2010年11月24日水曜日

22日に出発して、滋賀県彦根市で開催された日本環境動物昆虫学会年次大会に参加し、今夕帰宅しました。往きも帰りも新幹線が岐阜県羽島駅を通過する時は、市橋君の郷里の町を想像し、彼がそこを訪ねられるのは何年先になるのだろうと考えました。

11月20日に振り込まれた方(7回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は90,000円、延べ188人からの合計額は2,366,565円になりました。ありがとうございました。この方の払込取扱票には、前回紹介しましたイギリスの新聞の東京支局長と私とのやりとりの記事が気になったのかもしれませんが、次のメッセージが書かれていました。「リンゼイさんに声をかけていなくても別の女性が犠牲になっていたかもしれない、と無差別殺人鬼扱いをしている人がいますが、その考えは間違っています。素姓のわからない男性の家に自らの意思で行く女性は、生まれ育った国にずっといてもトラブルに巻き込まれていたのではと思います。公平な裁判が行われ、市橋さんが更生して社会復帰出来るよう心から願っています。」 同じように感じている支援者は、多分他にもたくさんおられるのではないでしょうか。

私のところには反対に、性的犯罪の犠牲者に対して、責任の一端があったかもしれないと言うことは、犠牲者をさらに傷つけることになるので絶対に言ってはいけないことだ、というメールも届いています。確かに日本の社会では、男性から見れば、これではまるで襲って下さいと誘惑しているとしか思えないような格好の若い女性を見かけることも事実ですが、市橋君とリンゼイさんの間に英語の個人レッスン以外の何かがあったのかどうかは、第3者にはわからないのですから、想像に基づいてリンゼイさんを責めることはするべきではないと思います。同様に、市橋君を無差別殺人鬼のような言い方をするのも、憎しみの裏返しで、理性的ではないと思います。

私が日本環境動物昆虫学会の年次大会に参加するのは初めてでしたが、特に、23日に企画されていた「琵琶湖を取り巻く人の暮らしと生物多様性」という市民公開セミナーに惹かれて足を運びました。龍谷大学の遊磨(ゆうま)正秀教授の特別講演「滋賀の生物多様性と地域文化のかかわり」と題した特別講演に続いて、滋賀県立大学浦部美佐子准教授の「琵琶湖の貝の今昔~特異な多様性の進化と現代問題~」、京都大学の向井康夫博士研究員の「田んぼの水生昆虫の多様性」、滋賀県立琵琶湖博物館の牧野厚史専門学芸員の「琵琶湖岸のくらしと生物多様性」という講演がありました。その後、多賀町立博物館の金尾滋史(かなおしげふみ)学芸員と滋賀県立琵琶湖博物館の八尋(やひろ)克郎専門学芸員も加わって、名古屋大学大学院夏原由博教授の司会によるパネルディスカッションもありました。

いずれも想像以上のすばらしい内容でしたが、向井博士の、琵琶湖周辺の田んぼで大型水生動物群について詳細な調査をした結果、多様性と有機(農薬も化学肥料も使わない)農法、減農薬農法、慣行(農薬を使う)農法との間には関係がなく、多様性はむしろ地域性や生息環境(一時的な乾田化など)が主要因として関わっているという指摘は、千葉大学時代の私たちの長年の調査結果と一致していました。過去の古い農薬が使われていた時代の記憶から、メディアを含めて多くの一般の人々は今でも農薬は生態系に悪影響を及ぼすと思い込んでいますが、現在の進歩した農薬は生態系に悪影響を及ぼしていないという実態が科学的な調査で明らかにされつつあります。

牧野専門学芸員は元々経済学部卒の博士(社会学)ですが、イエ(家)-ムラ(集落・居住地域)-ノラ(田畑)-ヤマ[葦原(よしはら)のような共同利用地]、という空間配置との関係で、湖岸地域が里山的な性格で、葦原(水質浄化機能を果たし、屋根やすだれの材料)をコモンズ(集落の共有財産)として共同管理・共同利用をしてきたことが地域の環境を保全してきたという指摘は、大変説得力がありました。

一般講演やポスター発表にも興味深い研究があり、何人かの研究者と名刺交換をしてきましたので、これから交流していけるのが楽しみです。

せっかく窓から琵琶湖が真正面に見えて、彦根城も遠くに見える景色のよいホテルに宿泊していましたが、明後日の三重県での講演の準備がまだできていないので観光をせずに真っすぐ帰ってきました。