2012年3月1日木曜日

2月28日に振り込まれた方(12回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は260,000円、延べ469人からの合計額は4,360,928円になりました。この方はメールアドレスがわからないので個別の礼状は差し上げませんが、ありがとうございました。

支援者から以下のお便りをいただきました。ありがとうございました。私は音楽のことは全く無知と同じですが、レスピーギの「ローマの松」ってどんな曲なのでしょう。
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大雪の中、市橋君との面会に行っていただき、その様子をお知らせ下さって、ありがとうございました。面会時間が15分になったことや、空が見える運動場があることや、彼の元気な様子を知り、ほっとしました。
先生のローマに着いた時のブログを読み、最寄り駅を地図で見て、ローマに想いを馳せていました。毎年行ってるアッシジは中世の街だけど、やはりローマは古代遺跡がすごいなあ、と。 その後ブログが更新されていなかったので、お忙しいのかなと思っていましたが、後で一気に来て!楽しいハプニングでした。先生のブログに、ローマの松のことが書かれてあり、そういえばレスピーギの「ローマの松」は有名な曲なのに、私は、ローマで松の木に目を留めたことがない、ことに気づきました。
市橋君にあちこちの西洋庭園を、恋人と歩いてほしかったです。語り合ってほしかったです。でも、随分先だけど、きっとそんな日も訪れる、と信じます。祈っています。

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以下のことは相談ですが、私が「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」の呼びかけをしたのは2010年2月20日(設立の趣旨参照)ですから、2年ちょっと経過しました。お蔭様で、市橋君の身柄が確保されて取り調べの段階から無償で弁護を引き受けて下さった弁護団の活動実費として当初目標とした最低100万円を大幅に超える400万円以上が集まり、控訴審の弁護を引き続き担当して下さった5名の弁護士への弁護費用も一人当たり50万円ずつお支払することができました。いよいよ2週間後の3月15日には控訴裁判が開かれます。どういう判決になるか私には全くわかりませんが、弁護団と市橋君の主張が認められれば裁判は結審するのではと想像します。そうなれば、この「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」の役割も終わることになります。そこで、支援金の振り込みは今月10日までということで終わりにしてはいかがでしょうか。その日までに振り込まれた支援金を全額払い出して、菅野弁護士にお届けし、裁判結審後の適当な時期に支出内訳と入金監査結果などを皆様に報告することを考えています。
もし、弁護団と市橋君の主張が認められなかった場合にどうするかは、その時点で弁護団と市橋君が判断するのではと思います。もし再度控訴することになれば、活動費用を支援するためにこの会も継続する必要があるかもしれませんが、それはその時点で考えればよいのではと思っています。
裁判が結審した場合は、「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」は閉じて、必要があれば「市橋達也君の更生を支援する会」を新たに発足させて、お互いに連絡を取り合いながら息長く彼の受刑生活を見守り、応援していくことも考えられます。あるいは、それはそういう意思のある個々人にまかせて、会としての活動は完全に終わりにすることも考えられます。
ご意見のある方はお寄せいただければ幸いです。

今日は東京農業大学で、この3月末で定年退職される宮本 徹教授の最終講義があり、私も聴講させていただきました。最終講義の題目は、「安全と安心の狭間を埋める-農薬の分子構造に隠された秘密-」でした。宮本先生は65才の筈ですので、22才で大学を卒業されたとすれば、1969年(昭和44年)前後だった筈です。宮本先生は一貫して有機リン殺虫剤の毒性機構を生物有機化学的に研究されてきましたが、その発端は、昭和36年に三重県名張市で起こった毒ぶどう酒事件でTEPPという毒性の高い有機リン殺虫剤が混入されたことに関係があるとのことでした。その後計算化学という手法を採用して、プロチオホスという有機リン殺虫剤の今まで知られていなかった作用機構を解明するという素晴らしい業績をあげられました。

 
   (最終講義後に花束を贈呈される宮本 徹教授)

今日は昼休みに東京農業大学の周りを8Km 走りました。雪が融けてグランドが使えない野球部員たちも大学の周りを走ってからバッティングの練習をしていました。

2012年2月29日水曜日

地下鉄千代田線の綾瀬駅は松戸駅から3つ目ですが、そこから雪道を歩いて東京拘置所にはちょうど12時半頃に着きました。周りは10何階建ての大きなマンションがたくさん林立している環境で、東京拘置所もそれらに負けないくらい近代的なりっぱな高層の建物でした(目印は屋上に巨大な円盤状の物が見える建物)。面会の受付の入り口を探すのに、ウロウロ歩き回ってやっとたどり着きました。待合室では遠方から来られてちょうど同じ時間に到着されたお二人の支援者とお会いしました。待合室の売店は千葉刑務所のよりは品ぞろえが多く、明るい感じでした。お二人は差し入れの手続きをされ、私は面会の手続きをしました。雪のせいか面会者は多くなく、私は午後の一番でした。市橋君は10階に収容されているらしく、エレベーターで10階に昇り、10階の受付に面会許可証を提出すると、何番の面会室(各階ごとに複数の面会室がありました)に入って下さいと指示されました。東京拘置所には3,000人もの未決者・既決者が収容されているようですが、面会室が各階ごとにあるので、千葉刑務所では8分だった面会時間がここでは15分(家族は20分)もありました。

