2021年1月31日日曜日

午後から自宅で空手着に着替えて基本の稽古と筋力トレーニングをしてから、ジョギングの運動着に着替えて、園芸学部構内を通って矢切の農耕地に行って運動をしてきました。 昨日は園芸学部構内に多くの車両が停まっていて、洗心倶楽部の建物前で何かのテレビドラマの撮影をしていました。今日も多くの車両が停まっていて事務室前で撮影をしていました。近くを通ったら、監視をしていた人に一般市民と思われたらしく、近寄らないでくださいと言われましたので、私はここの関係者(一応名誉教授ですので)ですと応えたら、自分もここの者ですと言っていましたので、多分教授会が撮影の許可を出して、日曜にもかかわらず事務職員が監視をしていたのでしょう。何の番組ですかと訊いたら、自分もわかりませんが、事務室の外見が病院に似ているのでここの場所で撮影したいと言われたとのことでした。 私が現職だった時代に、市橋達也君の問題が起こり、マスコミ関係者が取材に殺到して建物内に勝手に入り込むという事件がありました。園芸学部の映像や名前が犯罪との関係で報道されるのを嫌った大学が、マスコミの学内立ち入りを禁止したり、教職員が取材を受けることを禁止したことを思い出しました。今考えてみると、教職員が取材を受けることの禁止は、人権(個人の意思を表現する自由)の侵害のような気もしますが。 今回のようなテレビドラマの撮影の場合は、大学の悪いイメージ形成ではなく、むしろ大学の宣伝に役立つという判断で許可をしたのかもしれないなと思いました。
JR常磐線の陸橋からは園芸学部の旧正門とその両側の斜面林が見えますが、今の時期は広葉落葉樹は完全に落葉して裸になり、針葉と広葉の常緑樹だけが緑の葉を付けています。 近隣民家の庭のクチナシの木は、時期には白いよい香のする花を咲かせますが、今の時期は橙色の実がなっています。橙色の花が咲いているように見えたのでよく見てみたら、花ではなく野鳥が実を突て食べた跡のようでした。
矢切のキャベツの苗を定植した畑には防鳥ネットが被せてありました。 矢切の農耕地はネギ畑とキャベツ畑がたくさんあり、水田も少しあります。収穫後にトラクターで耕転して次の栽培の準備をしてる畑や水田も見られます。 坂川沿いに自生しているカイズカイブキは当然かもしれませんが、角度によって太陽の当たり具合と気温が違うせいか、黄色の葉と緑色の葉がありました。
頸に大きなロート状の保護具を付けている犬は、足で目を掻いて傷つけるのを防ぐためだそうです。もしかしたら、花粉症でしょうか。2本足で立っている犬は、10分ぐらい平気で立っているとのことでした。室内で飼育されていて、窓から伸びあがって外を見ているうちに2本足で立つ能力を獲得したのかなと想像しました。
帰りはちょうど太陽が沈む時間になりました。

2021年1月30日土曜日

博多万能ネギについて、E氏が追加の情報を送ってくれました。http://press.jal.co.jp/ja/release/201712/004522.html これを見ると、このネギの飛行機を使っての運送は新型コロナウイルス感染症問題で旅客が少なくなったから始めたのではなく、40年以上前の1978年から始まったJA朝倉とJALの協力関係のようです。九州の博多(筑紫平野)で栽培された薬味ネギを遠く離れた北海道や、関東や、関西や、沖縄の消費地に新鮮な状態で届けるために飛行機で運送するという発想が40年以上も前から実施されていたことにちょっと驚きました。                               ノースカロライナ州在住の空手の弟子/友人のMargie さんからのメールでは、ローリー市のHilsborough StにあったSushi Tsune(鮨常)というお鮨屋が閉店したと書いてありました。私がノースカロライナ州を訪問する時は一度は必ず寄って食事をしていたところです。鮨を握っていた日本人の親父(シェフ)ともよく話をしましたので、残念です。私が家族と一緒にローリー市に住んでいた時に日本人がコウベ(神戸)という鉄板焼きの日本料理店を開業し、奥さんとウエィトレスの赤ちゃんを私の妻が頼まれてベビーシッティングをしていました。その後、Daruma(達磨)という日本料理店に変わり、Sushi Tsune(鮨常)はその後にできたお鮨屋でした。コロナ禍でアメリカ人が外食を控えるようになった犠牲でしょうか。                               ノースカロライナ州の西部のMt. Airyという田舎町のThe Hollowsとうモーテルは、私が剣道の弟子/友人のKelly Brown君を訪ねる時は必ず宿泊していた古いおんぼろモーテルでしたが、すぐ近くをArarat Creekという小さな川が流れていて、毎朝川沿いの小路のジョギングコースを歩いたり走ったりできて気に入っていました。Margie さんのメールではそこも売りに出ているとのことでした。老夫婦が経営していましたが、どちらかが亡くなったのか、あるいはここもコロナ禍で旅行客が減って経営が成り立たなくなったのでしょうか。Office(事務室)の壁には、夫がテキサスで仕留めた大きなBobcat(山猫)の剥製が飾ってあり、彼と雑談をして楽しいひと時を過ごしたことを思い出します。売値は$600,000(約600万円)のようですが、Margie さんからのメールには、私とDr. P.V. Shah(インド系アメリカ人はモーテルビジネスをやっている人が多い)とで買ってモーテルビジネスをやる気はないかと、冗談で書いてありました。
巣ごもりでメタボにならないように、今日も午後からウォーキングに出かけ、江戸川の葛飾橋を越えて水元公園Bブロックに行きました。 この寒い季節に水上スキーをやっている人がいました。江戸川堤防から河川敷に下りるスロープは、昔は走って上り下りして負荷をかけたトレーニングによく使いましたが、今はウォーキングがほとんどでジョギングは少なくなりました。
水元公園Bブロックの芝生広場には野鳥が何羽かいてツグミに似ていましたが、よく見るとシロハラという鳥のようでした。クヌギとコナラはすっかり落葉して、地面にはドングリが落ちていました。シラカシは常緑樹で葉が青々と付いていました。
元の東京都水産試験場があった金魚展示場の入り口近くには、大きな生物多様性保全整備工事の予告板が立っていました。予算を獲得するためには、単なる池の整備や歩道の整備ではなく、生物多様性保全整備というのは上手な殺し文句だなと思いました。金魚展示場には久し振りに立ち寄ってみましたが、珍しい金魚が展示してありました。
Bブロックにはいくつかの池や湿地があり、水鳥が見られます。アオサギが頸をすくめていたのは、寒さを凌ぐためだろうなと想像しました。 小合溜では、東京都側と対岸の埼玉県みさと側の両方で野鳥に餌付けをしている人がいて、ユリカモメの他にオオバンやヒドリガモなどが群がっていました。
桜土手沿いの桜(ソメイヨシノ)が、道沿いに設置してあるベンチの上まで枝を伸ばしていました。桜の開花の時期にはこのベンチに座れば、間近でお花見ができるなと思いました。誰かが、落とし物の鍵が目立つように柱の上に置いてありました。松戸側の河川敷にはツグミがいました。オギの枯れ穂の間にメジロ?の群れがいましたが、動きが素早くてシャープな写真は撮れませんでした。