2015年1月10日土曜日

土曜日で天気も良かったので、旧市川-松戸有料道路(現在は一般道路になって無料化されている)沿いに2時間半ぐらい歩いてきました。陸橋になっているところからは、車で走りながら夕方など富士山と東京スカイツリーが夕焼け空に重なって見えるのですが、今日は陸橋の下の道を歩きましたので見えませんでした。
本当はこの道路沿いにある自転車専門店に寄ってみたかったのですが、予想より遠かったのでそこまで行く前に引き返してきました。

途中、陣が前の交差点からそれ程遠くない歩道の端にあったクスノキの大木がいつの間にか伐採されているのに気がつきました。こんなに大きく育った木を伐採するのはもったいない気がしますが、道路に枯葉が落ちるのが問題なのか、心材部分が腐って強風で倒れる危険性を防ぎたかったのか、・・。

名張の毒ワイン事件で混入されていたとされる殺虫剤ニッカリン-T(有効成分TEPP)について調べていたら、私の名古屋大学大学院時代の恩師の一人である斎藤哲夫先生(名古屋大学名誉教授)が静岡県にある農水省の茶業試験場勤務時代にずい分いろいろな研究をされているということがわかりました。当時のことを教えていただこうと思って先ほど電話をしたら、とても90才を越えているとは思えない程お元気で、大変興味深いお話を伺うことができました。
ニッカリン-Tの有効成分のTEPPは、リン鉱石からリンを採っていた日本化学工業という会社が合成したもので、TEPPは水に可溶なので製剤化するのに乳化剤は加えていなかったとのことでした。ただし、毒性の高い殺虫剤はすぐ判別できるように着色することが義務付けられていて、ニッカリン-Tは赤色に着色されていたとのこと。TEPPは分子構造にS(硫黄)を含まないのでSを含む有機リン殺虫剤特有の悪臭(メルカプタン臭)はせず、ほとんど無臭で、P=O(オキソ)体なので水中で簡単に加水分解されるので残留性はなかったとのことでした。
当時日本の輸出産業の一つでもあったお茶の害虫としてはハマキ類(チャハマキ、コカクモンハマキ)とハダニ類の被害が甚大で、ハマキ類防除には砒酸鉛と除虫菊しかなく、ニッカリン-Tはハダニ類に対して特効薬的な防除効果を示したとのこと。お茶に殺虫剤を散布する場合、薬臭が問題になるので、ニッカリン-Tを散布したお茶を散布薬液が乾燥直後や1日後に摘採して製茶し、お茶を沸かして抽出液を分析したり、試飲したり、ネズミに投与したりしたけど、TEPPは分解が早いので残留がなく、薬臭もなかったとのことでした。

従って、白ワインにTEPPを少量混入した場合、乳化剤は入っていないので白濁はせず、赤色は薄まって目立たない可能性があり、飲んでも異臭は感じない可能性があるとのことでした。静岡県と同様に三重県もお茶を栽培していたので、事件のあった名張の辺りでお茶の害虫防除にニッカリン-Tが使われていた可能性は十分あるとのこと。ただし、事件そのものについては、犯人とされた奥西氏がニッカリン-Tを白ワインに混入したという確たる証拠は、過酷な取り調べの結果の自白以外には何もなかったとのことでした。自白で川に捨てたと供述したニッカリン-Tの容器も、竹筒に殺虫剤を移したと供述した竹筒も発見されなかったので、先生自身は冤罪の可能性が高いとお考えのようでした。
少なくとも、殺人のような重大な犯罪の場合は、しっかりした証拠がなければ有罪にはできないというのが原則だとのご意見でした。

パラチオンと同様に、ニッカリン-Tは当時自殺・他殺によく使われ、先生自身目の前で原液を飲んで亡くなった人を目撃もされたとのことでした。P=O体なので閾値を超えて摂取すれば即効的に致死し、閾値以下で中毒した場合はTEPP自体の分解が早いので、回復するとのこと。カーバメイト剤によるコリンエステラーゼ阻害の場合と違って、有機リン剤の場合は阻害された標的酵素コリンエステラーゼの脱リン酸化(酵素の回復)は早くはない筈ですが。
その他にも、パラチオンをはじめ興味深いお話をたくさん伺いましたが、貴重な歴史ですので、当時のことを知っている人がおられる間にどこかに書いて残していただきたいものです。