2015年10月24日土曜日

マージーさんは、今日は長距離ドライブになるので朝5時に出発しようと言っていたのが、いつの間にか5時に目覚ましをかけるに変わって、今度は6時半頃モーテルに来るになって、その後は7時半になって、実際に来たのは8時ちょっと過ぎでした。マージーさんが約束の時間に遅れることは常習らしく、彼女の弟のブッチ君はマージー時間と言ってだいたい約束した時間に1時間ぐらいプラスして考えるとよいようです。
こちらではハロウィーンが近いので、どこでもここでも大きなカボチャが飾ってありますが,マージーさんがファーマーズマーケットでモーテルの台所で料理して私に食べさせてくれる計画で野菜や海老やスカラップ(貝柱)を買ったらおまけにくれたという小さなカボチャを1つ持ってきてモーテルの台所の窓枠に飾ってくれました。

すぐ近くのコンビニで車のガソリンを満タンにして8時過ぎに出発し、約3時間でシャーロットというノースカロライナ州では一番大きな町に着きました。ウェイン君という1970年からの空手の弟子/親友を訪ねるためです。昨年来た時と同じ家に住んでいましたが、オートバイの事故でめちゃくちゃになった右足の骨を金属のネジでつないで、毎日自分でリハビリをしたお蔭で、今年は普通に立って普通に歩けるようになっていました。それでも3時間ぐらいが限界でそれ以上立っていると痛みがくるようです。ちょっと寄るだけと言ってあったので昼食の用意をしてありませんでしたので、一緒に近くのタイレストランに行ってタイ料理を食べました。来年来る時は以前のように一緒に山道をジョギングできるまで回復しておくようにと言って別れました。彼はいわゆるLGBTのBですが、私が空手を指導した2000人以上のアメリカ人の中で、最も責任感があり、信頼でき、前向きな姿勢の持ち主です。1970年はまだ19才の大学2年生で、長髪で、オートバイに乗っていて、私の自宅の庭にまできて空手の稽古を熱心にやっていたのを思い出します。今は3つのレストランの総支配人(General Manager)で、息子と娘の両方の孫たちのおじいちゃんでもあります。

シャーロットを後にしてサウスカロライナ州のギャフニィには2時間ぐらいで着きました。私たちの到着を首を長くして待っていてくれたらしく、車を庭に留めた途端にラリー君と奥さんのリンダさんが家から出てきてハグで出迎えてくれました。ラリー君が自分で建てたロッグハウスみたいな家のリビングルームでお互いにいろいろな話をしました。奥さんは一度辞めた刑務所の教師の職を再開(後任の教師が人気がなく2年で辞めてしまったとのことで、刑務所からもう一度来てくれないかと頼まれたそうです)して、週3日行って高校レベルの授業(英語、数学、理科、社会科、その他普通の高校を卒業するのに必要な科目全部)をしているそうです。
ラリー君に11月にはベトナム、タイ、インドネシアに行って農薬の管理制度について講演をするのだと話したら、ポケットの財布からカードを1枚出して見せてくれました。サウスカロライナ州では農薬を散布するのに、講習を受けて与えられたテキストを勉強して試験を受けて合格すると農薬散布者としての有資格者としての証明書が与えられる仕組みになっているのだそうです。農薬による事故を防ぐためには、必要な制度ですので、私の講演でも言及しようと思っています。

ラリー君の家の周りには綺麗な花が何種類も植えてあり、奥さんが植えたらしく、4月頃来ればもっときれいだったのにと言っていました。馬は3頭いましたが、前からいた犬は死んで庭の中にお墓が作ってありました。池の一つには緑色の藻が一面覆っているように見えましたが、実際には藻ではなく多分日本でいう浮草の一種でStone wortというのだそうです。ラリー君はアラバマ州立大学で生物学の教授をしていましたので、生物のことは何でもよく知っています。もう一種類似た植物でDuckweedというのもあるそうです。マージーさんの家の池を覆っていたのも同じ植物かもしれません。

農作業用の小型トラック(トヨタ製の中古車)で牧場を見に行きました。私が車を降りたら、餌がもらえると思ったのか牛たちがゾロゾロ寄ってきました。成牛と仔牛を合わせて56頭いるそうです。売る時は体重1ポンドで何ドルとして売るので、1頭当たりだいたい$500~$1,000ぐらいになるそうです。
枯れた松がないかと注意をして見ていたら1本だけかなりの針葉が変色していて枯れ進行中のように見える木が1本と、1本の枝だけが明らかに針葉が全部変色している枝枯れの松の木が1本見つかりました。持参したドリルで穴を開けて材片を採取しました。枝枯れの木は、同じ木で枯れている枝と対照区として枯れていない枝の両方から材片を採取しました。日本に持って帰ってDNA診断でマツノザイセンチュウが寄生しているかどうか調べるつもりです。

ディナーはリンダさんが、私は日本食はいつでも日本で食べているので、一番アメリカ的な食事ということでステーキを料理してくれました。分厚い牛肉を他の人はナイフで切ると少し血がでてくるぐらいに、私の分はちょっと赤みが残っている程度に焼いてくれました。それにグリーンビーンとジャガイモとタマネギが少しとお皿に乗っていて、別にトマトとレタスのサラダが付いていました。簡単な料理ですが、温かい気持ちのこもった料理をおいしくいただきました。