朝、浦和高校時代の同級生で同窓会の役員もしている歯科医の大澤武雄君に電話をしたら奥さんが出て、今畑に出ていて(診療のない日はかなりの規模の家庭菜園をやっている)昼ごろ帰る予定とのことでしたので、携帯に電話をし直して事前に出席の返信をしていないが同窓会総会に出席できるだろうかと訊いたら、全然問題ないということでしたので出席することになりました。
会場は、さいたま新都心駅から歩いてすぐの「ラフレさいたま」というホテル・結婚式場・会議場の一室でした。昔は、北浦和と大宮の間の農村地帯だったところが、国の合同庁舎をはじめ高層ビルがいくつも建って、全く景色が変わっていました。
私が同窓会総会に出席するのは初めてでしたが、出席者名簿を見ると300人を超えていて、私のように事前申し込みなしの出席者も含めると350人ぐらいはいたと思います。私と同期の高校13期卒業の川野幸夫君(ヤオコー会長)が4期8年つとめた会長役を勇退して、4年後輩になる17期卒業の木村恵司君(三菱地所会長)が新会長になりました。
配布された役員名簿を見ると、34期卒業の若田光一君(宇宙飛行士)が名誉会員になっていました。
川野現会長、杉山校長の挨拶、議事、木村新会長の挨拶に続いて、今日のメインイベントの26期卒業の天野 篤君(順天堂大学教授、病院長)の「この道を熱く生きる」という演題の講演がありました。
26期卒業ということは私より13年後輩ですから60才の筈ですが、若々しく見える天野教授も先ず最初のスライドで今朝自分が服用してきた薬ですと言って、同窓会名簿の上に並べた薬の写真を見せました。医者のくせに、いろいろな健康食品の類の他に、コレステロールを下げる薬その他こんなにたくさん飲んでいるのかと驚きました。
浦和高校時代は、成績は400人中300番台で、当時の不良高校生がやっていたようにパチンコとマージャンで時間つぶしをしていた劣等生だったことの紹介と、何故医師になったかという話や、人生哲学の話が中心でした。天皇陛下の手術を執刀しましたので、一躍有名人となってあちこちのテレビや講演会にひっぱりだこだと想像しますが、元不良高校生らしい話し方で会場を沸かせました。手術の時にピンセットやメスを持つ手が震えないのは、浦和高校時代にパチンコで指先を鍛えたお蔭だという冗談は皆の笑いを誘いました。著書の宣伝もしましたが、何万部か売れた最初の本の印税は全部奥さんの収入になったが、その後の本の印税は全部あちこちに寄付をしているので、1冊買ってもらえれば印税の何十円かは熊本の被災地の支援をすることになりますと言われたので、早速ネットで「熱く生きる」を1冊注文しました。
http://ameblo.jp/nrs4702/entry-11893019578.html
天野教授には「熱く生きる」の他にも、「一途一心、命をつなぐ」、「この道を生きる、心臓外科ひとすじ」など、一般向けの著書が何冊かあるようです。
http://www.amazon.co.jp/%E7%86%B1%E3%81%8F%E7%94%9F%E3%81%8D%E3%82%8B-%E5%A4%A9%E9%87%8E-%E7%AF%A4/dp/4860086279
講演の後は、天野君と同期で26期卒業の堀尾正明君(NHKを退社してフリーになり、現在はTBSテレビのNスタという夕方2時間のニュース番組のメインキャスターをしている)が登場し、天野君とのインタビュー、川野君、木村君も加わってのインタビューがありました。堀尾君も浦和高校時代の成績は300番台だったそうですが、天野教授を同期生の気安さで「天野」と呼びつけにしていました。二人とも浦和高校伝統の40Km競歩(1年生から3年生までの全生徒が学校から茨城県古河市まで歩く、と言っても実際は大半を走る)では1桁か2桁の順位(つまり体力派)だったとのことでした。
