2016年4月7日木曜日

反農薬東京グループ(代表:辻 万千子氏)が発行しているてんとうむ虫情報という小冊子には、農薬反対の情報や主張が載っています。私も大昔購読していたことがありますが、途中で止めてしまいました。いつだったか一度辻さんに、「反農薬」では科学的な事実に無関係に初めから結論ありきだから、「農薬の影響検証」東京グループとか「農薬問題改善」東京グループとか、会の名称を変えれば、目指すところは私も一緒だから喜んで会員になって、活動に協力できるのだがと申し入れたことがあります。残念ながら「反農薬」の名前は変えないということでしたので、それ以来すっかり疎遠になってしまいました。

最近ある知人が、2016年3月25日発行のてんとう虫情報第295号に、私たちの研究に言及している個所があると知らせてくれました。
p.9 「なお、空中散布による農薬散布が、健康に影響が無いという根拠として往々にして用いられる千葉大学名誉教授本山氏の論文*2は、不十分な指標を用いることによって散布直後において急性中毒による影響が観察されなかったことを判断したものであり、安全性を示す根拠にはなっておらず、一般住民、とくにこどもたちや感受性が高い人々への低濃度・微量曝露による健康影響の根拠として用いることは論外である。」    は筆者)
p.10 「*2 本山さんらの論文はスミパイン乳剤(フェニトロチオン)の海岸松林での無人ヘリ空散時のものだが、防具をつけている散布者や調査参加者の健康診断結果に、影響がみられなかったことを記述しているにすぎない。この報告については、当グループの指摘で、千葉大学が検討し、一時、発表もとめられた。(本誌171号(2005年11月)、175号(2007年2月)参照)    は筆者)

これは、私たちが日本農薬学会誌に投稿し、受理され、掲載された次の論文
を指していると思われます。
市川有二郎・本山直樹:静岡県で無人ヘリコプターで松林に散布されたフェニトロチオン乳剤の飛散状況ならびに健康影響評価.  農薬誌33(3), 289-301(2008)
このグループがいまだにこんな詭弁を弄して、科学的事実を否定しようとしているのをみてあきれてしまいました。最初から「反農薬」活動をすることが目的のグループですから、止むを得ないのかもしれませんが・・。「反農薬」の人たちは、目的を達成するためには、手段を選ばないようで、事実の解明を目的とする科学とは相いれないことが明らかです。

当時私は農水省の農業資材審議会農薬分科会長の任にあり、農薬の専門家として林野庁の無人ヘリによる松くい虫防除に関する運用基準作成のための検討会副座長の任にもありました。2005年に静岡県の海岸砂防林の松くい虫被害を防ぐための殺虫剤散布が行われた時に、反農薬活動家グループは周辺住民に健康被害が起こっている根拠としてアンケート調査の結果を検討会に提出しました。検討会でアンケート調査の具体的内容について2、3問いただした結果、この資料にはいろいろ問題があり、健康被害の根拠とするには信頼性がきわめて低いことがわかりました。一方、私たちは同じ静岡県で実施した散布薬剤の周辺環境への飛散量をモニタリングした結果と健康影響評価結果を同じ検討会で報告しました。

松林に隣接した学童の通学路や周辺住民の居住環境への飛散量は僅少で、明らかに吸入ばく露や経皮ばく露で健康に影響を及ぼす閾値以下でした。さらに、散布の前と後で無人ヘリコプターのオペレーター、ナビゲーター、モニタリング調査従事者は医療機関で健康診断をしてもらった結果、ばく露による影響は全く認められないと判断されました。上記てんとう虫情報の「不十分な指標を用いることによって」というのはいかにも私たちの研究方法に不備があるかのような誤解を与える記述です。
また、飛散モニタリング調査に従事した学生諸君は、写真のように地域住民と同じ場所で同じ服装で作業をしていましたので、もちろん特別の防護メガネも防護マスクも着用していませんでした。私自身は、松林の中に立ち入ってオペレーターと行動を共にし、松林内のポンプやろ紙を設置した場所の上を無人ヘリコプターが飛行して散布を行うかどうか確認しましたが、学生諸君と同様に防護メガネも防護マスクも着用していませんでした。従って、上記てんとう虫情報の防具をつけている散布者や調査参加者という記述も事実に反します。

「反農薬」グループは、自分たちの主張に合わない私たちの調査結果が社会に公表されると都合が悪いので、公表を差し止めようという手段に訴えてきました。メディアを使って本山教授は学生たちを農薬散布の危険な現場につれていって人体実験のモルモットにしたという批判を展開し、当時私が勤務していた千葉大学に対しては、私たちの研究は農薬散布の前と後の2回健康診断をして採血しているので人体実験に相当し、ヘルシンキ宣言 http://www.med.or.jp/wma/helsinki.html で人体実験を行う場合に求められている倫理審査委員会の承認の手続を経ていないこの研究は公表するべきではないと主張してきました。当時の千葉大学では、そのような倫理審査委員会が設置されていたのは医学部、薬学部、看護学部だけで、理学部、工学部、園芸学部をはじめ大学全体としてもそのような人体実験に関する倫理審査委員会は存在しませんでした。急遽園芸学部の要請で倫理審査委員会が2回設置されました。詳しい経過は省略しますが、結局私の主張が認められ、研究結果は公表してもよいという結論になりました。
例えば、有機リン殺虫剤中毒の最も敏感な指標の一つとしてよく使われる血漿コリンエステラーゼ活性にしても、基礎的活性に大きな個人差があるので、モニタリング調査に従事した学生諸君の健康管理上、ばく露の前と後と2回測定しなければ、ばく露によって何らかの影響があったかどうか判断できないということになります。
実際、検査の結果大きな個人差がありましたが、各個人についてはばく露の前と後では有意な変化は認められませんでした。

この時の経験からわかったことは、「反農薬」の活動をしているグループは、自分たちの主張に都合の悪い事実は手段を選ばず潰そうとするということと、それができなかった場合は上記のてんとう虫情報のように、詭弁を弄して科学的事実を否定しようとするということです。こういう性格は、私には1960年代後半~1970年代前半に日本全国で吹き荒れた大学紛争当時の全共闘の無責任な大学破壊活動を思い起こさせます。