エレベーターで昇ると、大仏の胸の辺りに空いている隙間(窓)から周囲が眺められるようになっていました。大仏の胎内と称する空間には金色の小さな区切られた枠が多数あって、小さな仏像が購入(寄付)者の名前と一緒に納められていました。部屋をぐるっと囲むように窓際に配置してある腰掛のようなスペースには座布団が置いてあり、座禅を組んだり念仏を唱えたりできるようになっていました。
キリスト教でもブラジルのリオデジャネイロの巨大なキリスト像は有名ですが、日本でも仏教では奈良の大仏や、鎌倉の大仏や、高崎観音や、東京湾観音がよく知られています。その他にも、新潟県胎内市の海岸松林の中には巨大な親鸞聖人像が立っていますし、名古屋市千種区の地下鉄本山駅から名古屋大学農学部に上る道の途中にある桃源寺にはいつの頃からか巨大な緑色の大仏が座っていますし、千葉県の鋸山の岸壁にも大きな仏像が彫ってあります。
祈りを捧げる対象としての仏像でしたら、何年か前にスリランカ(旧セイロン)の田舎道で見た自然の木の幹の途中(くぼんだ部分)に置いてあった高さ15cm程度の手製の木彫りの仏像で十分だと思いますが、仏像を巨大にしたり、金箔を貼ったりすることで功徳や威厳が増すのでしょうか。
私には、東京タワーや東京スカイツリーと同じ、単に参拝客集めの手段のような気がしました。
その後、圏央道「阿見東」から常磐自動車道に乗り、「日立北」で下りて、一泊する宿舎の茨城県立国民宿舎「鵜(う)の岬」に行きました。美味しい海産料理を食べてから皆は交代でカラオケを熱唱していい気分(ストレス発散?)に浸っていましたが、音痴の私は一度もカラオケに行ったことがなく、ただ皆の歌を聴いて楽しみました。
和室2部屋に4人、3人と分かれて寝ましたが、アルコールが入っているので鼾(いびき)がうるさく眠るのに苦労しました。
全員75才~76才の後期高齢者で、孫がいるおじいさんで、私以外はどこかに病気を抱えて薬を飲んでいたり、治療中ですので、あと何年このような同期会を続けられるかはわかりませんが、今はまだこうやって集まれるというのは幸せです。皆に写真を添付して送ったメールに、「私たちも、仲間からの訃報が一人また一人と届く年代になりましたので、お互いに、認知症にならないことと健康管理に留意して、残りの人生を楽しく(かつ有意義に)生きたいものです」と書き足しました。