2016年9月8日木曜日

自宅を7時ちょっと過ぎに出発して、東京駅から新青森駅間は新幹線はやぶさ5号に乗り、弘前駅には12時頃着きました。
第12回松枯れ防除実践講座は弘前大学文京町地区キャンパスにある農生命科学部の403講義室で午後1時から始まりました。主催者スタッフ、講師、来賓を含めて150人を超える参加者でした。韓国でも松くい虫被害が深刻化しているらしく、韓国からも松くい虫対策に関わっている社団法人松保護市民連帯の3人が参加していましたが、代表の趙 庸祺(チョウ ヨンギ)氏は京都大学名誉教授の二井一禎先生の研究室に留学経験があるとのことでした。弘前大学の学生も参加していましたが、講義室の座席が少し足らずに後ろに立って聴講していました。

来賓の方々の挨拶に続いて、青森県農林水産部林政課の杉山 徹課長代理が「青森県における松枯れの現状と課題について」という演題で、状況を詳細に報告しました。青森県の南側に隣接する秋田県と岩手県にはすでにマツノザイセンチュウが侵入して甚大な被害が発生していますので、青森県への侵入を阻止するために必死の努力が行われているとのことでした。2009年に陸奥(むつ)湾に面した津軽半島東岸の蓬田(よもぎた)村で松くい虫被害木が1本だけ見つかったのが最初の事例で、その後秋田県境の深浦(ふかうら)町大間越(おおまこし)で2011年に2本、2013年に3本見つかったとのことです。空中写真と地上観察による監視体制と、秋田県との境の秋田県側に1kmの防除帯(マツを伐採除去)と青森県側に1号防除帯(2km)と2号防除帯(1km)を設置したにもかかわらず、2015年には大間越地区から24km北の深浦町広戸(ひろと)地区・追良瀬(おいらせ)地区で5例目の被害木が見つかったとのこと。その後2016年6月30日までに計68本に達したが、本年8月21日時点で新たな被害木は見つかっていないとのことでした。

次いで、林野庁の森林保護対策室の大場隆也課長補佐の「東北地方における松枯れの現状と東北3県(被害先端地域)における防除の重要性について」と題する報告がありました。さすが本省の専門担当官らしく、詳しい情報を収集して提供してくれました。マツノマダラカミキリが媒介するマツノザイセンチュウが松枯れの原因として解明されたのは1970年ですが、寒冷地ではカラフトヒゲナガカミキリ https://www.ffpri.affrc.go.jp/labs/seibut/bcg/bcg00253.html
もマツノザイセンチュウを媒介するという報告もありました。

森林総合研究所東北支所生物被害研究グループ長の中村克典博士の「マツ材線虫病の発生メカニズムと防除対策~青森県でのマツ材線虫病被害発生によせて~」と題した講演は、現在林野庁現職でこの問題に取り組んでいる第一人者として、基礎的な問題と実際の防除の問題の両方を解説しました。私にとって特に興味深かった情報が4点ありました。
(1)昆虫病原性の糸状菌ボーベリア バッシアーナ(Beauveria bassiana)はせっかく国の研究機関(森林総合研究所)と民間会社(出光興産株式会社)の協力によって生物農薬バイオリサ・マダラとして実用化されたが、あまり普及せず、出光興産が撤退する可能性もあるのでできるだけ多くの場面で使ってほしいと宣伝していました。化学殺虫剤や燻蒸剤に比べて価格が高いということが普及しない一つの理由のようでした。
(2)抵抗性マツの選抜が行われて実用化されているが、あまりそれだけに頼ると、生物多様性の低下が起こり得るので注意が必要だということと、抵抗性といってもマツが枯れないのではなく枯れ難いということ。
(3)マツノマダラカミキリは衰弱木(雪害、病虫害、環境ストレス)に誘引され増殖するので、これらを放置したり、成虫が発生する夏期の伐採などは被害を呼び込む可能性があるということ。
(4)過去の調査事例からマツノマダラカミキリ成虫の飛翔距離は2.4km程度とされてきたが、シミュレーションでは34km飛翔できるという試算報告があり、上述した青森県深浦町では24km離れた地点で被害木が見つかった事例もあるということ。他の昆虫(例えばイエバエ)でも同じことですが、近くに餌が無くなったり、風に乗れば通常より遠くまで飛翔することはあり得ますので、防除帯を設置しても安全ということはあり得ないのは当然です。

私の講演では、「防除の実施にかかわらず被害の沈静化に至らない実態について」という演題で、防除が失敗して被害が過去最悪になったいくつかの実例を挙げて、その原因は反農薬活動家グループによる飛散薬剤によるとする健康被害の訴えに影響された行政が適切な薬剤散布の中止に追い込まれたことが大きいという指摘をしました。また、私たちの長年にわたる散布薬剤の飛散調査と健康影響評価では、健康被害の訴えには科学的根拠がないという考察も紹介しておきました。
第2の話題として、成田市の甚兵衛の森の調査結果と三保の松原の調査結果から、それぞれクロカミキリによる根の食害がマツの枯死に関与している可能性と、根系癒合によるマツノザイセンチュウの感染拡大の可能性についても紹介しました。
自己評価では両方の話題とも、かなりインパクトがあったように感じました。
なお、マツノマダラカミキリとクロカミキリの実物を見たことがない参加者のために学生に準備してもらった標本箱を最前列の机の上に置いておきますとアナウンスをしたら、ずい分多くの人が前に出てきて標本箱を囲んで熱心に実物を見ていました。

愛知県森林技術・林業センター技師の中島寛文氏の講演「松林の再生計画-地域の環境に適応した後継樹の育成と土壌菌根菌との関係-」は、愛知県では松くい虫被害は減少したように見えるが、実際はもう松林はほとんど消滅して知多半島の海岸林しか残っていないということを正直に告白しました。私にとって一番面白かったのは、菌根菌にもいろいろな種類があって、それぞれ性質が異なるという情報と、菌根菌があっても松くい虫被害は防げないという事実の確認でした。

予想外の収穫は、一般財団法人公園財団海の中道公園で長年松枯れの調査研究に従事してこられた田中一二三さんとお会いできたことでした。田中さんは千葉大学園芸学部の出身で私より10年先輩ですので現在84才の筈ですが、マツの根系癒合を通してマツノザイセンチュウが隣接木に移動して感染させることを先駆的に実証されてきた人です。私たちも最近三保の松原で、薬剤散布と樹幹注入をしても枯れたマツでは根系癒合による感染拡大が関与している可能性が高いということを報告したばかりですので、すっかり意気投合しました。田中さんは一緒に研究発表をしている九州大学教授の勧めで、私の講演を聴きにわざわざ福岡から来られたとのことでした。

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