千葉大学祭(11月1日~4日)の期間に合わせて千葉大学校友会(同窓会)総会・ホームカミングデーが西千葉キャンパスのけやき会館で開催され、名誉教授の私にも出席招待状が届きました。プログラムの中に、千葉大学大学院医学研究院の並木隆雄准教授による「漢方薬とサプルメントとの正しい付き合い方」と題した講演がありましたので、出かけてきました。
構内では学生サークルによる露店が並び、ストリートパフォーマンスも行われていましたので大勢の人で溢れていました。学生たちの元気のいい姿を見るのはいいものです。こういう仲間との活動を通して人間として成長していってほしいと思います。
校友会総会では「千葉大学の現状」に関する学長の報告、活動報告と収支決算、活動計画と予算、Curioと呼ばれる校友会ニュース http://www.chiba-u.ac.jp/sns/ の紹介、千葉大学SEEDS基金趣意書の説明と寄付の依頼があり、その後並木先生による講演がありました。さらに、プログラムにはお笑いコンビ「ぱいんはうす」の岸 英明さん(愛称ロペスさん、千葉大学理学部卒)による社交ダンスのパフォーマンス、懇親会が予定されていましたが、私は並木先生の講演を拝聴後退席しました。
学長は、平成16年(2004年)に国立大学が法人化という大きな転換点を迎えたことと、千葉大学は平成29年5月現在で10学部10,670名(国際教養学部、文学部、法政経学部、教育学部、理学部、工学部、園芸学部、医学部、薬学部、看護学部)、13大学院3,444名、教職員3,456名から構成されてること、入学者選抜試験(学部)志願者数は平成28年度~30年度の3年間連続で国立大学1位を保っていることなどを報告しました。
並木先生の講演は私にとっては大変興味深い内容でした。言葉の定義として、東洋医学は漢方医学とほぼ同義だが、鍼灸、指圧・按摩(あんま)、薬膳も含まれるとのこと。日本における漢方医学は中国の伝統医学である中医学を源流としているが、我が国独自に発展してきたもので両者は同じものではないとのことでした。
漢方薬は本当に効くのかという疑問に対しては、皮膚病の一種(正式の病名は忘れましたが)の治療にステロイドでは解決しなかった時に漢方薬を処方することで見事に治癒した事例を紹介しました。ただ、漢方薬にも偽物があり、香港衛生署の「いわゆる漢方薬」に対する注意勧告の新聞記事を紹介し、特に中国製の漢方薬から医薬品が混入されていた多数の事例があったことから、そのような「いわゆる漢方薬」の危険性についても指摘しました。これは、日本での有機農業ブームに便乗して「いわゆる漢方農薬」(今は農水省が疑義資材と言葉を統一)には、主として私たちの研究で薬効(殺虫活性、殺菌活性、除草活性)のあったものには例外なく化学農薬(微生物農薬を含む)が混入されていた事実が明らかになった状況とよく似ていました。
昨今のテレビのコマーシャルでよく見るサプルメントとトクホは、基本的には食品という説明も参考になりました。こういう食品はテレビや新聞の広告で、摂取し続けたらコレステロール値や血圧がこれだけ下がったというようなデータが紹介されますが、医薬品の場合の治験例数は数百~数千人なのに対して、20人程度の場合が多く、再現性や信頼性にも不安があるという指摘でした。
科学に携わる者としては、「いわゆる漢方薬」や、「いわゆる漢方農薬」やそういう資材に依存した「いわゆる有機農業」や「いわゆるオーガニック」の実態について、国民に情報を発信し続けることは責務だなとあらためて感じました。
松戸駅には午後4時ちょっと過ぎに戻れましたので、少しでも運動になるようにわざと遠回りして江戸川堤防を通って帰宅しました。太陽が沈んだのは4時38分ぐらいでした。河川敷で犬の散歩をしている人が犬の鎖を外したら、犬は堰(せき)の上を歩いていました。
2018年11月3日土曜日
2018年11月2日金曜日
私のアメリカ滞在中に株式会社新潮社の「週刊新潮」編集部の記者が自宅に来られたようで、その後メールと電話のやり取りで急遽今日の午後1時に松戸で会うことになりました。
12月に発行予定の特集号で注目を集めた事件について総括する企画の中で、市橋達也君のことについて取り上げるための取材でした。無期懲役刑が確定して、どこかの刑務所で服役して静かに罪を償っている市橋君について、再度報道することで古傷をかきむしるようなことをすべきでないという考えもあるでしょうが、私としては当時のメディアによるバッシングによってモンスターのように描かれた市橋君の実像を社会に少しでも伝えられればということと、当時の彼と同年代の若者が同じ間違いを犯して一生を棒に振ることを防ぐことに少しでも役に立てばという思いから取材を受けました。
私の留守中に日本テレビの関係者からも自宅に接触があったらしく、携帯電話を買い替えたことで、メールも届いていたことに気が付きました。今日初めて電話で話しができましたが、こちらも年末の平成の出来事を振り返る番組で市橋君の事件をとりあげるかどうか検討をしているようです。