市橋君は刑務官と一緒に仕切り板の向こう側に入室し、刑務官は隣の少し高い位置の椅子に座りました。市橋君は黒のダウンジャケットを着ていて、一目見て顔色がいいなと思いましたが、いつものようにどうだ元気にしていたかと訊いたら、はいと答えました。今日は支援者からメッセージを預かっていたので、忘れないように伝えることや言いたいことを紙にワープロで打って持っていきました。支援者の気持ちは変わっていなくて、寒い中、体調に気を付けて万全な態勢で裁判に臨んで下さいという〇〇県の支援者からのメッセージを伝えました。また、支援者の〇〇さんが27日に書いた手紙は移送の前に届いたかと訊いたら、届かなかったと答えました。多分、遅れて東京拘置所に送られてくるのでしょう。

今日は外は雪が降っていることを伝えたら、屋上が広い運動場になっていて、毎日30分間運動の時間があるので行ってみたら雪があったので今日はできなかったけど、これからは体を存分に動かせますと答えました。帰りがけに下から屋上を見上げてみたら、確かに各棟の屋上には金網がドーム状に張ってあって、あの下が運動場になっているのだなと思われました。ただ横の壁が結構高いので、空は見えて外の空気は吸えても、周囲のマンションや外の景色は見えない構造になっているように見えました。

千葉大学時代に空手部でも研究室でも一緒だった友人から託されたメッセージを読んであげたら、市橋君の目が潤(うるお)ってきて、心を動かされていることが明らかでした。この方からは二人のお子さんと一緒に撮った最近の写真も送っていただいたので、A4の大きさにプリントして透明のプラスチックファイルに挟んで、わざと彼の目の届く位置に置いて見せました。千葉刑務所では以前写真やプリントしたものを見せようとしたらルール違反だと刑務官に止められましたので、何も言わずに写真を市橋君から見える位置に置いたら一生懸命見ていましたが、刑務官は何も言いませんでした。友人が結婚したことを知らなかったらしく、結婚したのですかと訊いたので、そうだよと答えました。市橋君は、友人に迷惑がかからないようにして下さいと言いながら、私が読んだメールの手紙を差し入れしてもらえますかと言ったので、そうすると約束しました。自分の手に取って何回も読み返したいと思ったのでしょう。最後に、友人に「ごめん」と伝えて下さいと言いました。

今日は、寝間着代わりに冬用のトレーニングウエア防寒用ダウンジャケットを差し入れしてくれた〇〇県の〇〇さんと〇〇さんが差し入れに来てくれているので、後で会うことになっていると伝えました。支援者からたくさん手紙が届いている筈だが返事は書いているのかと訊いたら、書いていませんと答えました。万が一にでも手紙が人目にさらされるのを極端に避けたがっているように感じました。

テレビ番組制作会社から打診されたいくつかの質問を読んで回答するかと打診したら、お断りしますと即答しました。

先週は国際会議でローマのFAO 本部に行って、町の中をジョギングしながら見てきたことを伝え、古い遺跡があちこちにあることや、建物が昔風なことや道が狭いことを説明したら、道は石を敷き詰めた石畳ですかと訊き直しました。松の木もあちこちにあったけど、日本と樹形が違うので案外向こうの景色と合っていると感じたことを話しました。君は千葉大学にいた時は日本庭園とヨーロッパ庭園とどっちが好きだったのだと訊いたら、ヨーロッパ庭園ですと答え、園芸学部では入り口にクスノキの大木があった洗心館前の庭がイギリス式庭園で、彼のいた研究棟前の広い芝生の庭がフランス式庭園でしたと説明してくれました。イタリア式庭園があったかどうかはわからないが、事務棟の前にあるのがそうかなと私が言うと、自分もわかりませんと答えました。京都で見たどこどこ(私には聞き取れませんでした)の日本庭園も自分は好きでしたと言いました。こういう会話をしている時の市橋君の目は生き生きしていました。ちょっと残酷だったかもしれませんが、君なんかだったら、ローマの遺跡で庭園がどうデザインされているか興味があるだろうなと言ったら、興味はものすごくあるけど、もう今の自分にはどうしようもありませんという仕草をしました。
約束した空手の本と本間 龍氏の本と最近の支援者リストを差し入れすることは、忙しくて延び延びになっているけど忘れてはいないからと言ったら、構いませんと答えました。

