東京農業大学総合研究所研究会生物的防除部会の平成27年度第1回講演会が世田谷キャンパスで行われましたので、私も聴講してきました。講師の矢野栄二近畿大学農学部教授は、名古屋大学大学院修士課程を昭和51年(1976年)に修了して、長年農水省の研究機関に勤務後現職の近畿大学に移った人ですから、名古屋大学の研究室では私の8年後輩ということになります。
「タバコカスミカメの生態と利用状況」という演題で、農水省が予算をつけて中央農業総合研究センターを中心に平成24~26年の3年間実施してきた試験・研究プロジェクトで得られた成果を代表して総括してくれました。講師の人柄が現れた穏やかな口調で、近年国外・国内でコナジラミ類、アザミウマ類、アブラムシ類、ハダニ類、ハモグリバエ類などを防除する天敵として販売・利用されてきたカスミカメ類の中のタバコカスミカメというカメムシの一種について紹介し、大変勉強になりました。
この天敵は、施設栽培のナス、トマト、キュウリ、ピーマンに発生して防除の難しい上記微小害虫を捕食しますが、広食性・雑食性の性質があるので、条件によっては共存している他の天敵(コワルスキーカブリダニなど)をも捕食してしまうIGP(Intra Guild Predation)を示すことと、寄主作物自体(ピーマンなど)をも加害してしまうために、上手な使い方が必要ということのようです。飼育は、スジコナマダラメイガという貯蔵害虫の卵を餌として行われていますが、バーベナとかスカエボラとかの景観植物だけでも発育するので、これらの植物を作物の間に植えるといわゆるバンカー植物として利用できるとのことでした。
意外だったのは、タバコカスミカメ(生物農薬)が施設内で増殖し過ぎると作物が加害されるいわゆる薬害が起こるので、殺虫剤を散布して天敵の密度を下げるということが行われているとのことです。提案されている防除体系を見ると、殺虫剤や殺菌剤の散布との組み合わせが必要なようなので、それならわざわざそんな苦労をして天敵を組み込まなくても、農薬を使った慣行防除でいいのではないかという質問が会場から出ました。ほとんどの生物農薬に共通の問題でしょうが、複数の病害虫が発生するような現場では使い方が難しくて効果が不安定ということに加えて、コスト的にも値段が高いということが、農家への普及を難しくしているなと感じました。
施設栽培で、農家にとって頻繁な農薬散布が大きな負担(コスト的にも体力的にも健康影響的にも)になっている状況や殺虫剤抵抗性の発達で防除ができないという状況下では生物農薬の出番がでてくるのでしょうが、そういう状況が存在しなかったり解決されているような状況下では、慣行防除との競争になり、農家にとってメリットの大きな方が選択されていくのは当然だなと思います。閉鎖環境の施設の中での農薬散布ですから、農薬の環境影響というのは論点になりませんので、減農薬や無農薬栽培は消費者にとってより安全な食を提供するという付加価値をセールスポイントにして、収穫された農作物をより高く買ってもらえるということが必要になります。しかし、実際には日本では慣行栽培された農作物の残留農薬の安全性には問題がないというのが実態ですから、生物農薬は慣行防除よりもコストが安くならない限り、研究者の研究テーマとしては面白くても、農家に使ってもらうのは難しいというのが現状のようです。
会場近くの居酒屋での懇親会の後で、講演会に出席しておられた山本 出東京農業大学名誉教授に参加者数人が誘われて、書斎にお邪魔して楽しい二次会の時間を過ごしました。