2019年8月30日金曜日

「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」は弁護団の弁護活動を支援するために2010年2月から募金活動を始め、裁判で無期懲役刑が確定した2012年3月に役割を終えて解散し、その後は私より年齢の若い支援者3人で「市橋達也君の更生を支援する会」を立ち上げて支援金の残金を管理してきました。
昨日、元支援者のお一人から急にメール連絡が届きました。ご本人の状況が変わったので、個人情報が流出して家族に何か嫌がらせが及ぶことがないように、氏名・住所・電話番号などの情報を完全に削除してほしいという依頼でした。今日、返信を差し上げて、了承をいただきました。
私自身、募金活動をしていた時はいろいろな嫌がらせを経験しましたので、ご心配はもっともですし、他の元支援者の方々の中には同様の不安を抱いている方もおられるかもしれないと想像し、以下に私の返信をコピーしてお知らせしておきます。
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〇〇様
 
ご連絡拝受致しました。
記録を確認してみましたら、〇〇様には2011年〇月〇日に10,000円のご支援をいただきました。
当時の経緯をブログに報告しましたのでご記憶かと思いますが、「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」は2012年3月に裁判が結審して無期懲役刑が確定してから解散しました。皆様からいただいた支援金は、弁護団の弁護活動に必要な経費と弁護費用を支払った後、残った金額については千葉県弁護士会に寄付をして弁護人のいない被疑者・被告人の弁護活動に使っていただいてはどうかという私の提案に対して、何人かの支援者からあくまで市橋君個人のために使ってほしいという要望が寄せられました。弁護団長だった菅野弁護士に相談をしたところ、無期懲役というのは、通常は大体30年服役してから仮釈放の審査の対象になると言われました。私の年齢から計算すると、その時点では私は100才を超えることになり、支援金の残金を私が保管して市橋君に渡すことは不可能と判断し、熱心に支援して下さり私より年齢が若くて30年後でも生存しておられる可能性が高い3人の方にお願いして、「市橋達也君の更生を支援する会」を新たに立ち上げていただいて、支援金残金は全額を新たに開設した更生を支援する会の口座に移して管理をしていただき、市橋達也君が仮出所した時に渡していただくということにしました。更生を支援する会の代表からは、年に1度必ず口座の現状を示すページのコピーが私宛に送ってきています。
ところが、残念なことに最近突然代表の方が病気で亡くなったという連絡が入りましたので、どなたか支援者の中から新たに1名選んで更生を支援する会に加わっていただいて、更生を支援する会の趣旨がきちんと継承されるように一度全員(更生を支援する会の3人と私)で顔合わせをしたらどうかと思っているところです。
すでに解散しました「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」の入金記録簿は、4部プリントして、1部は私が保管し、1部は菅野弁護士にお渡しし、1部は更生を支援する会にお渡しし、1部は刑が確定する前日に東京拘置所に収監されていた市橋達也君に面会に行った時に個人情報だから注意をするようにと念を押して渡しました。こういう状況ですので、今から私が入金記録の一部を削除するということはできませんが、入金記録簿の内容が流出することはあり得ませんのでご安心下さい。
 
私が千葉大学教授を定年退職して12年が経過し、私も後期高齢者の77才になりました。前途洋々だった筈の元学生の市橋君が、若かったとはいえ思慮のない馬鹿なことをして一生を棒に振ってしまったことは残念の極みですが、亡くなったリンゼイさんとそのご家族の無念さを思うと、一生をかけて罪を償うことになったことも止むを得ないと思っています。願わくば、彼が置かれた現状の中で、許される範囲内で生きがいを見つけて日々を元気に過ごしてくれていることを祈っています。
 
本山直樹
元「市橋達也君の適正な裁判を支援する会」代表
携帯 〇〇〇〇
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午後から道場で空手の稽古と筋力トレーニングを1時間して汗をかきました。アメリカに出発するまで1ケ月を切りました。減量をして体調をベストの状態にするにはもっとしっかり運動をしないと・・。
一般財団法人残留農薬研究所から10月4日(金)に東京で開催される第20回IETセミナーの案内が届きました。昨年もそうでしたが、私の渡米期間と重なって参加できないのは残念です。