護効果についてはきちんとした科学的データがない、③農家の体験談として効果があったという資材には化学合成農薬が混入されていた、④木酢液の中にはメタノール(視神経に有害)やホルムアルデヒド(シックハウス症候群の原因物質とされている)やベンツピレン(ヒトに対する発がん物質)のような有害物質が含まれているので安全ではない。
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①については、その後千葉大学の私の研究室で多くの市販の木酢液や炭焼き小屋に行って煙の温度別に製造した自家製木酢液の分析を行ったところ、成分組成には大きな振れがあり、特に高温部分の煙から製造した木酢液には有害物質が含まれることがわかりました。
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②の殺虫活性については、数種害虫(イエバエ、モモアカアブラムシ、ホソヘリカメムシ)に対して試験を実施し、実用的な殺虫活性も忌避活性もないことがわかりました。
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②の殺菌活性については、数種植物病原菌(インゲン灰色かび病、キュウリうどんこ病、キュウリべと病)を供試して、培地上では若干の効果を示しましたが、実際の植物に接種したこれらの菌に対しては防除効果がないことがわかりました。
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④の安全性については、umuテストを実施して、供試した全ての木酢液は変異原性陽性であることを明らかにしましたが、木酢液が変異原性陽性を示すことは、その後〇〇〇〇研究所で実施したAmesテストでも確認されました。
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その後〇〇〇〇研究所でラットに対する90日間連続投与試験が実施され、木酢液の投与濃度依存的にあるホルモン分泌に関わる臓器の重量が減少するという結果が得られましたので、その時点で木酢液の特定農薬指定の可能性は完全になくなりました。
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また、ある養豚農家が健康ブランド品として販売している低コレステロール豚肉は木酢液を餌に混ぜて食べさせて作っているということから、木酢液には哺乳動物のホルモン生合成系に影響を及ぼす可能性も指摘されました。
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しかし、〇〇〇〇研究所の成績検討会(私も委員として出席)では、私の要請で(成績検討会は内部の非公開の検討会であるという理由を使って)これらの試験結果は非公開にすることになりました。私が当時そのような要請をしたのは、当時木酢液業界では特定農薬に指定されれば大きなビジネス展開ができるという期待が高まっていましたので、社会の混乱を避けるために、それまで木酢液を奨励し業界を育成してきた林野庁(成績検討会に出席していました)に業界を指導して木酢液に終止符を打つ時間的な猶予を与えたいという配慮からでした。
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しかしその後実際には私の期待したような動きにはならず、木酢液はいまだに市販され、特定農薬の候補リストにも残っているということは不可解かつ残念です。
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