ちょっと面白かったのは、堀尾君が私と同期の川野君に学校時代の勉強の成績はどうっだたかと質問した時に、成績は公表されなかったのでわからないと嘘を言ったことです。当時は試験の度に1番からビリまで全員の成績が廊下に貼りだされていました。川野君は東大法学部に進学しましたので、400人中1番か2番、常にトップ10に入っていた筈ですが、成績の悪かった天野君や堀尾君はそれを自慢げに話し、成績が抜群だった川野君はそれを隠したということです。能ある鷹は爪を隠すということでしょうか・・。
ちなみに私もできの悪い生徒の方の代表で、勉強の成績は多分375番から400番の間を行き来していたような気がします。競歩大会は1学年400人×3学年=1,200人中25番だったことだけは今でも誇りです。
懇親会にも参加するつもりでしたが、300人を超す大人数でしたので心変わりして、代わりにラグビー部員が練習中に頸椎損傷してリハビリしている生徒を支援する募金活動をしていましたので、予定していた懇親会費の一部を募金箱に入れて帰ってきました。
2016年5月22日日曜日
2016年5月21日土曜日
早稲田大学CERI連携プログラム事務局から、2016年秋期開講の公開講座「生活の安全を科学する」で私が11月12日(土)に担当予定の講義に関連して、広報物を作成するので顔写真の画像データと150字程度のプロフィールを送るようにとの指示がありました。来週の24日(火)までにということですので、明日にでも準備をして送ろうと思います。
午前中は「グリーン・エイジ」6月号の原稿執筆と、何人かの方々へのメールを打って、昼休みはウォーキングに出かけました。今日は土曜で天気も良かったので、あちこち寄り道をしながら江戸川堤防、水元公園Bブロックを通って、Aブロックの端のバードサンクチュアリーまで行って来たら、4時間かかってしまいました。
途中、農家の前を通ったら顔なじみの奥さんが庭で収穫したカブを洗って泥を落としていました。
葛飾橋では,鉄橋の巣からムクドリのヒナが落下していないか注意しながら橋を往復して両側を歩いてみたら、新しく落下したヒナが1頭見つかりました。驚いたことに、巣の1つにドバトが入ったのでその真下に行って見上げたら、ムクドリのヒナとは違う小さな鳴き声で親に餌をねだるヒナの声が聞こえましたので、ドバトも鉄橋の穴に巣を作って子育てをしているようでした。
江戸川の堤防の斜面は国土交通省の管理事務所が草刈りをしていましたが、ムクドリの親がせわしく歩きながらヒナに与える餌の昆虫を探していました。思わず、頑張れよと心の中で励ましていました。
桜堤(さくらつづみ)の途中でもムクドリの親が出入りしてヒナの餌をねだる声が聞こえる家がありました。どこに巣があるのだろうと思ったら、雨戸を入れる戸袋の中でした。今の時期は、軒下などあちこちからヒナの声が聞こえますので、ムクドリが人家を利用して上手に巣を造っているのでしょう。
Bブロックの小合溜の近くにはメタセコイアの森とラクウショウの森がありますが、両方ともよく似た木なのでどうやって見分けるのだろうといつも気になります。それぞれラベルが貼ってあるので、見比べてみたら、メタセコイアの方が葉が少し幅広く、樹形が少し尖っているように見えるのに対して、ラクウショウの方は葉が少し細目で、樹形が少し丸みがあるように見えました。私の気のせいで、正しくないかもしれませんが。
Aブロックの端まで行くと金網で囲って人が入れないようにしてあるバードサンクチュアリーがあります。観察用の衝立(ついたて)板の小窓から覗いたら、今日もカワウとアオサギがたくさんいました。不思議なことにシラサギ類は全く見ませんでしたので、渡り鳥でどこかに飛んで行ってしまったのかもと思いました。
葦原の近くの木の上でうるさいぐらい大きな声で鳴いている鳥がいたので写真を撮ったら、すぐそばで双眼鏡を覗いていた人が、「オオヨシキリですね」と教えてくれました。
明日の午後は埼玉県さいたま市で浦和高校同窓会の総会、講演会、懇親会があります。現在の同窓会長は私と同期だったヤオコー会長の川野幸夫君ですし、講演は後輩で順天堂大学教授の外科医で天皇陛下の手術を執刀して有名な天野 篤君が「この道を熱く生きる」という演題で話をする予定ですので、出席しようと思っていましたが、よく見たら5月6日必着で葉書で出席の返信をするようになっていたのを失念していました。明日の朝幹事に電話をして、申し込みなしでも出席できるようだったら出席して、駄目だったら止めようと思います。
