2010年8月7日土曜日

 支援者から、市橋君の状況を心配したメールが届いています。昨日、電車の中で隣に座った若い男性が膝の上に広げた本を一生懸命読んでいるのでチラッと見たら、「逮捕と起訴の手続」というような見出しが見えましたので、司法試験の勉強をしている法学部の学生か卒業生だったのかもしれません。市橋君との関連で、こんなことも気になるようになりました。

 報道によると、市橋君はリンゼイさんを強姦した後、一緒にキング牧師(Martin Luther King, Jr.)の演説を聞いたと証言しているようですが、1963年8月28日にワシントン大行進でした有名な ”I Have a Dream" だったのでしょうか。

 実は私のアメリカ人の空手の弟子・友人の一人に、私と同年輩のN弁護士がいます。アメリカ南部出身の白人男性ですが、有名なミシガン大学の法学部の卒業で、アメリカの知性・理性を代表すると思って私が尊敬している人間の一人です。今でも時々、ノースカロライナ州の地方新聞に国民の大多数の感情や政府の見解とは異なる意見を投稿して掲載されたりしています。キング牧師は1929年に生まれて1968年に暗殺されていますが、1965年頃には深南部と言われて、保守的で、人種差別の厳しかったアラバマ州で、人種差別撤廃を求めて、非暴力的な公民権運動を展開しました。N君はその時にキング牧師と一緒にデモ行進に参加していたと聞きました。今計算してみると、当時は22~23才の筈ですから、まだ法学部の学生か司法試験(Bar Test と言います)に合格したばかりの年齢です。1960年代にアメリカの深南部で、白人が黒人と一緒にデモ行進をするというのは、どこから鉄砲の弾が飛んできてもおかしくないくらい危険な勇気のいる行動でした。ちなみに、私が1969年にノースカロライナ州(ここも南部に属します)に留学した時は、スミスフィールド(Smithfield)という田舎の町の境界には、高速道路脇に"Welcome to K.K.K. County"(K.K.K. 地域へようこそ)という大きな看板が立っていました。K.K.K.というのは、ご承知のように、Ku Klux Klanという白人優越主義者のテロ行為をしていた集団のことです。

 2~3の支援者にはすでに話しましたが、昨年の11月初旬に市橋君がまだ生きていることがわかった時に、私はあるテレビ局の番組や本Webサイトで自主的に出頭するように呼びかけました。その後用事があってノースカロライナ州に出かけましたので、N君をはじめ何人かのアメリカ人の親しい友人に市橋君の適正な裁判を支援する募金活動を始めることを話しました。驚いたことに全員が、止めた方がいいという忠告をしました。どこの国でも社会には何%かは理性の働かない狂信的な人がいるので、賛成・反対に2分されるようなことの一方を支持するような活動を顔を表に出してすれば、攻撃の的を提供するようなもので危険だという理由でした。アメリカのような銃社会では、暗殺事件を何回も経験してきているからでしょう。アメリカの良心を代表するようなN君ですらそういう考えをしたということはちょっと驚きでしたが、恐らく長年の友人の私の身を案じてくれたのだと思いました。