携帯電話を買い替えたことで、ある人から市橋君のことについて8月に届いていたメールがあることにも気が付きました。不登校か引きこもりの状態にある若者らしく、服役中の市橋君と手紙のやりとりを希望しておられるようでしたので、今日メールで市橋君の現状を説明する返信を送りました。
昨日買い替えた携帯電話と充電器の領収書をもらい忘れましたので、今日再度松戸駅近くの扱い店に行きました。そのついでに、遠回りして江戸川堤防を歩いて帰りましたが、西の地平線に太陽が沈むのは4:35pmぐらいでしたので、アメリカのノースカロライナ州よりも約2時間早いということになります。
12月に発行予定の特集号で注目を集めた事件について総括する企画の中で、市橋達也君のことについて取り上げるための取材でした。無期懲役刑が確定して、どこかの刑務所で服役して静かに罪を償っている市橋君について、再度報道することで古傷をかきむしるようなことをすべきでないという考えもあるでしょうが、私としては当時のメディアによるバッシングによってモンスターのように描かれた市橋君の実像を社会に少しでも伝えられればということと、当時の彼と同年代の若者が同じ間違いを犯して一生を棒に振ることを防ぐことに少しでも役に立てばという思いから取材を受けました。
私の留守中に日本テレビの関係者からも自宅に接触があったらしく、携帯電話を買い替えたことで、メールも届いていたことに気が付きました。今日初めて電話で話しができましたが、こちらも年末の平成の出来事を振り返る番組で市橋君の事件をとりあげるかどうか検討をしているようです。
携帯電話を買い替えたことで、ある人から市橋君のことについて8月に届いていたメールがあることにも気が付きました。不登校か引きこもりの状態にある若者らしく、服役中の市橋君と手紙のやりとりを希望しておられるようでしたので、今日メールで市橋君の現状を説明する返信を送りました。
昨日買い替えた携帯電話と充電器の領収書をもらい忘れましたので、今日再度松戸駅近くの扱い店に行きました。そのついでに、遠回りして江戸川堤防を歩いて帰りましたが、西の地平線に太陽が沈むのは4:35pmぐらいでしたので、アメリカのノースカロライナ州よりも約2時間早いということになります。
2018年11月1日木曜日
帰国して2日目ですが、ここ数日運動ができなかったので道場で軽く筋力トレーニングをしてから江戸川堤防と水元公園Cブロックをウォーキング/ジョギングしてきました。ノースカロライナ州の滞在していたモーテルの近くのSymphony Lakeや車で20分ぐらいのところのLake Johnsonとは違って、これからは江戸川堤防が私の運動の中心的な場所になります。1ケ月留守にした間に日本も季節が進み、赤とんぼやドングリなど秋の気配が一杯でした。体重が減ったお蔭でジョギングの足取りがずい分軽く感じました。
向こうでは朝7時過ぎてやっと太陽が昇り始めていたのが、こちらでは朝7時にはもう明るくなっていることに気がつきましたし、向こうでは夕方6時半頃になって太陽が沈み始めていたのが、こちらでは夕方6時5分頃にはもう薄暗くなっていました。ノースカロライナ州と日本(松戸)は大体似たような気候だと思っていましたが、日昇と日没の時間が1時間ぐらいずれているということは、地球上の緯度か経度の違いの影響なのでしょう。
江戸川堤防をウォーキング/ジョギングしていた時に携帯電話が鳴り、「市橋達也君の更生を支援する会」として支援金の残金を管理して下さっている3人の支援者のお一人から、3人の支援者のお一人が子宮がんが肺に転移して10月23日に亡くったとのお知らせでした。私の携帯電話がノースカロライナ州滞在中は故障で使えなかったので、ショートメールでの連絡が届かなかったようです。これから連絡を取り合って、支援金の残金の管理をどうするか相談しなければなりません。
向こうでは朝7時過ぎてやっと太陽が昇り始めていたのが、こちらでは朝7時にはもう明るくなっていることに気がつきましたし、向こうでは夕方6時半頃になって太陽が沈み始めていたのが、こちらでは夕方6時5分頃にはもう薄暗くなっていました。ノースカロライナ州と日本(松戸)は大体似たような気候だと思っていましたが、日昇と日没の時間が1時間ぐらいずれているということは、地球上の緯度か経度の違いの影響なのでしょう。
江戸川堤防をウォーキング/ジョギングしていた時に携帯電話が鳴り、「市橋達也君の更生を支援する会」として支援金の残金を管理して下さっている3人の支援者のお一人から、3人の支援者のお一人が子宮がんが肺に転移して10月23日に亡くったとのお知らせでした。私の携帯電話がノースカロライナ州滞在中は故障で使えなかったので、ショートメールでの連絡が届かなかったようです。これから連絡を取り合って、支援金の残金の管理をどうするか相談しなければなりません。
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