午前中は「グリーン・エイジ」6月号の原稿執筆と、何人かの方々へのメールを打って、昼休みはウォーキングに出かけました。今日は土曜で天気も良かったので、あちこち寄り道をしながら江戸川堤防、水元公園Bブロックを通って、Aブロックの端のバードサンクチュアリーまで行って来たら、4時間かかってしまいました。
途中、農家の前を通ったら顔なじみの奥さんが庭で収穫したカブを洗って泥を落としていました。
葛飾橋では,鉄橋の巣からムクドリのヒナが落下していないか注意しながら橋を往復して両側を歩いてみたら、新しく落下したヒナが1頭見つかりました。驚いたことに、巣の1つにドバトが入ったのでその真下に行って見上げたら、ムクドリのヒナとは違う小さな鳴き声で親に餌をねだるヒナの声が聞こえましたので、ドバトも鉄橋の穴に巣を作って子育てをしているようでした。
江戸川の堤防の斜面は国土交通省の管理事務所が草刈りをしていましたが、ムクドリの親がせわしく歩きながらヒナに与える餌の昆虫を探していました。思わず、頑張れよと心の中で励ましていました。
桜堤(さくらつづみ)の途中でもムクドリの親が出入りしてヒナの餌をねだる声が聞こえる家がありました。どこに巣があるのだろうと思ったら、雨戸を入れる戸袋の中でした。今の時期は、軒下などあちこちからヒナの声が聞こえますので、ムクドリが人家を利用して上手に巣を造っているのでしょう。
Bブロックの小合溜の近くにはメタセコイアの森とラクウショウの森がありますが、両方ともよく似た木なのでどうやって見分けるのだろうといつも気になります。それぞれラベルが貼ってあるので、見比べてみたら、メタセコイアの方が葉が少し幅広く、樹形が少し尖っているように見えるのに対して、ラクウショウの方は葉が少し細目で、樹形が少し丸みがあるように見えました。私の気のせいで、正しくないかもしれませんが。
Aブロックの端まで行くと金網で囲って人が入れないようにしてあるバードサンクチュアリーがあります。観察用の衝立(ついたて)板の小窓から覗いたら、今日もカワウとアオサギがたくさんいました。不思議なことにシラサギ類は全く見ませんでしたので、渡り鳥でどこかに飛んで行ってしまったのかもと思いました。
葦原の近くの木の上でうるさいぐらい大きな声で鳴いている鳥がいたので写真を撮ったら、すぐそばで双眼鏡を覗いていた人が、「オオヨシキリですね」と教えてくれました。
明日の午後は埼玉県さいたま市で浦和高校同窓会の総会、講演会、懇親会があります。現在の同窓会長は私と同期だったヤオコー会長の川野幸夫君ですし、講演は後輩で順天堂大学教授の外科医で天皇陛下の手術を執刀して有名な天野 篤君が「この道を熱く生きる」という演題で話をする予定ですので、出席しようと思っていましたが、よく見たら5月6日必着で葉書で出席の返信をするようになっていたのを失念していました。明日の朝幹事に電話をして、申し込みなしでも出席できるようだったら出席して、駄目だったら止めようと思います。
2016年5月20日金曜日
締め切りを25日に延ばしてもらった「グリーン・エイジ」という雑誌の6月号に依頼されている原稿執筆に取り組み、だいぶ調子がでてきました。多分何とかなるでしょう。
一日中机の前に座っているだけでは体によくないので、夕方5時頃から江戸川堤防と水元公園Cブロックに1時間半ウォーキングに出かけてきました。
マツのコンテナ苗を育成している圃場のハウスに寄って異常がないかチェックをしてから園芸学構内を通過していたら、以前アルバイトで草取りをやってもらった顔なじみの大学院生とばったり出会いました。私が千葉大学で現職だった時に、私の研究室では農薬の生態影響について何年間も研究テーマとして取り組みましたが、その中のアプローチの一つとして、高齢化した農家から棚田状の谷津田を何年間か借りてビオトープを造成し、投入した数種農薬の各種生物に対する影響を長期間観察しました。大学院生にその時の研究について詳しく知りたいと言われましたので、何人分かの卒業論文、修士論文が貸し倉庫(自宅には30年間分の卒論・修論・博士論文を置く場所がないので)に保管してある筈だから今度探しておくからと伝えて、改めて電話をくれるように頼みました。
