2018年2月8日木曜日

いつものように道場で空手の稽古と筋力トレーニングを1時間してから、江戸川堤防を2時間ぐらいウォーキング/ジョギングしようと思って出かけました。園芸学部横の国道6号の拡幅工事は、壁の基礎になるコンクリート製土台部分に砂利を入れる作業をしていました。

 


洗心倶楽部前の芝生の広場に寄ってみたら、クスノキの大木の株元にNRT(成田空港)と書いたタッグの付いたスーツケースがほかってあり、外国人の若い男性(ワシントンDCから来たとのこと)が芝生の端で洗心倶楽部のスケッチをしていました。近づいたら、ここに宿泊申し込みをしてあるけどどこでチェックインの手続きをしたらいいかと訊かれました。
私が現職だった頃は、園芸学部の卒業生や教職員の関係者(集中講義で来学する非常勤講師や外国人研究者など)が宿泊できる施設だったけど、園芸学部に知人はいるのですかと訊いたら、自分はUrban Sketch Club(と言ったような気がします)のメンバーで、そのメンバーの友人が園芸学部にいて宿泊予約をしてくれたとのことでした。
事務部に連れて行って事情を説明したら、予約をした当該大学院生(マレーシアからの女子留学生)に連絡をとってくれました。研究室のセミナーの最中だったのか、30分後に事務室で会うということになりましたので、その間、学内の研究圃場や、緑風会館の生協や食堂や道場などを案内し、今から1週間宿泊予定とのことでしたので散歩コースとして江戸川堤防にも連れて行きました。
30分後に事務室に戻り、待っていた大学院生に渡しました。1週間の滞在中のスケジュールはわかりませんが、日本人と交流し、日本の文化に触れ、よい経験をしていってほしいと思いました。
私も1969年にノースカロライナ州立大学に留学して、まだ英語も十分にできない状態で初めて自分で車を運転して隣りのテネシー州との境にあるチェロキー山脈のインディアン保護地区に旅行をした時に、ハイウェイでタイヤがパンクして困ったことがありましたが、近くを通りかかったアメリカ人がタイヤを外してガラージに持って行って修理をして、助けてくれたことがありました。修理費もとらずに、これでOKと言って立ち去りました。その経験から、アメリカでもニューヨークやシカゴやニューヨークのような大都会と違って、ノースカロライナのような南部の田舎町には、日本では失われてしまったような困っている人を助けるのは当たり前という文化が残っているということを学びました。