2012年2月20日月曜日

朝起きたら雨が降っていたので、いつもするように朝食前にジョギングに出かけるかどうか迷いましたが、結局シャワーを浴びてから1階のレストランに行って朝食を食べました。バッフェー方式ですが、スペインから来た老夫婦と同じテーブルになりました。向こうはスペイン語でこちらは英語で簡単な会話をしました。

部屋に戻って、午後には雨も止むかもしれないと思って、ジョギングはそれからでもいいということにして、地下鉄に乗ってバチカンのサン・ピエトロ大聖堂と広場を見に行くことにしました。支援者の中にカトリック信者の方がおられるので、時間が自由になる日は今日だけしかないのだとしたら、カトリックの総本山といわれるところを一度見てみたいと思いました。実に美しい、荘厳な建物でした。広大な広場を囲む巨大な円柱に圧倒され、その上に多数並んでいる聖人像も見事でした。バチカン博物館に入るには長蛇の列で時間がかかると聞いていたのですが、サン・ピエトロ大聖堂の方も中に入るには広場の周りに延々と延びた長蛇の列でしたので、並ぶのは止めて付近の街中を散策しました。

一度ホテルに戻って、再度地下鉄(違う方向)に乗ってFAO(国連の食糧農業機関)に行き、明日からの会議のために必要な入場許可証になる写真付きのバッジと会議の資料一式が入ったバッグを受け取りました。FAOの建物でIR-4の所長のJerry Baron 氏に会ったので、一緒に食事をし、マラソンの話をしました。彼は今年53才になるそうですが、現在の記録は4時間半~5時間で、1年に4回のペースでレースに参加して、アメリカの全ての州でのマラソンを走ることを目指しているとのことでした。私と同じホテルに宿泊していて、徒歩で15分くらいでこれると聞いたので、帰りは一人で地図を見ながら歩いてホテルまで戻りました。
ホテルのロビーでエジプト人の参加者2人と出会ったので少し立ち話をしたら、ノース・カロライナ州立大学の故W.C. Dautermann 先生のことをよく知っていて、自分たちの仲間のエジプト人が留学していたという話になり、私も知っている人でした。

午後3時半頃には雨も止みましたので、ホテル周辺の地図を片手にジョギングに出かけました。往復で1時間半くらい、あちこち景色を眺めながらゆっくり走り、帰りは道がわからなくなって人に何回も訊きながらホテルに帰ってきました。ローマは歴史があるだけに古い建物や遺跡がたくさんあり、芸術的な銅(石?)像もたくさんありますが、いたるところに落書き(地下鉄の車両にまでも)がありました。地下鉄の中で、突然大きな音楽を鳴らしてクラリネットを吹き始めた男がいたのには驚きましたが、チップ(寄付)を受け取るコップが音楽プレーヤーに貼り付けてあったのでお金を稼ごうとしているのだということがわかりました。そういうところは、アメリカのボストンやニューヨークの古い街角と同じ雰囲気でした。
もう一つ目についたのは、少し肌の色の黒い人達(若者)があちこちで傘を何本も抱えて道行く人に売っている姿でした。中には道端で衣類を売っている人も、屋台みたいなところで食べ物や飲み物を売っている人達もいました。日本を出発する前に、イタリアに詳しい知人にイタリアにはジプシーがいるから注意をするようにと忠告されてきましたが、もしかしたらこの人達もジプシーなのかなと想像しました。全然違うかもしれませんが・・。

夕食をホテルのレストランで食べるのはおもしろくないと思ってホテルの近所を歩いたら、チッキン半分とポテトと野菜のサラダを付けて€(ユーロ)5と書いてある小さい店があったので入って食べました。店長はバングラデッシュ人で、イタリアに来て13年になるとのことでした。私がイタリア語は話せるのかと訊いたら、ヒンズー語、バングラデッシュ語、英語、イタリア語全部話せると言っていました。私も日本の大学でバングラデッシュ出身の学生を3人指導して、バングラデッシュにも行ったことがあると言って、話しが弾みました。