東京の日本教育会館「一ツ橋ホール」で、一般社団法人日本植物防疫協会(略称 日植防)主催の「病害虫被害の近未来を考える」と題したシンポジウムが開催され、私も聴講してきました。
日植防理事長の早川泰弘氏の挨拶に続いて、4題の講演と総合討論がありました。いずれも素晴らしい内容で、大変勉強になりました。
気象庁の高槻 靖博士の「近年の異常気象の実態と予測されている変化」は、異常気象の定義(原則として30年に1回以下の頻度で発生する現象)から始まり、世界と日本の気温の長期変化(温暖化)を1890年から2020年までのグラフや生物指標(さくらの開花日が早まっていることやかえでの紅(黄)葉日が遅くなっていることで示しました。また、気候変動要因には、内部変動(自然的要因:エルニーニョ現象など)、外的な強制要因(自然的要因:火山の噴火や太陽活動の変化など)、外的な強制要因(人為的要因:二酸化炭素濃度の変化や土地利用の変化など)があることを説明し、温室効果ガスとして、二酸化炭素(CO2)濃度、メタン(CH4)濃度、一酸化二窒素(N2O)濃度の長期変化のグラフを示しました。
農水省農研機構の山村光司博士の「気候変動が我が国の病害虫発生様相にどのような影響を及ぼすか-統計処理による予測の問題点-」は、先ず「温暖化影響の統計的評価の難しさ」として縦軸にある統計値と横軸に世界の平均気温偏差(℃)をとったグラフを示しました。いかにも見事な相関関係があるように見えるが、実は縦軸は世界の人口なので、地球温暖化が原因で人口が増えているわけではないので、それぞれの変量は別々の理由によって影響を受けているにもかかわらずそのまま回帰分析を行うとあたかも因果関係があるように見えるということを警告しました。
体調不良その他を科学的な根拠なしに短絡的に農薬が原因と決めつける反農薬活動家グループの論法とよく似ているなと思いました。
農水省植物防疫課の古畑 徹防疫対策室長の「近年我が国で新たに発生が確認された病害虫と今後警戒すべき病害虫」は、行政の立場から、先ず病害虫発生には「病原」「作物」「環境」の条件が関係することを説明し、近年日本で注目を集めている病害虫発生事例として、2016年のタマネギべと病、2018年のリンゴ黒星病、2019年のトビイロウンカ、2019年のサツマイモ基腐(もとぐされ)病、2019年のツマジロクサヨトウの例を挙げました。ツマジロクサヨトウは英語ではFall Army Warm(略称 FAW)と言い、海外から侵入した害虫で、現在被害の拡大を防ぐためのいろいろな対策がとられているとのことでした。それに関連して示した沖縄等に侵入したウリミバエとミカンコミバエの根絶に莫大なコスト(26年、254億円、従事者数延べ63万人)がかかったという事実は、侵入病害虫の防除がいかに大変なことかをあらためて認識させられました。私が今でも取り組んでいる松くい虫問題も同様で、日露戦争中の1905年に長崎県にアメリカから輸入した松の丸太に寄生して侵入したと推定されているマツノザイセンチュウが在来のマツノマダラカミキリと共生関係を確立して、今でも全国の松を枯らしていて対策に苦労をしています。
農水省農研機構の秋月 岳博士の「ツマジロクサヨトウの日本への侵入状況と生態の概要」は、元々アメリカ南部のメキシコと接したテキサスの辺りやフロリダの南部の辺りから北上してきた本種の生態と、それがアフリカに侵入し、インド、アジア、日本と拡大してきたことを説明しました。私にとって特に興味深かったのは、アメリカ南部では主にイネを加害する系統とトウモロコシを加害する系統が知られていて、日本に侵入してきたのはトウモロコシを加害する系統と似ているが、遺伝子解析では両方の系統や交雑種のような系統もあるということなので、必ずしも系統隔離が起こっているということではないという説明でした。
いずれにしても、日本に侵入する前に多くの殺虫剤で防除されている筈なので、被害が拡大する前に抵抗性の検定や有効な殺虫剤の登録が必要だということです。
講演後は野田隆志氏と門田育生氏の司会で総合討論が行われましたが、フロアから多くの質問、意見、行政への要望などが出され、大変有意義でした。