2017年11月6日月曜日

小杉荘八君の奥さんが入院しているのは東京歯科大学市川総合病院だとのことでしたので、小杉君に電話をして面会時間が始まる午後2時に病院で待ち合わせをしました。病院到着後、車を駐車場に駐車して玄関を入ったら小杉君と奥さんの妹さんが待っていて、妹さんが先に病室に行ってみたら奥さんは今のような状態で家族以外には誰にも会いたくないと意思表示をしたとのことでした。私の母親が何年か前に膵臓がんで国立がんセンター東病院の緩和ケアセンターに入院していた時も、最後は血管がボロボロになって栄養液と痛み止め薬の点滴もできなくなり、そういう状態で知人のお見舞いも断っていましたので、奥さんのお気持ちもよくわかりました。
病室をお見舞いに訪ねるのは止めて、病院のロビーにあるドトールという喫茶店でコーヒーを飲みながら小杉君としばらく話をしました。
奥さんは体調が悪くなった時に地元の別のクリニック(胃腸科・肛門科)で診察を受け、この薬を3週間飲み続けなさいと言われて薬を渡されたのだそうです。薬を飲み続けても体調は一向によくならないので、小杉君自身が前立腺がんの治療を受けている別の病院の医師に相談したら、市川市内の別のクリニック(内科)を紹介してくれ、そこで診察を受けたら東京歯科大学市川総合病院を紹介され、そこを訪ねたらそのまますぐ入院となり、がんが転移して末期症状なので余命何日と診断されたとのことでした。
私から見れば、最初に訪ねたクリニックの医師が診断を誤り、3週間分の薬を処方しただけでその後の診察や検査もせず、深刻な状態のがんを見落としたのですから、明らかな医療ミスのような気がします。こんな無責任な医師は裁判に訴えて責任を取らせるべきだと思います。
小杉君にその話をしたら、裁判のための弁護士を雇うとお金がかかるし、例え裁判で勝って何らかの賠償金がとれても、今さら奥さんのがんが治るわけでも命が生き返るわけでもないので、裁判に訴えることはしたくないとのことでした。
最初に私に電話をくれた小平眞次君には私から電話をして事情を伝え、今週の木曜に同期生が何人かで集まって見舞いに行く計画は中止し、しばらくして事態が落ち着いてから何人かで集まって、奥さん亡き後の小杉君を励ます会をやろうということになりました。
奥さんは小杉君より2才若いとのことですので73才の筈ですが、結婚当初の元気いっぱいだった当時の奥さんの姿を思い出します。

 
 
病院に行く前に道場で約1時間空手の稽古と筋力トレーニングをしました。やはりアメリカ滞在中に体重を少し軽くした効果で、突きや蹴りが以前よりもシャープに出来るようになりました。