2016年5月5日木曜日

祭日だということもあっていつもより遅い時間の朝食を食べ、テレビのニュース番組を観ていたら、Oxy Reckitt Benckiser(オキシー・レキット・ベンキーザー)という英国のReckitt Benckiser社の韓国法人が2001年から販売していた加湿器用殺菌剤の主成分Polyhexamethylene guanidine(PHMG ポリヘキサメチレングアニジン)によると思われる中毒事故の死傷者が1500人(死者95人以上)というニュースが取り上げられていました。韓国法人の責任者(私にはエジプト人のように見えました)が大勢の被害者やその遺族に囲まれた中で謝罪し、奥さんが亡くなった遺族の男性が責任者の首の後ろを平手で叩くシーンも放送されました。
事件の経緯とPHMGというのはどんな物質なのかが気になりましたので、早速ネットで検索してみました。

たくさんいろいろなサイトで取り上げられていました。例えば:

この殺菌剤を開発した韓国のSK Chemicals Ltd.社のサイトに安全データシートが公表されていました。
http://www.wwrcsha.com/uploads/product/201009/s07.0041-025-00_sk_1100_msds.pdf

その中からいくつかの情報を拾ってみると、ミストの吸入は有害と記載されていながら、蒸気圧も吸入毒性値も調べられていませんでした。加湿器は冬に家屋を暖房する時に密閉された居住空間で使用されますので、殺菌剤の気中濃度がどれくらいになるかとか、ガス化し難い物質としてもミストを吸入した場合の毒性について情報がないままで認可され、販売されていたということに驚きました。
ポリオキサメチレングアニジンは日本では使用されていないようですが、類似の構造のPolyhexamethylene biguanide(PHMG ポリヘキサメチレンビグアナイド)については日本でも使用されていて、化学構造は梶浦 工先生の報告に紹介されていました。
https://www.thcu.ac.jp/uploads/imgs/20150527124902.pdf#search='%E6%A2%B6%E6%B5%A6+%E5%B7%A5+%E7%AC%AC3%E5%9B%9E%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E5%8C%BB%E7%99%82%E4%BF%9D%E9%99%BA%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E9%99%A2%E6%B5%B7%E5%A4%96%E3%82%AB%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%82%B9'

安全テータシートについては、以下のサイトに載っていました。
これを見ると、ラットにおける吸入毒性はLD50=0.03mg/L (4時間換算)となっていて、GHS (Globaly Harmonized System) による毒性分類では最も毒性が高いカテゴリー1に分類されています。韓国で使われたポリヘキサメチレングアニジンも日本で使われているポリヘキサメチレンビグアナイドも英語の略称はPHMGで同じなので紛らわしいですが、韓国で加湿器の殺菌剤としてPHMG(前者)を使った場合の気中濃度も吸入毒性もチェックせずに認可されていたということは、制度的に問題があったような気がします。
 
ネットの情報では、ドイツの研究者が加湿器の殺菌剤を変える場合は吸入毒性のチェックが必要とアドバイスしたのを無視したり、名門のソウル大学の教授が会社の依頼で毒性試験を実施して危険性を示す結果が得られていながら会社に都合の悪いデータは無視をされた(した?)、と伝えられています。
千葉大学時代の私の研究室に韓国からきた留学生の一人は修士論文の研究として、当時有機農業ブームで日本中に出回っていた植物抽出液とか漢方農薬と称する農薬代替資材を分析して、活性のあったものには例外なく化学合成農薬が混入されていることを明らかにしました。当時の有機農業ブームには超党派の議員連盟も仕掛けに関わっていました。彼が韓国に帰国して何年か後に、韓国政府の有機農業用資材の審査官になった時に、日本ではそのような資材は疑義資材として取り締まりが厳しくなったのを受けて、そのような資材の輸出元の中国は日本に遅れて有機農業ブームが始まった韓国に輸出先を変え、韓国の輸入業者が政治家(国会議員)をつれて役所にきて認可するように圧力をかけられて、偽物とわかっていながら500ぐらいの資材を認可せざるを得なかったと言っていました。
今回の事件も、直接責任のある韓国法人だけでなく、危険性を示すデータを無視した研究者や、安全性を判断する十分な情報なしに認可をした政府の審査官や、審査官に圧力をかけた政治家などが関わっている制度的な問題かもしれないと思いました。
偽装有機農業用資材の場合は、何のご利益もないものに高いお金を払わされた農業生産者や消費者が騙されただけでしたが、今回の場合はそのために多くの人が亡くなったのですから、徹底的に原因を解明する必要がある大変な問題です。