最後に何か困っていることや私にしてほしいことはあるかと訊いたら、昨日身柄が移送されてきて、その後洗面用具などの私物も届いたけど、肝心の裁判資料だけが届いていません、裁判も近いので心配ですと言いました。面会が終わってから、すぐ菅野弁護士の事務所に電話をしたら外出中でしたので、何故裁判資料が届かないのか調べて下さいと伝言を依頼しておきました。

面会中に刑務官ともここは面会時間が長くていいという会話もしましたし、千葉刑務所に比べて建物も新築で明るいということもありますが、面会をする者や面会を受ける者にもよく配慮がされているという印象を受けました。市橋君も元気だなという印象を受けました。
面会後に、1階の待合室で待っていて下さった支援者と一緒に歩いて綾瀬駅まで行って、近くの喫茶店で夕方5時半くらいまでお話をしました。

2012年2月28日火曜日

菅野弁護士に電話をしましたら、市橋君は今日2時半に東京拘置所に移送されたという連絡が東京高裁から届いたとのことでした。東京拘置所は小菅(こすげ)というところにあるそうですが、ネットで検索しましたら、以下のサイトに詳しい情報が載っていました。
http://www.kangoku.org/contents/docs/toko_annai.html

所在地:〒124-0001 東京都葛飾区小菅1-35-1 電話03-3690-6681
行き方:東部伊勢崎線「小菅」駅下車、面会入口まで徒歩約10分 又は、営団地下鉄「綾瀬」駅下車、面会入口まで徒歩約15~20分
面会受付時間:午前の受付 午前8時30分~11時30分まで
    午後の受付 午後0時30分~4時まで
差し入れ受付時間:午前8時30分~午後3時30分まで(ただし、午後0時~1時までは休憩)


明日、遠方から差し入れに上京される予定の方にも早速連絡を差し上げました。私も明日は東京拘置所に出かけて市橋君に面会をしてきます。天気予報ではあいにく雪のようですが、新しい場所に移って初めての差し入れと初めての面会で、市橋君も心強く感じることでしょう。千葉大学時代の同じ研究室の友人から預かったメッセージと、支援者の皆様の温かいお気持ちを伝えてきます。
弁護団は千葉市に事務所がありますのでこれから東京都内の小菅まで行くのは遠くて大変になりますが、3月15日の控訴審までに少なくとも2回ぐらいは打ち合わせのために接見に行く必要があるだろうとのことでした。

今日は江戸川堤防を20Km 走ってきました。ローマでの滞在中と往復の飛行機の中では、食べることが多い割に運動不足でしたが、今日は久し振りに長距離をゆっくり走れたので気分は上々です。

今日のブログの記事をご覧になった支援者から早速以下のお便りが届きました。ありがとうございました。
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本山先生、今日のブログ読みました。市橋君が本日移送されたのですね。思ったよりもかなり遅いなと思いました。市橋君も住み慣れた(?)千葉刑務所から東京拘置所に移ったことであらためて覚悟を決めたのだと思います。
 あの場所には様々な未決囚や既決囚(=確定というべきでしょうが)がいます。私が去年3月に初めて傍聴した秋葉原連続殺傷事件の被告人もいますし、オウム関連の確定囚、裁判員裁判で初の死刑判決をされた人。
 ・・・・その中に市橋君は入るのですね。

以前にも書いた事があるかもしれませんが、千葉地裁の法廷で座っている市橋君を間近で見て、世間で卑劣な犯罪者と見られているけれど私には血の通った一人の人間だとしか思えませんでした。取り返しのつかない事をしてしまいましたけれど。罪を償うのはもちろんですが、更生してやり直してほしいと切に願っています。
控訴審がどうなるかはわかりませんが、どんな判決が下っても腐らずに罪を贖ってほしいです。

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本山直樹先生
公私にわたるご活躍、本当に私自身、いつも元気をいただいています。明日は支援者の方と東京拘置所に行かれるとのこと。市橋さんは控訴審が近づき緊張されていることでしょうし、慣れない初めての場所で身心共に寒い想いをされていないか本当に心配しています。
先生とのお話や支援者の方々の差し入れにより市橋さんのお気持ちが和みますように心から祈っております。私も支援金や手紙、差し入れなど頑張って続けていこうと思いますので今後とも宜しくお願い致します。

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