東京農業大学総合研究所研究会には産官学共同研究事業の発展を目的とした約30の部会がありますが、https://www.nodai.ac.jp/nri/society/ 今日はその中の地域再生研究部会が神奈川県平塚市吉沢(きさわ)地区にある吉沢公民館で「トンボの里づくりフォーラム」を開催しましたので、私も参加してきました。https://www.nodai.ac.jp/nri/news/news-20190213130945/
場所をネットで調べたら小田急線の東海大学前駅(松戸から約2時間)から4km弱の距離なので、東海大学前駅から運動を兼ねて徒歩で行くことにしました。開会予定時間の午後1時までには到着するように、自宅は早目に午前9時に出発しました。初めて行く場所でしたので、プリントした現地の地図とスマホの地図を片手に、ゆっくり景色を眺めながら歩きました。私は方向音痴なので、道が間違っていないかどうか途中で行き会った小高い丘の上にある東海大学の体操部の学生に確認しました。丘を下って金目(かなめ)川を渡る辺りは田園地帯で、吉沢(きさわ)地区は再度丘を上ったところにありました。
途中の農家の前には無人の直売所があり、いろいろな野菜が置いてありましたが、大きなダイコンを含めて100円というのは、いつも見ている松戸の直売所のダイコンの値段150円より安いなと思いました。
道沿いの荒れた竹林に仏像を祀った小さな社(やしろ)がありましたが、傾いて倒れかかっていました。多分、近隣に住んでいた農家が後継者がいなくなって、世話をする人がいなくなったのかもしれないと想像しました。
白梅が満開の梅林もありました。
吉沢八景の案内板があり、この辺りの見どころ8ケ所が示してありました。
公民館には汗びっしょりになって1時5分ぐらい前に着きました。会場のドアにはりっぱなポスターが貼ってあり、参加者にはカラー刷りの講演要旨や資料が配布されました。100席ぐらい用意されていましたが、ざっと見て80人ぐらいの参加者が来ていました。主催者の東京農業大学総合研究所研究会地域再生研究部会の町田玲子先生が着席した私を見つけて挨拶に来て、パネルディスカッションのコーディネーター役を務めた栗田和哉先生を紹介してくれました。
地元団体の活動報告として、先ず秋山 貢氏が地元の活性化に向けて組織された協議会について説明し、昔存在した湿地の復元活動などについて紹介しました。
次いで臼井勝之氏がNPO法人として地元で実施している自然観察・自然保護活動について紹介しました。トンボ池づくりや、カエル池のかいぼりや、草原でのバッタ飛ばしなど、子供たちと一緒にやっているいろいろな活動を紹介しました。心配事として、①子供たちや都市住民の自然離れが進んでいること、②TVゲームの普及、③危険なところには近寄らない風潮、④身近な遊び場の消失、⑤学校教育の対応遅れ、を挙げました。さらなる心配ごととして、①市民団体の高齢化による活動の休止、②地域活動に無関心な人が増えると共に、非正規雇用の増加等、生活にゆとりのない市民が増えていることなどにより、参加者、支援者が減少し、活動が困難になっていること、③若者の参加も少ない、と指摘していました。
基調講演Ⅰとして、(株)地域環境計画の伊藤 元氏が「地域文化とトンボの生態」について講演し、吉沢のトンボの現状と展望について、それぞれの水辺環境(源流部・細流、池など)に適応したトンボの種類(オニヤンマ、カワトンボ類、ミルンヤンマ、ヘビトンボ、コシボソヤンマ、オジロサナエ、コヤマトンボ、シオカラトンボ、オオシオカラトンボ、アキアカネ等)と一緒に見られる生き物(サワガニ、ホトケドジョウ等)を写真で紹介しました。谷戸(谷津とも言う)とは?というスライドでは、斜面に挟まれた底地が水田として利用されてきてトンボと人との接点になってきたとわかり易く説明しました。
基調講演Ⅱとして、東京農業大学大学院造園学専攻博士後期課程1年の小島周作氏の講演「観光におけるトンボの里づくりの意義と実現に向けて」は大変素晴らしい内容で、考えさせられることが多々ありました。小島氏は元々この地域の出身なのか、たまたまこの地域を研究対象に選んだのかはわかりませんが、図書館にこもって資料を収集したり現地を視察したりして、吉沢地区の人口と土地利用を1882年、1970年、2005年と比較し、どのように変遷してきたかを示しました。1882年の人口2,873人は全員農業従事者で、山林6.01km2/田畑5.52km2/集落0.42km2だったのが、1970年には人口は4,055人に増加したが農業従事者数は2,711人で、田畑6.36km2/放棄山林4.9km2/集落0.59km2となり、燃料革命で木材が使われなくなって山林が放棄されたことを示しました。さらに2005年には人口は6,235人に増加したが農業従事者数は654人に激減し、田畑3.84km2/放棄山林4.49km2/耕作放棄地0.47km2/住宅地・その他2.71km2となりました。こういう実態に基づいて、吉沢地区のような里地里山地域における観光まちづくりの方法について、資源化、対象化、産業化という3つのステップを提案をしました。
平塚市全体の平成31年2月1日現在の人口は257,647人と推定されていますがhttp://www.city.hiratsuka.kanagawa.jp/tokei/page-c_01771.html 、吉沢地区を活性化するために、トンボの里づくりを観光資源として訪問者を増やし、それによって直売所や道の駅、古民家カフェや農泊、ガイドツアーなどを通して農家の所得を向上して離農を抑制することで里地里山の担い手を確保するという提案です。結局、吉沢地区の人口は増加してきたが農業従事者数は激減して放棄山林や耕作放棄地が増えて環境が悪化しているという、千葉県の房総半島とも共通した問題に直面しているということなのでしょう。農業従事者数の減少は全国共通の問題で、農家の高齢化と、農業が儲からないために若者が後継者にならないということが原因の筈です。
小島氏の提案は吉沢地区に豊かに残っている自然を生かして観光資源にして収入を増やすという考えです。
小島氏が示した1枚のスライド「大事なのはトンボではなく、トンボが生息する環境(風景)」も大変興味深いものでした。千葉県A地域(多分我孫子市?)の谷津田の写真を見せ、地元の里山風景尊重派(A団体)と生き物尊重派(B団体)との間で激論があったことを紹介しました。この頃は担い手がいなくなった耕作放棄田はあちこちに存在し、かつての見事な水田が雑草で覆われたり葦が生えたり木も生えてきて、ヘビや野鳥の生息場所になっています。B団体はそれも生き物を支える場所として肯定するのに対して、A団体にとっては生物生息に優しい環境として整備をするべき場所という見方です。いずれにしても、里山保全活動のかかえている最も大きな問題は、活動を継続するために誰が事務局機能を担うかということのようです。地元の学校教育の一環として校長先生に打診をしても、教員は多忙で時間的な余裕がないので協力できないというのが回答で、そうすると市役所のような地元の行政組織にどうやって関わってもらうかが問題になるようです。
パネルディスカッションでの臼井氏の、「地域住民として小学校の生徒が親と一緒に活動に参加してくれても、中学生になると止めてしまうことと、活動を担う若者の後継者が育たない」という発言も、自然保護によって地域を活性化しようとする活動の難しさを指摘していました。
帰りはバスで平塚駅まで行きましたが、途中の車窓から小高い丘全体に同じ形の住宅がびっしり立っている景色が見えました。不動産業者か住宅建設業者が経済活動として土地を購入して役所の許可を得て建てて販売したのでしょうが、地震の時に大丈夫だろうかという心配とともに、こういう自然の改変をしていいのだろうかという疑問が湧きました。