2014年12月8日月曜日

日本農薬学会第22回農薬レギュラトリーサイエンス研究会は東京農業大学百周年記念講堂で開催され、私も参加してきました。主催者の話では150数名の参加者があったそうです。
農業生産の現場で農薬散布をする作業者が、どれぐらいばく露するのか、どうすればそれを低減できるのか、防護具はどれくらい有効なのか、海外では作業者ばく露の安全基準値はどのように設定されているのか、日本における作業者安全性評価の現状、大気経由の飛散によるばく露量のシミュレーションモデルによる予測など、5名の講師による講演がありました。

いずれも大変興味深く、勉強になりましたが、一番最初の田中 茂先生(十文字学園女子大学大学院教授)による講演「農薬散布における曝露リスク低減のための労働衛生保護具の有効性と適正使用について」は、ショッキングな内容でした。市販されているいろいろな保護マスクを試験したところ、大なり小なりの漏れが検出され、農薬が体内に取り込まれている可能性があるという調査結果でした。マスクを付けたからと安心するのではなく、適正なマスクの種類を選んで、顔面に隙間なくきちんとフィットするように装着しないと、知らないうちに農薬を取り込んで危険だということです。
防護具のもう一つの問題は、夏の高温時には特に施設内では暑くて着用して作業をするのはつらいという問題と、野外でも完全装備をして作業をするとそんな危険なものを散布しているのかと反農薬活動家グループに攻撃されるので着用を避ける場合があるということです。前者の問題は、自動散布装置(すでにロボットスプレヤーがある)の開発が必要でしょうし、後者の問題は消費者や周辺住民とのコミュニケーションをよくすることが必要なのでしょう。

農水省消費・安全局農産安全管理課は、2013年までの作業者へのばく露量を代表的な散布方法として13シナリオを想定して調査した結果を報告しました。作物としては、水稲、立体野菜(トマト、きゅうり等)、平面野菜(キャベツ等)、立体果樹(りんご、もも等)、棚果樹(ぶどう、なし等)、芝に分けて、それをさらに露地と施設、散布方法、製剤で分けて13シナリオを想定してありました。実際には農水省や都道府県の試験研究機関に依頼して散布と分析を実施したのでしょうが、作業者のばく露の実態を把握する上で貴重なデータだと思います。

ただ、農薬と同じ有効成分は、木保存剤としてシロアリ防除でも散布されますし、食堂やデパートの地下の食料品売り場でも散布されますし、松林の保護にも散布されますが、それらはシナリオには含まれていませんでした。シロアリ防除は農水省の所管ではありませんが、建物の床下の狭い空間で散布されますので、作業者の安全管理や、床上の居住空間に生活する人たちへの安全管理は重要課題の筈です。私が農業資材審議会委員(農薬分科会長)をしていた時も、この問題に取り組むために省庁の縦割りの壁を越えて対応する組織を作ってほしいという提案をしましたが、省庁設置基準の改正まで視野に入れなければできないという回答でした。今日の担当講師にこの問題をぶつけるのは酷だとわかってはいましたが、その後何か改善されたか質問をぶつけてみましたが、やはり全く進歩はないようでした。縦割り行政の弊害は解決されていないということがわかりました。

農薬散布で一番ばく露量が大きいのは作業者ですから、作業者の健康を守るために、この分野の研究をもっと促進して、法的規制の整備や作業者への教育訓練の徹底など、改善が必要な分野だと思います。

情報交換会(懇親会)が終わって、夕方7時頃経堂(きょうどう)駅までの道路を歩いていたら、大きな満月が建物の屋根の上に上っていました。