2015年5月30日土曜日

500ha以上という広大な面積の当間(あてま)高原リゾートのブユ対策について、必要な情報を収集しながらずっと考えています。昔、畜舎におけるハエ類対策に長年関わってきた経験が役に立っています。10万羽以上飼養している高床式鶏舎の場合は、ウィンドレス(窓なし)でもオープン(窓あり)でも、床下には大量の鶏糞が堆積していて無限の発生源(ウィンドレスの場合はイエバエが主発生種、オープンの場合はヒメイエバエが主発生種)になりますので、いくら羽化してくる成虫を殺虫剤散布で防除しても、経済的に防除仕切れません。特にヒメイエバエの場合は、軒下や木立の間を群舞しながら移動分散していって、周辺地域の家屋内に浸入して大変不衛生な環境問題を起こします。薬剤散布は即効的に現存する成虫密度を落としますが、残効性がありませんので、毎日新たに羽化してくる新成虫に対しては無力です。従って、殺虫剤に砂糖を混ぜたベイト剤を壁に塗ったり、誘引効果のある色素やフェロモンを混ぜて粒状にして施用して持続的に防除効果を発揮させると同時に、発生源対策として堆積している鶏糞にIGR(Insect Growth Regulator 昆虫成長制御剤)を施用して、幼虫・蛹の段階での羽化阻害と組み合わせて防除します。IGRの施用も、鶏糞が大量に堆積してからでは手遅れになりますので、鶏舎の鶏を入れ替えた初期の段階でしっかり防除をすることが大量発生を防ぐポイントになります。

当間高原リゾートの場合は、リゾート内を流れている水路と、リゾートの敷地外を流れている水路から羽化したブユ成虫が飛来してきて広大な芝生や叢(くさむら)や藪(やぶ)に潜伏して、近くにきたヒトを刺咬しますので、成虫を目標に殺虫剤を散布して密度を下げるのは困難です。従って、発生源対策として水路に生息するブユの幼虫・蛹を羽化させないことが最も効率的な防除対策になる筈です。ブユは水質のきれいな清流に発生しますので、家庭排水のような汚水(洗剤を含む)を流せば発生を抑えられるかもしれませんが、清流をわざわざ汚すことは避けたいところです。
ブユというのは分類的にはDiptera ハエ目(双翅目)ですので、IGRとしては、キチン合成阻害剤のジフルベンズーロンやシロマジンの類と、ピリプロキシフェンのような幼若ホルモンの類があります。その他に、BT(Bacillus thuringiensis)という枯草菌の一種で昆虫病原性のバクテリアが殺虫剤として使われていますが、その中には、Lepidoptera ちょう目(鱗翅目)に対して活性の高いBTk(kurstaki)と、Coleoptera 甲虫目(鞘翅目)に対して活性の高いBTa(aizawai)と、Diptera ハエ目(双翅目)に対して活性の高いBTi(israelensis)という菌株(セロタイプ)がありますので、BTiはブユの幼虫対策に使える可能性があります。

当間高原リゾート内の水路には2系統があって、1つ目は当間山を水源として流れてきた水を溜める上流に位置する調整池と下流に位置する調整池とを結んでゴルフ場の中を流れている水路で、下流の調整池の出口ではヤシガラ炭を吸着剤とした農薬除去装置が設置してあり、そこを通して地域水田の用水として使われています。出口の水は年に2回環境監視委員会の立ち会いの下にサンプリングして水質検査が行われていますが、農薬濃度はほとんどが検出限界未満か、検出されても基準値よりはるかに低い濃度です。2つ目は井戸水を汲みあげて水源として流してホタルを発生させている水路です。1つ目の水路では、IGRとBTiの両方が使えますが、2つ目の水路はホタルの幼虫とその餌になるカワニナという貝に影響のないものに限られますので、BTiの非標的水生生物に対する影響に関する情報が必要です。

WHOのEnvironmental Health Criteria 217の「Microbial Pest Control Agent BACILLUS THURINGIENSIS」という報告書(1999)
http://www.who.int/ipcs/publications/ehc/en/EHC217.PDF の中に、BTiはColeoptera(甲虫目)には影響がないと記載されていて、その根拠として Mulla (1988)の論文が引用されています。ホタルは、分類的にはColeopteraに属します。
Mulla の論文は、Activity, Field Efficacy, and Use of Bacillus thuringiensis israelensis against Mosquitoes というタイトルで、 Rutgers大学が出版した単行本の中の1章ですが、http://link.springer.com/chapter/10.1007%2F978-94-011-5967-8_9 を通して、電子版を購入できました。これを見ると、実際の試験で使った甲虫目というのは、Diving beetles ゲンゴロウのようです。同じ甲虫目と言っても、ゲンゴロウとホタルでBTi感受性が同じ程度かどうかちょっと気になります。

もう1つの総説 Lacey and Merritt (2003):The safety of bacterial microbial agents used for black fly and mosquito control in aquatic environments. Progress in Biological Control (1):151-168 http://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-017-1441-9_8 も電子版が購入できますが、BTiは防除対象の蚊やブユ以外の各種水生生物(魚類を含む)に対して影響がないと述べられています。ちょっと気になったのは、南アフリカでブユ防除でBTiとテメフォス(有機リン殺虫剤)を繰り返し投入したところ、マキガイの一種 Burnupia sp. の密度が減少したという少数事例が紹介されていたことです。ホタルの幼虫の餌はカワニナという貝ですから、もしBTiによってカワニナの密度が減少すれば、ホタルの発生数も影響を受ける可能性があるかもしれません。投与されたBTiの濃度や回数や間隔など、詳しい条件をみなければ何とも言えません。

いずれにしても、できるだけ情報を収集し、実際に水槽内試験なり小規模現地試験なりを実施した上で、しっかりした総合的なブヨ対策を提案したいと思っています。