2014年2月2日日曜日

アメリカ人の友人から、アルツハイマー病と環境中の毒性物質との関係に関する興味深い研究論文の情報が届きました。
http://www.medpagetoday.com/Neurology/AlzheimersDisease/44001

原著は、JAMA Neurol という医学雑誌に2014年1月27日にオンラインで発表された"Elevated Serum Pesticide Levels and Risk for Alzheimer Disease" by J.R. Richardson et al で、アルツハイマー病患者86人の血清中のDDE(有機塩素系殺虫剤DDTの脱塩酸分解物)濃度は2.64ng/mg cholesterol で、対照区79人の0.69ng/mg cholesterol に比べて3.8倍高かったという報告です。これだけでは、DDE又はDDTがアルツハイマー病の原因と言うことはできませんが、ヒトの培養neuroblastoma(神経芽[細胞]腫)をin vitroでDDT又はDDEに曝露するとアミロイドの前駆体タンパクの分泌を促進するということも観察したようです。β-アミロイド斑はアルツハイマー病に見られる一つの主要な特徴です。

この論文を紹介した上記のmedpage TODAYには、University of Colorado School of Medicine(コロラド大学医学部) のDirector of Alzheimer's Dosease Program(アルツハイマー病プログラム所長)のH. Potter 博士のコメントも載っていました。アルツハイマー病の70%は遺伝的で、30%は環境要因が関与しているが、この論文は環境要因について明確に示した最初の事例で発症機構を研究する上で一つの方向を示しているが、これだけでDDTやDDEがアルツハイマー病の原因と言える段階ではない、というような評価でした。

千葉大学勤務時代の私の研究室でも、アメリカの研究でパーキンソン病とある種の殺虫剤の関係を示唆する論文が発表された時に、マウスの餌に当該殺虫剤を残留農薬として検出されるレベルで混入して長期間摂食させ、パーキンソン病の症状が発現するか検証する研究を行いましたが、全くパーキンソン病の症状は認められませんでした。

環境中のある毒性物質と特定の病気との因果関係を明らかにするために、①その物質の濃度の高い地域で患者が多い(濃度の低い地域に比べて病気の発症率が高い)か、②患者の体内(血中や特定の組織)からその物質が高濃度(健常者に比べて)検出されるか、を調べて一定の相関関係が得られれば、次のステップとして、③病気に関係する組織(細胞、酵素など)を培養してその物質に曝露させると病徴が起こるか、④その物質を個体に投与して発病(人体実験はできないので実験動物を使って)するか、などを調べます。研究者がよく犯す間違いは、③や④の実験で実際にはあり得ないような高濃度の物質を供試して予想した症状が得られた時に、あたかも因果関係が証明されたかのような考察をしがちだということです。培養神経細胞に、動物体内に投与すれば即死するような高濃度の殺虫剤を添加して神経の発達が抑制されても、そのまま人体に当てはめて発達神経毒性があるとは言えないのと同じです。

DDTについては、環境中での安定性・残留性のために禁止されるまで、農業害虫の防除に画期的な役割を果たして食料生産に多大な貢献をしただけでなく、感染症を媒介する衛生害虫の防除にも世界中で使われて何百万人を超す人類の命を救いました。衛生状態が極端に悪かった終戦(第二次世界大戦)後の日本でも、蚊やノミやシラミの防除に日常的に使われていました。私も今から65年くらい前の小学生の時代に学校で先生にDDT粉剤を頭に振りかけられたり、シャツやズボンの中にも入れられたことを覚えています。そのお蔭で71才の今日まで元気に生き延びることができました。