2011年8月2日火曜日

7月31日に振り込まれた方(3回目)の支援金が届きました。これで支援金の現在高は65,000円、延べ366人からの合計額は3,582,428円になりました。ありがとうございました。

今日は千葉刑務所に行って、市橋君に接見してきました。初めて行く場所でしたが、受付で接見の申し込み用紙に記入して受付番号をもらい、売店を兼ねた待合室で待っていると放送で番号を呼ばれて接見室に入りました。写真撮影とか録音とか携帯電話とかは禁止ですので、カバンはロッカーに入れさせられます。プラスチック板の仕切りのこちら側の椅子に座って待っていると、仕切り版の向こう側の部屋のドアが開いて市橋君と刑務官が現れ、市橋君の横に座った刑務官に時間は8分ですと言われてストップウオッチのスタートボタンが押されました。

公判の席で終始うつむいて顔をあげなかったのとは違い、顔をあげて私の顔を見てくれました。最初に言った言葉は、か細い声でしたが、申し訳ありませんでした、という謝罪の言葉でした。精神的に極限まで追い詰められてやつれ果てた顔でした。あまりにも弱々しく病的なので、ちゃんと食事は食べてるか、これから刑務所内で相当長期間暮らすことになるのだから、食事をしっかり摂って運動もして健康を取り戻さなければ駄目だぞ、と言ってやりました。もう起こってしまったことは元には戻せないのだから、これからはそれを現実として受け入れて生きていくように言ってやりました。市橋君の目から涙がポロポロ落ちて、止めどもなく落ち続けていました。専攻していた研究室の仲間も心配していたこと、その中の何人かは支援金を振り込んでくれたけど、一人は10万円も振り込んでくれたこと、空手部で一緒だった仲間も心配していたことを知らせてやりました。つい数日前に彼が専攻していた研究室の卒業生と現役生が大学でバーベキューパーティをやっていて、本当は君もあの中に参加していた筈なのにと言ってやりました。先日山本弁護士経由でもらった手紙の礼を言って、「裁判」の「裁」の字が間違って「栽培」の「栽」になっていたから、国語辞典を差し入れするからと知らせました。私宛に直接手紙が送れるように、私の住所も差し入れしておくからと言いました。これから外部との手紙のやりとりもできるとのことなので、友人達の住所がわかるように同窓会の名簿を差し入れしようかと訊いたら、首を横に振りました。自分のしたことを恥じていて、とても友人達と手紙のやりとりをしたいとは思えない様子でした。
お父さん、お母さんに伝えたいことがあればお手紙を差し上げるからと言ったら、うなだれながら、申し訳ありませんでしたと伝えてほしいと答えました。
あっという間に8分間は過ぎ、全ての会話を横で聞いていた刑務官に接見時間は終わったことを告げられました。市橋君に、また来るからなと言って接見室を出ようとしたら、先生もお身体をお大事にいつまでもお元気でと言ってくれました。

再度受付に行って、松戸を出る前に書店で購入した岩波の国語辞典(比較的最近改訂されて、裁判員という言葉も収録されていた)を差し入れする手続きをしていたら、若い女性に本山先生ですかと声をかけられました。支援者の一人で、よく差し入れに来ておられるようで、今日は本と食べ物と暑いので飲み物を差し入れされていました。一緒に外に出て、回りを少し歩いて彼が拘留されている拘置所部分の建物の写真を撮りました。それから一緒にタクシーに乗って千葉駅まで行き、総武線の電車も途中まで一緒でしたので、お話ができました。私はその後東京農大に寄って、夕方自宅に着いたら、早速携帯のメールで礼状が届いていました。

帰路、日本テレビの記者と共同通信社の記者から電話取材があり、市橋君は無期懲役という判決をどう思っているか、控訴することについてどう思っているかと、訊かれました。これらの記者の責任ではないかもしれませんが、公判の時の市橋君の態度と行為を、演技をしている、反省していない、と報道していた(被害者遺族の発言としてかもしれませんが)ことに腹が立っていましたので、市橋君は自分の犯した罪の大きさに打ちひしがれて心身ともにボロボロでそんな質問に答えられる状態ではありませんでしたと答えました。さらに、市橋君が言った「申し訳ありませんでした」という言葉は誰に対して申し訳ないという意味かと訊かれましたが、メディアは今になってもまだ市橋君は反省していない、演技をしていると報道したいのかと、本当に腹立たしく思いました。

ある支援者が以下の情報を送ってくれました。
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市橋君の弁護団が高裁に控訴したとニュースで見ました。
東京高裁に電話したら、千葉での裁判の記録が高裁に送られるまでに一ヶ月くらいかかるらしく、それから裁判官が選任され、千葉での裁判の記録を精査したり、裁判の準備に三ヶ月、長くて四ヶ月かかることもあるので、高裁での裁判が開始されるのは年末とか来年になるかもと言われました。

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今日撮影してきた千葉拘置所の写真です。市橋君はこの建物の中のどこかに拘留されているのでしょう。