2014年9月13日土曜日

中央高速道伊那インター近くのルートイン伊那インターに余計に一泊し、朝食後約束の8時に千葉大学時代の私の研究室の卒業生のM君が車で迎えにきてくれました。

彼の家は下伊那郡松川町にあり、りっぱな邸宅でした。ご両親と奥さんと小さい3人のお子さんが待っていてくれました。リンゴ園は標高800m の傾斜地にありました。冬は雪が積もると車で坂道を上るのは困難になるとのこと。順番に収穫できるように何種類かのリンゴの品種が植えてありました。集落の果樹園全体は、山から下りてくるサルとイノシシとシカとクマを防ぐための電気柵とトタン板で囲まれていました。病害虫はスピードスプレヤーで殺虫剤と殺菌剤を散布して防除していても、鳥が小枝のすぐ下になっている(小枝に留まってつつけるので)リンゴをつつきに来るのは防ぎようがないようでした。農薬散布の手を抜くと病害虫が発生して来年の果実になる花芽が形成されなくなるので致命的だとのことでした。園主が高齢になって農作業ができなくなって放棄されたリンゴ園は、農薬散布も剪定もしないと数年で木が駄目になって、周辺のリンゴ園への病害虫の発生源になってしまうのだそうです。

松川町でも標高の低いところでは水田が黄金色で収穫間近で、蕎麦(ソバ)畑は白い花が満開でした。昼食は山を下りて町の中の有名な蕎麦屋でもりそばと天ぷらをご馳走になりました。
南アルプスと中央アルプスの間を流れる天竜川沿いの平野に駒ケ根市や伊那市や松川町といった町が発達したのでしょう。標高800mのところまで昔は水田をやっていたようですが、今は集落全体がリンゴとナシを栽培していました。M君は、すぐ近くの信州大学農学部に行かずに、わざわざ遠くの千葉大学園芸学部に来て、しかも果樹園芸学ではなく私の生態制御化学研究室を専攻し、卒業後もすぐ家業を継がずにしばらく外で働いて経験と視野を広げてから家に帰りました。りっぱなものです。岩手県の篤農家のところに行ってリンゴ栽培、特に剪定の妙技を勉強してきて、今でも仲間と一緒に技術を高める努力をしながら栽培しているとのこと。
卒業生が家族と一緒に幸せに暮らしているのを見て、私も嬉しい気持になりました。
帰りは彼の家のすぐ近くにあるバス停から新宿行きの高速バスに乗りました。