浜村博士が紹介された気門封鎖剤というのは、毒性作用で害虫を殺すいわゆる殺虫剤と違って、昆虫の呼吸気管の気門を封鎖することで窒息死させることから環境や人畜に優しく、IPM(Integrated Pest Management 総合的有害生物防除)に適した資材と見なされています。主として野菜、花卉、果樹の微小害虫のハダニ類、ホコリダニ類、サビダニ類、アブラムシ類、コナジラミ類、キジラミ類の防除に有効で、一部はうどんこ病や灰色かび病にも適用があります。ハダニ類のように化学殺虫剤(殺ダニ剤)に抵抗性を発達し易い場合はカブリダニのような天敵が利用されますが、気門封鎖剤は一般に天敵に悪影響がないという印象を与えます。浜村博士は、スライドに示す市販の気門封鎖剤7剤について、防除対象のナミハダニと天敵のカブリダニ2種(ミヤコカブリダニとチリカブリダニ)の成虫、幼若虫、卵に対する殺虫活性を比較しました。
アカリタッチ乳剤(OATアグリオ)/サンクリスタル乳剤(サンケイ化学)/サフオイル(OATアグリオ)/フーモン(日本化薬)/粘着くん液剤(住友化学)/エコピタ液剤(協友アグリ)/ムシラップ(丸和バイオケミカル)/オレート液剤(大塚アグリテクノ)
その結果、ナミハダニに対する殺虫活性は剤によって異なり、カブリダニに対しても殺虫活性があるものとないものがあるということがわかりました。それを発表すると気門封鎖剤のメーカー間の販売競争に影響を与えるので、顧問として勤務していた東海物産に迷惑をかける可能性があるということで今まで発表を控えてきたけど、東海物産を退職して自由の立場になったので発表することにしたとのことでした。通常、ある農薬メーカーが自社の農薬の効力を他社メーカーの農薬と比較する時は、他社メーカーのA剤、B剤、というように特定できないように配慮しますので、浜村博士は研究者でメーカーではありませんが、農薬卸商の東海物産の立場に配慮をしたようです。
河合博士が紹介したミナミキイロアザミウマは東南アジア原産の微小害虫で、日本に侵入後害虫化してピーマン、ナス、キュウリ、メロンなどに壊滅的な被害を与えました。当初は頻繁な殺虫剤散布をせざるを得なかったのが、ミナミキイロアザミウマの個体群動態の研究に基づいてEIL(Economic Injury Level 経済的被害水準)とCT(Control Threshold 要防除密度)を適切に設定することで、散布回数の大幅な削減に成功したとのことでした。
また、本害虫はその後海外各地にも広がって、キューバでも激害をもたらしたらしく、キューバ政府から防除方法の指導に招聘された時に、当時敵国関係にあった米国のCIA(Central Intelligence Agency 中央情報局)の陰謀で生物兵器として飛行機でばらまかれた可能性についても調べてほしいと依頼されたという経験も紹介されました。キューバに近い位置関係のフロリダから風に乗って拡散してきた可能性が高いにもかかわらず、疑心暗鬼で米国政府がキューバを食料難にするために意図的に害虫をばらまいたと本気で疑ったようです。今から考えれば、笑い話のような話です。
最後は、中国古典の孫子の兵法「敵を知り、己を知れば、百戦危うからず」を引用して、害虫管理の戦いはいかにあるべきかの解説で締めくくりました。
2題とも大変素晴らしい講演でした。懇親会の後、小田急線経堂駅に向かいましたが、暗くなりかかったハートフル農大通りにはイルミネーションが灯っていました。
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