2018年11月6日火曜日

かなり強く雨が降っていましたので、道場で空手の稽古を1時間した以外は、机に向かって1月9日に予定されている講演の準備をしました。千葉大学園芸学部の生態制御化学研究室の現職時代に野外での農薬の環境影響を調査をしていた時の写真を探していたら、2006年4月3日に大網白里町(現在は市)砂田(いさごだ)地区で谷津田を利用して作った水田ビオトープの補修工事をした時の写真と、2006年7月15日に香取郡(現在は市)山田町(現在は区)で有人ヘリコプターで水田農薬が散布された時に散布農薬の環境中動態と生態影響を調査した時の写真が見つかりました。当時の私の研究室を専攻していた学生や大学院生や研究生や留学生などが写っていて懐かしい写真です。
ビオトープの補修工事は、投入した農薬の影響を長期的に調査する水田ビオトープを胴長を着用して全員泥だらけになりながら補修する体力勝負の作業でした。
有人ヘリコプターによる農薬散布は早朝に行われるので、それより前に現地に到着して水路の水を採取したり水生生物を捕獲して相対的密度を調査する必要があるやはり体力勝負の作業でしたので、調査時間の間には皆でスイカを食べて休憩したりしていました。
こういう実際の野外における長年にわたる調査経験が、ガラスの水槽の中での毒性試験や理論的シミュレーションによる農薬の環境影響予測に対して、私の講演の自信の根拠になっています。


2018年11月5日月曜日

ノースカロライナ州で故障した携帯電話の代わりに日本に帰国して新しい携帯電話を購入したら、どういう訳か今まで見たことがなかったメールが届いていたことがわかりました。
ブラジルに移住した兄の健輔は数年前に80才で亡くなりましたが、ポルトガル人の女性ゼナイダさんと現地で結婚して子供が12人いました。ミナジェライスというところでアルファッセ(レタス?)と呼ばれる野菜を栽培する農業をしていましたが、子供たちに大学教育を受けさせる経済的な余裕はありませんでした。私の母が存命していた何十年か前に、せめて一人だけでもちゃんと教育を受けさせたいということで、当時小学校低学年だった節子という女の子を私の養女にして大学を卒業したらブラジルに帰すという約束で兄夫婦と本人の了承を得ました。母は節子を私のところに連れてくるためにブラジルを訪問し、いよいよ明日出発という日になったら、母親のゼナイダさんが悲しんで一晩中泣いていたので、まるで小さい子供を親から取り上げる人さらいみたいな気持ちになってとうとう諦めました。私もその後ブラジルの兄を訪ねた時に、当時10才ぐらいになっていた節子に会いましたが日本人らしい丸顔で可愛らしい女の子だったのを覚えています。
何とその節子から8月9日にポルトガル語のメールが届いていることがわかりました。「市橋達也君に適正な裁判を受けさせる会」のブログに私への連絡先として書いた普段は使わないメールアドレス宛でした。私は昔アメリカ在住中にH1ビザから永久ビザへの変更を申請して結局却下されて日本に帰国することになりましたが、当時はそれが嫌でブラジルに移住するつもりでブラジル人の女性からポルトガル語の家庭教師をしてもらっていたので、少しは会話ができるようになっていました。それから何十年も経って、ポルトガル語はすっかり忘れてしまいましたので、息子に頼んで息子の友人のブラジル人に読んでもらい、返信をポルトガル語で書いてもらいました。
節子は多分50才ちょっとぐらいの年齢になっているのでは想像しますが、日本に来るのに私の証明書Certificate of Eligibilityが必要なようです。書類を作って送ってあげようと思います。何の目的(働きに?)で日本に来たいのか、結婚して家族がいるのかどうかもわかりませんが、運命によってはもしかしたら養女として私の娘になっていたかもしれない節子と50才ちょっとの年齢になって再会できるかもしれないと思うと、不思議な気がします。




今日も道場で筋力トレーニングをした後で、江戸川堤防にウォーキング/ジョギングに出かけました。堤防下には柿の実が鈴なりになった木がありました。
江戸川の上(かみ)葛飾橋から下流方向を見ると、夕方の雲が水面に映っていました。

 
 

2018年11月4日日曜日

今日は松戸キャンパスで開催中の戸定祭(園芸学部祭)に顔を出してみました。西千葉キャンパスでの大学祭は露店を含めてサークル単位の企画が多かったのに対して、松戸キャンパスではMMC(松戸ミュージッククラブ?)という音楽サークルを除いて、研究室単位の企画がほとんどでした。
MMCの学生たちはスピーカーの音量を一杯にして演奏をしながら歌っていましたが、仲間と思われる学生1~2名を除いてほとんど足を止めて聴いている人はいませんでした。それでもお祭りの雰囲気を高める役割を果たしていましたので、エールを送りました。


蔬菜研究室は今年はトマトを特集して展示をしていました。
果樹研究室は今年はカンキツ類を特集して展示をしていました。いろいろなカンキツ類の実物の展示もあり、小さな果実の日本原産(野生種)の橘(たちばな)や、大きな果実のタイ国原産のチャンドラーポメロなど、カンキツ類の多様性が比較できる興味深い展示でした。来場者には「カンキツのすゝめ」と題した44ページのりっぱな小冊子を配布していました。ページをめくってみると、分類、特徴、生産地、生理障害、機能性、着色、選果と貯蔵、レシピ、太田市場、・・などカンキツ類について詳しく解説してあり、貴重な情報がまとめてありました。
花卉研究室は露店で切り花や鉢物の販売をしていました。クリスマスによく飾られるポインセチアは通常赤ですが、珍しいピンクの鉢と黄色の鉢がありましたので、妻へのプレゼントに黄色いポインセチアの鉢を買いました。突然変異の選抜か、遺伝子組換えか、その他の何らかの方法かはわかりませんが、赤い色の生合成プロセスを支配している遺伝子のどこかを発現しないようにして作出したのだろうと想像しました。
昆虫研究室は、ちょっと誇大広告気味の大昆虫秘宝展と銘打って各種昆虫標本の展示をしていましたが、今年はコロンビアで採集した昆虫の標本や生きた昆虫の展示もしていました。
















その後、遠回りして江戸川堤防をウォーキングしました。建築工事中だったJR常磐線陸橋下のアパートと坂川沿いの中台邸は、両方ともほぼ出来上がっていました。
坂川の近くのNTTビルの入口には閉店した旨の通知が貼ってあり、電波塔にはカバーがかかっていましたのでいずれ撤去する準備かもしれません。
大きな夏みかんがたくさんなって、枝が今にも折れそうに垂れ下がっている木がありました。
シエンノボタン(?)らしい紫色の綺麗な花が咲いた花木もありました。千両の赤い実も、熟れたザクロの赤い実も、ホウノキ(?)の黄葉も、秋の景色たけなわでした。
松戸神社では7才ぐらいの女の子の七五三詣りの記念写真を撮っている家族がいました。境内の大銀杏の葉は黄葉しかかっていました。









 










 
我が家に戻ってみたら、台所に大きなりんごが2個あり、その中の1個は濃い赤い色をしていました。妻に訊いてみたら「秋映」という名前の品種のようでした。どんな味がするのか、朝食に出る時に味わってみるのが楽しみです。我が家では老夫婦二人だけですので、1個のりんごも何回かに分けて食べています。