2015年1月13日火曜日

つくばの中央農業研究センター(略称中央農研)で殺虫剤抵抗性に関するセミナー http://odokon.org/archives/2014/1215_1107.php が開催され、私も参加してきました。私は名古屋大学大学院生時代の3年半、アメリカのノースカロライナ州立大学時代の約10年、千葉大学勤務時代の始めの20年間ぐらいは殺虫剤抵抗性の機構解明の研究に関わりましたが、その後主な研究テーマを農薬の環境問題や健康影響問題に変えました。抵抗性研究は分子生物学の進歩に伴い、遺伝子レベルの研究が急速に発達しましたが、生態学レベルの研究がどうなっているのか興味がありましたので、聴講することにしました。

このセミナーは、中央農研・蟲セミナー「進化生態学的アプローチから薬剤抵抗性管理を考える」という大きなテーマの下に、4題の講演がありました。
ミナソタ大学のDavid A. Andow 教授は日系三世で祖父の代(大正時代)に岡山県からアメリカに移住したそうですが、日本語を聞くことはできるが話すのは英語でということで、アメリカでは実用化して普及されている遺伝子組換え作物(BTトキシンを発現させる)の抵抗性管理について、いろいろな問題点についてわかり易く紹介してくれました。

鈴木芳人氏は農研センターを定年退職後、京都大学の数学に強いある研究室に身を寄せて殺虫剤抵抗性発達を回避・抑制・遅延させるにはどうしたらよいかをシミュレーションして一般化しようとしている研究者です。農水省の試験研究機関のOBであるにもかかわらず、農水省が長年推奨している2つの抵抗性対策、①IPM(Integrated Pest Management 総合的有害生物管理)と②異なる薬剤のローテーション使用、はシミュレーションの結果両方とも抵抗性管理に役に立たないというショッキングな講演内容でした。さすがにこれに対しては、会場にいた農水省の試験研究機関の別の研究者から、そういう発言は誤解を招くという反論がでて議論になりましたが、鈴木氏は日本植物防疫協会の報告書に柑橘のミカンハダニを対象に実施された試験結果が記載されていて、同じ薬剤を連用しても異なる薬剤をローテーション使用しても抵抗性発達の回避には役に立たなかったことを証明していると主張しました。懇親会の席で具体的にどの研究のことか本人に確認したら、私の千葉大学学生時代の恩師野村健一教授が代表で実施したずい分昔の研究のことでした。モデルを作ってシミュレーションする場合は、いくつかの条件を単純化するので、実際の圃場で試験を実施して理論が正しいことを確認すればより説得力がでてくる筈です。抵抗性対策として長年教科書に書かれてきたことを否定するのですから、それくらいの慎重さが必要な気がしました。
(独)農業環境技術研究所(略称農環研)の2人の研究者、須藤正彬氏と高橋大輔氏の講演は一部前2者と内容が重なりましたが、やはり個体群動態のシミュレーションモデルによって、抵抗性管理戦略を提案していました。

全員に共通していたのは、High Dose/Refugia (高濃度散布でヘテロのゲノタイプを防除することと、薬剤無散布の保護区=逃げ場を設定して感受性遺伝子を残す)ということで、それは約30年前に提唱されていたことと同じでした。
もう一つ面白かったのは、Andow教授のスライドで"Should pesticide resistance be regulated by the government or be left for private industry?"(農薬抵抗性の規制は政府の仕事か民間会社にまかせるべきか)と設問されたように、政府が関わるべきことか、それとも農薬を開発するのも販売するのも使用するのも民間だから民間が考えるべきことかという問題提起でした。複数の農薬会社の農薬が関わる場合、協力して抵抗性発達を防いで共存共栄を目指すか、競争して競合会社を蹴落とすか共倒れになるか、は政府の関与するべきことではないという考え方もできます。