葛飾橋を渡る時は、相変わらずムクドリの親がヒナに餌を運んでいましたので、その後落下して死んだヒナがいないかどうか注意をして巣の下を探しながら歩きました。古い干からびた死体が6頭分あり、新しい死体は餌を一杯食べたのかお腹がパンパンに膨らんで羽も少し大きくなった1頭だけでした。ここまで成長して、巣から落下して死ぬとは・・、ムドリも卵から親になるまで生存して次の世代を残せるのは幸運な一部だけで生きるということは厳しいなあと思いました。
水元公園ではいつもの不動池にはアオサギが1羽だけいましたが、池の奥の林の中からはウグイスのホーホケキョという声がしきりに聞こえていました。広場ではハクセキレイが何かを咥えていました。
帰りに葛飾橋を渡る時は太陽が沈む時間になり、延伸工事中の東京外環高速道路の向こうに夕焼け空が見えました。
今日は「甚兵衛の森を守る会」の総会で、樹木医/造園業のボランティアのリーダー役の吉岡賢人君と石橋 亨氏の二人で1年間の調査報告をすることになっています。昨日、配布する資料としての活動報告と発表で使うパワーポイントスライドのコピーを私にも送ってくれました。参加予定者は、地元の区長、宗吾霊堂の世話人、ライオンズクラブの代表、などのようです。これだけ地道なしっかりした活動をしていますので、参加者に活動を高く評価され感謝される筈です。
一日中机の前に座っているだけでは体によくないので、夕方5時頃から江戸川堤防と水元公園Cブロックに1時間半ウォーキングに出かけてきました。
マツのコンテナ苗を育成している圃場のハウスに寄って異常がないかチェックをしてから園芸学構内を通過していたら、以前アルバイトで草取りをやってもらった顔なじみの大学院生とばったり出会いました。私が千葉大学で現職だった時に、私の研究室では農薬の生態影響について何年間も研究テーマとして取り組みましたが、その中のアプローチの一つとして、高齢化した農家から棚田状の谷津田を何年間か借りてビオトープを造成し、投入した数種農薬の各種生物に対する影響を長期間観察しました。大学院生にその時の研究について詳しく知りたいと言われましたので、何人分かの卒業論文、修士論文が貸し倉庫(自宅には30年間分の卒論・修論・博士論文を置く場所がないので)に保管してある筈だから今度探しておくからと伝えて、改めて電話をくれるように頼みました。
葛飾橋を渡る時は、相変わらずムクドリの親がヒナに餌を運んでいましたので、その後落下して死んだヒナがいないかどうか注意をして巣の下を探しながら歩きました。古い干からびた死体が6頭分あり、新しい死体は餌を一杯食べたのかお腹がパンパンに膨らんで羽も少し大きくなった1頭だけでした。ここまで成長して、巣から落下して死ぬとは・・、ムドリも卵から親になるまで生存して次の世代を残せるのは幸運な一部だけで生きるということは厳しいなあと思いました。
水元公園ではいつもの不動池にはアオサギが1羽だけいましたが、池の奥の林の中からはウグイスのホーホケキョという声がしきりに聞こえていました。広場ではハクセキレイが何かを咥えていました。
帰りに葛飾橋を渡る時は太陽が沈む時間になり、延伸工事中の東京外環高速道路の向こうに夕焼け空が見えました。
今日は「甚兵衛の森を守る会」の総会で、樹木医/造園業のボランティアのリーダー役の吉岡賢人君と石橋 亨氏の二人で1年間の調査報告をすることになっています。昨日、配布する資料としての活動報告と発表で使うパワーポイントスライドのコピーを私にも送ってくれました。参加予定者は、地元の区長、宗吾霊堂の世話人、ライオンズクラブの代表、などのようです。これだけ地道なしっかりした活動をしていますので、参加者に活動を高く評価され感謝される筈です。
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