2019年3月5日火曜日

ホテルの目覚まし時計を6:00に設定し、6:30に12階のカフェテリアで朝食を食べました。
ロビーで新聞に目を通し、8:00頃チェックアウトをし、富山駅のロッカーに荷物(ノートパソコンと衣類の入っているバックパック)を預け、身軽な恰好で少し市内を歩き回りました。富山市内は今でも路面電車が走っています。最新式の車体と昔風の車体の両方が使われています。雪国らしく、道路脇の植栽には上部に竹が組んであり、植木には雪吊りの縄が張ってありました。









市街地図で確認して神通(じんずう)川に向かいました。川にはコサギの他に、今まで松戸では見たことがないカワアイサの雄と思われる水鳥がいました。河原では魚の死骸を食べている鳶(トビ)の近くにカラスがいて餌を狙っていました。
堤防の石段には川からの高さの物差しが書いてあり、8.33mのところに平成16年10月21日にはここまで水が来ましたと書いてありました。
あちこちに黄色い大きな花が咲いていました。















昨年富山市に来た時も訪ねた民族民芸村に行きました。昨年はレンタカーを借りたような気がしますが、今年は時間の余裕がありましたし、運動を兼ねてと思って徒歩で訪ねました(スマホの歩数計をチェックしたら全部で約10km歩いたようです)。
民族資料館の建物は大きな地主の家を移築したもので、いろいろな日常用具が展示してありました。

















民芸合掌館も今では珍しい茅葺(かやぶき)屋根でしたが、受付をしていた男性は元は大工だったとのことでいろいろ説明してくれました。ここの建物も巨大な材木がたくさん使ってあり、今のような機械の無かった時代にいったいこんな大きな木をどこで切り出して、どうやって運んできて、どうやって家の中の高いところに持ち上げたのか、不思議な気がしました。この家は元々は林業をしていた山主の家だったとのことでした。








陶芸館の建物もりっぱでした。私は陶芸には全く無知ですが、展示は芸術的で素晴らしいと思いました。庭にまでツバキの生け花が配置してありました。天候に恵まれれば本来は部屋から見える立山連邦が、天候に恵まれず全く見えなかったのだけは残念でした。













番神山(ばんじんやま)と呼ばれる低い山の中腹には横穴墓が発掘調査でいくつも見つかっているとのことでした。考古資料館の展示物の中だったと思いますが、実際に発掘されたヒトの頭骸骨が2つ展示されていました。北海道では考古学的/人類学的研究目的で発掘した多数のアイヌの人骨を北海道大学で保管していたのが、アイヌの人たちから問題提起され確か再埋葬するために返還要求された事件があったような記憶がありますが、弥生時代や古墳時代の墓地から人骨を掘り起こして展示することは倫理的に問題はないのかどうか・・。研究をするためには貴重な資料でしょうが。
長慶寺境内には大きな木が何本かありましたが、針葉が長いマツの木の幹は丸くなく、輪切りにすれば楕円形をしていました。どうしてこのような幹になったのか不思議です。











富山駅に戻って、帰りの北陸新幹線の切符を購入しましたが、待ち時間が1時間近くありましたので駅ビルの立山そば店に入って昼食を食べました。
ロッカーから荷物を取りだし、上りの新幹線に乗りました。途中、車窓から雪を被った山が見えました。
予定通り、我が家の夕食に間に合う時間に自宅に帰れましたが、江戸川堤防にウォーキング/ジョギングに出かけるには遅過ぎたのであきらめました。
一泊二日の旅行でしたが、講演もまあまあ計画通りできましたし、特に昨年に続いて訪問した民族民芸村は素晴らしかったので、もう一度ゆっくり来てみたい気がしました。外国から来る人たちにも、日本の昔の文化として見せたいところです。